その4 トロールに警戒しよう
二人組の冒険者は昼食用に適当な大きさのモンスターを狩っていたらしく、それをキスチスが仕留めたらしい。
仕留めたというか、勝手に刺さってきたわけだが。
彼らは気前よくキスチスにその獲物をくれたので、代わりにサンドイッチを分けて皆で簡単な昼食会になった。
「悪いねえ、女の子が作ったサンドイッチを食べられるなんてオジサン幸せだよ」
「いや、それ商店街のパン屋のオッサンの手作りだぜ」
「お、女の子が懐で温めたサンドイッチは最高だな! これが女の子の温もりというやつか!」
「気色悪い事言うなよ!」
一人の冒険者とキスチスが漫才をやっている横で、アルクルミはもう一人の冒険者から重要な情報を得ていた。
「〝おいはぎトロール〟? 草原にトロールが出たの?」
「そうだ、既に犠牲者も出てる。行商人の家族がやられたって話だよ」
「そんな……」
「女の子の服を剥ぎ取っていく悪質なトロールだからな、お嬢ちゃんたちも帰りは気をつけた方がいいよ」
「確かトロールって男の人は……」
「ああ、男は巨大なこん棒でペチャンコにしやがるからなあいつら、だから俺たちは町に入れずにこの森で足止めだ、町に帰る為には草原を通らないといけないからなあ」
話題に出てきた〝おいはぎトロール〟とは、数年前まではよく出現しては草原を荒らしまわっていた凶悪なモンスターである。
襲った獲物の女性の服を剥ぎ取って持ち去り、男性は容赦なく叩き潰すという迷惑な相手だ。
最近は姿を見せていなかったのに、何故だかまた姿を現したというわけなのだ。
「お嬢ちゃんたちの護衛をしてやりたいけどなあ、俺たちの腕ではトロールなんてバケモノはまるで相手にならん、すまんな」
「いえ、私たちも冒険者を雇えるほどのお金を持ってませんし、服より命の無事が最優先です」
男たちは昼食を終えると森の奥に入って行く。
「じゃあなお嬢ちゃんたち、サンドイッチご馳走さん、気をつけて帰れよ」
見送った後キスチスは神妙な顔になる。
「なあアル、さっきの話。トロールはやばすぎる」
「うんまずいね、一応お肉も手に入ったし今日は撤収しようよ」
今回は相手が悪い。今までも何人も犠牲になっている怪物だ。
これまで相手にしてきたカエルや、やんばるトントンなんかとは比べ物にならない危険なモンスターである。
大人しく帰るしかなさそうだ。
先ほどアルクルミが抱いていた違和感。
草原に人影が全く無かったのは、トロールの存在ゆえに皆が警戒している為だったのだ。
「まいったなあ、〝おいはぎトロール〟かあ、ここ数年出てなかったのになあ、何でまた現れるようになったんだ?」
「数体確認されてるって言ってたね、カレンたち冒険者が退治してくれるのを待つしかないわね」
アルクルミはテキパキと〝やんばるトントン〟をお肉に解体すると袋に詰めて出発し、いよいよここから先は町まで草原となる。
「まさか、森より草原の方が緊張するとは思わなかったなあ」
「急ごう、キス」
二人は町まで急いだ、早歩きの足が自然と駆け足になってしまった。
「今のところ姿は見えないみたいね」
「気をつけろよアル、〝おいはぎトロール〟は草原に同化して突然現れるって話だ、それで冒険者が何人もやられた」
「そうなんだ、見た感じは何かいるようには思えないけど」
アルクルミが草原を見渡すが何も無い、草と空しかない。
この辺りは平気なんじゃないだろうか……
彼女がそう思ったその時だ。
キスチスの目の前の草原が盛り上がり、緑の影がゆらあっと立ち上がったのである。
「そうそうこんな感じで、え?」
間一髪でキスチスが飛びのくと、それまで彼女が立っていた地面にこん棒がめり込んだのだ。
目の前に突然出現した緑色のモンスターは、大きさが普通の人間の倍はある。
腕だけは異常に大きく、その腕にたった今キスチスめがけて振り下ろしたこん棒を握っていた。
これが〝おいはぎトロール〟である。
「こいつ! こいつ! 私の事を男だと思ってやがる! ちくしょう!」
スキルでモンスターの心を読んだキスチスが叫んだ。
「よく見ろよこのボケモンスターが! 私は女だ!」
トロールはぷんぷん怒るキスチスを暫らく眺めていたが、ペコリと彼女に謝った。
「わかればいいんだよ、次からは気をつけろよ。行こうぜアル」
どさくさに紛れてそのまま立ち去ろうとしたがそうはいかない。
トロールは謝った上で、自分の使命を思い出して今度は彼女を捕獲しようとしたのだ。
キスチスは自らの反射神経でうまくモンスターの腕をかいくぐったが、それができなかったのがアルクルミだ。
捕まえるのがめんどくさそうなキスチスを諦めたトロールは、アルクルミに目標を変えて彼女を捕まえてしまったのだ。
トロールの巨大な腕にがっしりと捉えられてしまったアルクルミは、逃れようと暴れるが少女の力ではどうする事もできない。
そのまま握った手に力を込められて呼吸もできず、意識が遠のいていった。
「アル! アル!」
親友が呼ぶ声がする、霞んでいく視界の中でキスチスが必死にトロールを斬りつけているのが見えた。
「キ……ス……逃げて……」
その言葉を最後にアルクルミの意識が無くなった。
次回 「気絶したアルクルミ、絶体絶命の危機」
キスチスがんばる




