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その3 私は女だ! ふざけんなよ


 パーティを組んだ肉屋と魚屋の娘コンビは、草原を抜けて森の中に入る。


 この森までの道中で、草原に人影が見当たらないのが不思議な感じがした。

 いつもならまばらに草原を歩く人が見えたのだ。


 どうしたのかな……

 アルクルミはちょっとだけその違和感に不安になる。


 今日の獲物もこの森の主力モンスター〝やんばるトントン〟だ。

 この近くの最弱モンスターなので、これを狙うのが効率がいいのである。


 別にこの二人は冒険者でも何でも無いのでお肉さえ入手できればなんでもいいし、〝やんばるトントン〟が原料の、アルクルミの肉屋で作るトントンソーセージは絶品だと町で評判でもある。


 キスチスは歩きながら得意満面で腰の鞘から刺身包丁を抜いた。


「キス、刺身包丁を鞘に入れなよ、包丁を握りしめて歩いている人間てちょっと怖いんだけど。ぶんぶん振り回さないで」


 こんな所を誰かに目撃されでもしたら……

 こっちの森でも少年少女強盗団だと勘違いされるのは困るのだ。


「今日こそはこのキスチス様が獲物を仕留めてやるぜ! この光り輝くショートソードでな!」

「光り輝く刺身包丁だけどね」


「ちゃちゃを入れるなよアル、持ち主がショートソードだと思えばこの刺身包丁はショートソードなんだぜ!」

「自分で刺身包丁だって言っちゃってるよね」


「と、とにかくだな、いつもいつもモンスターをアルが仕留めてるけど、私だって初戦果が欲しいんだ!」


 そう言って高々と上げたキスチスのショートソード(刺身包丁)に、上から何かが覆いかぶさってきてブッスリと刺さった。

 弾みでそのまま倒れるキスチス。


「キス大丈夫?」

「いってーなんだよいきなり」

「あ、キス見て」


 キスチスのショートソード(刺身包丁)には獲物が刺さっていたのだ。

 犬くらいの大きさの小型の〝やんばるトントン〟がカクンとなっている。


 ジャンプして着地しようとした時に、運悪く下にキスチスの包丁があったのだろう。


「良かったねえキス、初戦果だよ、ちょっと小さいけど」

「うーん、なんか釈然としねえなあ、でもいいか! これぞ初戦果だぜ! この刺身ソードにキルマークでも入れるか!」


 なんかかっこ悪い名前になってるけど、まあいいか。


『パチパチパチ』

 切り替えの早いキスチスにアルクルミが拍手をしたその時だ。


「こっちに行ったぞ」


 キスチスが勝利のポーズをしていると、声と同時に木と草の陰から二人の男が出てきた。


 鎧と剣で武装している二人の男は冒険者らしく、キスチスがぶら下げた獲物を見て『チッ』と呟いた。

 鋭い男たちの目がキスチスを睨んでいる。かなり怖そうな人たちである。


「おいおい、他人の獲物を横取りするのは、冒険者のルールに反してるんだぞ坊主」

「どうする、この坊主にルールってものを教えてやろうか」


「坊――!」


 アルクルミが前に出た、坊主と言われて抗議しようとしたキスチスは出鼻をくじかれる。


「違います!」

「お、おう、言ってやれアル」


「私たちは冒険者じゃありません」

「そこじゃねえよ」


「はあ? 冒険者じゃなかったら何だよお前ら、少年少女強盗団か?」


「肉屋です」

「さ、魚屋だ」


「ソウデスカ……」


 しばしの沈黙。


「ま、まあよく見たら鎧も着けてねえし、武装も包丁かよ。何でこんな森に肉屋と魚屋がいるんだ」


「だからと言って他人の獲物を横取りはよくねえなあ。彼女とデート中に、いい所を見せたいのかも知れないけどな、そういう事をすると痛い目に遭わせないと済まなくなるぞ坊主」


「坊――!」


「違います!」

「お、おう、今度こそ言ってやれアル」


「私は彼女じゃありません」

「そこでもねえよ!」


 冒険者の一人が気の毒そうにキスチスの肩をポンと叩く。

 ハンカチを出して涙を拭いた。


「強く生きろよ坊主」

「ボコボコにするのは勘弁してやるよ坊主」


「何で私がアルに振られたみたいになってんだ! さっきから聞いてれば坊主坊主ってうるせえな、私は女だ! ふざけんなよ、よく見ろよ! 目が腐ってんのかオッチャンたちは」


 岩に片足をかけて腕組みして威圧しているキスチスは、牙(八重歯)を出してグルルと唸った。


「キス……そのポーズは、まったくこれっぽっちも女の子に見えないよ」



「あっはっはっは、そうかそうか、お嬢ちゃん女の子だったのか、オジサンたち感違いしちゃった! ごめんね!」


「オジサン、こんな可愛くて素敵な女の子をどうして男の子だと思っちゃったかな! さっきの八重歯がドキ胸キュンキュンだよ!」


「お、おう」


 冒険者のオッサン二人は、キスチスが女の子だと知った途端に態度が豹変したのである。

 アルクルミはドン引きしてジト目になった。


「こっちこそごめん、その、獲物を横取りするつもりなんか無かったんだ。私の初戦果だと思ってて」


「横取り? 何だっけ? お嬢ちゃんにはいくらでもプレゼントするよ!」

「はあ」


「よく見たら色っぽい足をし――」

「こっちの肉屋の子もいいお尻を――」


 冒険者の顔にキスチスの拳がめり込み、その横で『ズドン!』とアルクルミのスキルが炸裂する音がした。


「いやーまいったまいった」

「あっはっは、ご褒美までもらっちゃった」


 二人の冒険者が更に満面の笑みになったのは言うまでもない。


 次回 「トロールに警戒しよう」


 アルクルミとキスチス、今日は早くに撤収する

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