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その2 下着の事は放っておいて


 アルクルミが店内で装備を整えていると(と言っても肉切り包丁を腰にセットして袋を用意するだけだが)、キスチスが入ってきた。


「準備できたか、行くぜ」

「いらっしゃいキスチスちゃん。うちののろまな娘がぐずぐずしてるせいで、今日はもうソーセージ売り切れなんだごめんな」


 その言葉に、肉屋の父娘の間でピリリと空気が張り詰めた。一触即発だ。


「おう違うぞオッチャン、そのソーセージを今から仕入れに行くんだぞ」


 肉屋の店主はキスチスのショートパンツの足に目をやって、うんうんと頷きながら満足そうにアゴを撫でた。


「いつも手伝ってもらって悪いな、それにしてもキスチスちゃんは色っぽくなったなあ、特にその足……」


 全部のセリフを言い終わらない内に、キスチスの拳を顔面に食らった肉屋の店主はそのまま仰向けにぶっ倒れた。


「ちょっとお父さん! キスに変な事言うのやめてよね! その辺のオッサンと同じじゃない!」


 まあ、その辺のオッサンがこの店主なのだが。

 店主は寝転がったまま、自分の顔の真横で仁王立ちで怒る娘をポカーンと見上げている。何かを発見したようだ。


「お前、まだそんな子供っぽいパンツ穿いてんのかよ、ウサギはねえぞ」


『ブギュっ!』


「おい! 父親の顔面踏みつけるとはどういう躾けのされ方をして来たんだこら! それに親にスキルを発動させるな!」


「今のスキルじゃないわよ、私の意志で踏んだ」

「尚悪いわ!」


 娘は何か喚いている父親を無視して、幼馴染の手を引いて外に出る。討伐へ出撃なのだ。

 門までの道でキスチスがアルクルミの耳元でこそこそと囁きだした。


「なあアル、子供っぽい下着つけてんのか?」

「なによキスまで、いいでしょほっといてよ。女の子のパンツに興味津々とか頭の中まで男の子になっちゃったの?」


 アルクルミがまじまじとキスチスを見ている、これは本気で心配している目だ。


「ち、ちげーよ! ちょっと安心しただけだよ。つーか〝まで〟ってなんだよ、私は全身全霊女だぞ」


「何でキスが安心するのよ」

「なんでもねえ! この話題やめやめ!」


 ちょっと顔を赤くして自分から振ってきた話題を強引に終わらせる幼馴染に、ははーんと思い当たった様子だがそれ以上つっこむのはやめたようだ。

 アルクルミ自身もこの話題はとっとと終了したかったのだ。


「それよりも見ろ! どうだこれ!」


 キスチスは話題を変えて腰の剣を見せている。それは鞘に入った短い剣のようだ。

 そういえば魚屋の娘は今日は新装備がどうとか言っていたのだが、どうやらそれらしい。


「それショートソード? ついに買ったの? キスはいよいよ冒険者を目指すの?」

「へっへーん! あ、キスって言うなよ。かっこいいだろこれ!」


 いつもの調子を取り戻したらしいキスチスは、鞘から剣を抜いてそれを高々と上げた。


「いつもの刺身包丁じゃないの。何よその鞘は」

「剥き出しのままじゃ危ねえって、足に刺さったらどうすんだって親父が作ってくれた」


「新装備ってその鞘の事なのね……」


 男の子みたいにはしゃぐ相棒を見て、呆れついでにちょっとイジワルを言いたくなった彼女。


「色っぽくなったその足に、傷でも付けたら大変だもんね」


 キスチスが顔を真っ赤にした。


「ああ、ごめんキス、ポカポカしないで。危ないって、せめてそのショートソードを鞘にしまってからにして」


「こらこら、女の子たちは仲良くしなきゃダメだよ、仲良くオジサンたちにエッチな足を見せてくれなくっちゃ!」


 おかしな喧嘩の仲裁をしてきた串焼き屋台の店主に、キスチスが拳を叩きつけ、仰向けに倒れてきたその顔をアルクルミが踏んだ。


 『ブギュっ!』アンド『ブギュっ!』である。


 幼馴染コンビの仲のいい共同作業なのだ。

 そして何事もなかったように通りを二人ですたすた歩く。


 蚊が止まったのでパンしたようなものなのだ。


「ちゃんと娘の怪我の心配をするなんて、キスのお父さんはやっぱり娘思いよねえ、羨ましいわ。私なんて肉切り包丁がむき出しのままだよ」


「でもあいつ馬鹿だぜ? 今、うちの店の店頭で寝てるよ、自分が売れるかどうか証明してやるって。あのまま夕方まで寝てるだろうな」


 魚屋のオジサンらしい、二人は声に出して笑った。


「アルの親父さんだって娘思いだぜ、うちの店の二階で飲んでる時はいっつもアルの自慢だよ、いかに自分の娘がこの町で可愛いかを毎回説明してるよ」


 何やってるのお父さん……

 顔を真っ赤にしたアルクルミを見てキスチスは続けた。


「で、うちの親父が『アルクルミちゃんも可愛いけどなあ、もっと可愛いのは……』って反論始めて口喧嘩になるんだよ、毎回毎回よく飽きないよなあいつら」


「どこの父親も娘が可愛いのかしらね、こっちはお互い恥ずかしいだけだけどさ」


 二人の父親が自分の娘の方が可愛いと言い合っている姿は、馬鹿馬鹿しいが少しだけ微笑ましい気がした、お父さんとはそういうものなのだろう。


「それがなあ、うちの親父が可愛いって持ち上げてんのはカレンなんだよな……」

「はあ!?」

 

「あいつ、自分の娘が女だって事最近忘れてるっぽいんだよなあ」

「そこまでなの?」


 帰ったら魚屋の店主に説教しよう、そう心のノートに記載したアルクルミだった。


 次回 「私は女だ! ふざけんなよ」


 キスチス、ついに初戦果を飾る

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