その2 芸術の為と言われても困ります
「絵? 絵を見にいくの? キスが絵を?」
アルクルミは驚きすぎて口をあんぐりと開けてしまった。
「失礼な反応だな、私だって絵くらい鑑賞するさ。このキスチス様は芸術のなんたるかをだな、ま、まあこれっぽっちもわかんねーんだけどさ」
キスチスを先頭に幼馴染の二人は商店街を抜けて町の大通りに出た。
「ほらこの前モンスターに乗って凱旋した女の子の話があったろ、その時の様子が絵になったっていうから見てみたいんだよ」
「あーあれね、凶暴なモンスターを従順に手懐けてたっていう青い髪の女の子の話だよね、凄い美少女だったって。世の中色んな子がいるのね」
二人が辿り着いたのは一軒の白い建物だ。
「ここだな、芸術家のオッチャンのギャラクシーとかいうのは。入ってみようぜ」
多分ギャラリーの事を言いたいんだろうなと思いつつも、めんどくさいのでスルーしたアルクルミがキスチスに続いて中に入っていくと、先に入ったオジサンの客がお金を支払っているのを目にする。
「お金取るの? 私何も持って無いけど。キスいくらか持ってる?」
「私がお金を持ってると何で思った?」
「ドヤ顔で威張られても困る。せっかくここまで来たのに絵が見れないんじゃん」
「いらっしゃい可愛くて素敵なお嬢さん、女の子の拝観料は無料なのだよ。何故なら天才的芸術家のこの私が、女の子が大好きだからである。女の子からお金を取るなんてノンノン、私の良心が許さないのであるからだ。あ、男の子は三ゴールドね、さっさと払いたまえ」
「おい、私は――」
抗議しかけたキスチスの前に手をかざしてそれを止めた芸術家の男は、彼女の顔をマジマジと見つめ。
「これはこれは、失礼したな。芸術家の私が危うく間違える所であった、天才だから気付けたのであるな」
「やっとわかったか、鬱陶しい喋りのオッチャン」
「あなた可愛いから男の子でも一ゴールドにまけておこうではないか、なに遠慮はいらん、可愛いというのは男の子でも武器になるのだよ」
「私は女だ!」
『もちろん、天才的芸術家なので最初からわかっていた』だなんだと言っている男を放っておいて、二人はずかずかと奥に進んだ。
タダならば何も遠慮はいらないのだ。
進んだ奥に目的の絵はあった。壁一面を覆わんばかりの大きな絵だ。
それはモンスターに跨ったわんぱくそうな童女の絵。
ちょっとアルクルミの想像とは違っていた、彼女は幻想的な天使みたいな少女の絵を想像していたのである。
「なんだか想像と違ったな、私はもうちょっと乙女チックな絵を想像してたんだけど」
「キスが乙女チックですって?」
「何だよ、別にいいだろ、キスって呼ぶなよ。これあれだよな、金太郎の幼女版?」
「金太郎ってちょっと前に流行った異国のお話のやつ? 確かに似てるかも」
二人でふき出してしまう。
「バトルアックスを担いでモンスターを従えて、鬼族の国に殴り込みに行った話は結構好きだったな」
「この子が担いでるのはネギだけどね」
「お嬢さんたちもその話を知っているのかね、まあブームだったからね。もちろんそこからインスピレーションを得たのだよ。ところでお嬢さんを見て新しいインスピレーションが湧いたのだが、どうだろうか」
ずいっと寄って来た芸術家にアルクルミはすいっと一歩下がる。
「どうだろうかと言われても、なんだろうかとしか」
「この天才的芸術家に協力して貰えないだろうか、是非モデルになってもらいたいのだよ」
「モ、モデルなら芸術のなんたるかを知ってるキスがいいんじゃないかな」
「こっちにふるなよアル。だから私は芸術なんてまるでちんぷんかんぷんだよ」
嫌な予感がしてアルクルミは逃げようとした。
「お願いします、お願いします。この前やって来た青い髪の少女にも頼んだのだけど、絵を見るなり遠い目をしてすぐに帰ってしまったのだ。芸術の為! 芸術の為に! お願いします」
急に敬語ですがり始めた芸術家の男にアルクルミは折れた、とにかく押しには弱い子なのだ。
「げ、芸術の為ならモデルやってもいいです……けど」
「本当かね、では早速脱いでくれたまえ、一糸纏わぬ状態だな。なに、芸術の為なのだな」
『おおー』
『パチパチパチ』
周りの客たちから歓声と拍手が沸きあがる。
これはアルクルミが脱いだ為ではない、瞬時に発動した彼女のスキルによって芸術家が頭から床に突き刺さったからである。
「素晴らしい! こんな斬新な芸術は見た事がない!」
「私もだよ、金を払って見に来た甲斐があったというものだ」
「そこの少女、この作品はいくらで譲ってもらえるのかね?」
「い、いくらって言われても、その芸術家のオジサンは商品じゃないですし」
「くうう、非売品かー! 残念無念」
いやそういう事じゃないんですけど。
「すげーな、アルって芸術家だったんだな。てっきり単なる肉屋の娘だとばかり勘違いしてたよ」
「単なる肉屋の娘です」
「インスピレーションの閃きが閃いたのだよ!」
芸術家がスポンと抜けた。
頭を打ったのか変な事を叫びだした芸術家を残して、アルクルミとキスチスはギャラリーから出て行った。
タダで見たものは見たし、もう用はないのだ。
アルクルミの一撃のおかげで、この芸術家は後に傑作を生み出すのだがそれはまた後のお話である。
次回 「結局カエル獲りに行く羽目になった」
アルクルミ、うっかり発言でカエル討伐へ




