その1 カエル同好会? 何それ気持ち悪い
「カエル同好会? 何それ気持ちの悪い」
アルクルミは肉屋の店内で、父親から趣味の悪い会合を聞いて引き気味だ。
「この前話しただろ、商店街の」
「知らない、かすかに記憶にあるのは薄毛同好会がどうしたこうしたで」
「その薄毛同好会で今度新しく始めたんだよ。これは昨日話しただろ、ちゃんと聞いていないからこうなるんだぞ」
「自分と微塵も関係のない話をちゃんと聞く必要がどこにあるのか、説明をして欲しいんだけど。それに何でカエルなのかな、お父さんがカエル好きだなんて初耳なんだけど」
「何を言うか、俺はガキの頃はカエル獲り名人のタケ坊って言われてたんだぞ。カエルと言えばタケ坊、タケ坊と言えばカエル。どうだ見直したか、かっこいいだろ」
この人はそんな話で十六歳の娘が『お父さんかっこいい』と言うと、本当に思っているのだろうか。
六年前までも無理、十年前なら……やっぱり無理。
カエルが嫌いなアルクルミは残念な目で父親を見る。まあとりあえず適当に褒めておくかという目である。
「へーそーなんだーわーかっこいいーすごーい。それで何で今頃カエル同好会なんてのが始まったのよ」
「俺たちを助けてくれそうな気がしたからだ、もしかしたらガマの油が発毛に――」
「そうなんだーすごいねー、長くなりそうだから今度寝てる時にでも下の部屋で話しといて」
娘の塩対応にも親父は挫けない、実際ちょっと半分くらい心が折れかけていたようだが、六年前の自分にべたべただった(と思っている)アルクルミの姿を思い出しでもしたのか、なんとか持ち直した。
「も、もう一回言うぞ。俺はな、カエル獲り名人だったんだ」
「何でもう一回言ったの?」
そこで親父がアルクルミに見せてきた一枚の小さな紙の切れ端。それは彼女が六年前に作って渡した、父親へのお誕生日プレゼント〝褒める券〟である。
「ま、まだ残ってたのそれ! いくらなんでももう無効でしょ」
「いや、有効期限は書かれていないが」
しくじった! 子供の頃は期限なんて言葉がわからなかったのだ。何枚かあったあの券がまだ残っていたとは、でも仕方無い、渡したのは自分である。
「キャーお父さん凄い! 名人なんてかっこいいよ! 私、お父さんの娘で本当に誇りに思うよ! お父さん素敵! 大好き!」
ここまで言ってアルクルミの顔は真っ赤である。自分はなんという地獄の券を作ってしまったのだろうか。
渡された〝褒める券〟はあとで処分しよう。さすがに目の前で粉々にするのは、現在デレデレ状態に陥っている父親もショックだろうし。
「それでな、ちょっと頼みたいんだけどなアル。同好会で振る舞うカエルの肉をだな――」
「あ、私キスと約束してたような気がする。なんだったかなー、そうそう、おはようって挨拶しなきゃいけなかったんだ。じゃ行って来る!」
親父の心は再び七割くらい折れそうになるが、十年前の自分にべたべただった(と思っている)娘の姿を思い出したのかなんとか踏みとどまったようだ。
アルクルミが同じ商店街にある幼馴染のキスチスの家、すなわち魚屋に行くと、商品の魚を並べ終わった様子の彼女がいた。
「ようアル、朝からどうした。魚でも買いに来たのか」
「キスにおはようって言いに来た」
「はあ」
『お、おはよう』と返してくるキスチスに挨拶を返したアルクルミの用事は達成されたが、まだ店に帰る気は無い。
今帰ったら間違いなくカエルの肉の仕入れの話になるのだ。
「そうだ今暇かアル」
「行く」
「まだ何も言ってないんだけど、まあいいや。今から行こうぜ」
「どこに?」
「なあ、アル。この会話わけわかんねーぞ、まあいいか」
「どこに行くの?」
「この前できた建物あるだろ、そこで見たい物があるんだよ」
キスチスが言いかけた時だ。
「おはよう、アルクルミちゃ~ん」
そう言ってアルクルミの尻に挨拶したのは、商店街会長である。しっかりと横にはコンビ相手の副会長もいた。
スキル発動でまず会長のアゴにハイキックを決める。
すかさずのけ反りで硬直状態になった会長の足を持ち、ハイキックのスカートの中を覗こうとした副会長をフルスイングした。
オッサンでオッサンを殴ったのだ。
ホームランされた副会長が飛んでいった後、アルクルミは身体をそのまま一回転させて会長の足から手を離すと、会長も同じ方向に飛んでいった。
仲良しコンビはどこに行くのもいつも一緒なのだ。
「何を見たいのキス」
「何事も無かったかのように、普通に会話を続けようとするなよ。たまにアルが怖くなるわ」
「怖いとか言わないでよ、自分のスキルが怖いのは私自身なんだから」
「お、キスチスちゃん。今日もショートパンツからエッチな太モモニョッキニョキだね、どうだい串焼き買っていかねーか」
声をかけた串焼き屋台の親父に、すかさずパンチをめり込ませるキスチス。
「で、私が見たいのはさ」
「キスも普通に話を再開してるじゃん」
「いちいち気に留めてたらめんどくさいんだよ、この町のオッサンたちは。エンカウントしたらささっと倒して次に進む。冒険の鉄則だぜ」
「お、アルクルミちゃんもいたのか、どうだい串焼き買っていかねーか」
懲りないオッサンである、アルクルミはすかさずショルダータックルを決めて沈黙させた。
「それで、キスは何を見たいのさ」
「な、なあおい、今串焼き屋のオッチャンはエロい事言ってなかったんじゃないか」
「言ってなかった? 気が付かなかったよ、自動だし」
あまりにも毎日毎日セクハラをしてくる串焼き屋台の親父に、アルクルミのスキルは事前に危険を予測して対策に出たのだ。
どの道、串焼き屋の次の言葉は『そのエッチな足をオジサンにもっと見せてくれ』だったので、百パーセントの正確性である。
「ま、まあいいか、私が見たいのは絵なんだよ」
「絵?」
「うん、まさか絵を見たいと伝えるだけで、こんなに手間がかかるとは思ってなかったけどな」
次回 「芸術の為と言われても困ります」
アルクルミ、変な芸術家にスカウトされる




