その1 カレンが遊びに来たよ
その日アルクルミの家にカレンが遊びに来た。
あまりに久しぶりで嬉しくて、階段を転げ落ちてしまったアルクルミ。
「カレン、はは……久しぶりね」
「大丈夫? アル」
階段の下で逆さまになったアルクルミとカレンは、暫らく相手を眺めている。
「見えてるよ」
肉屋の娘は赤くなってスカートを押さえた。
「まあ、上がってカレン」
アルクルミは自分の部屋に案内する。
まあ、案内も何も勝手知ったる肉屋の家で、カレンは子供の頃からこの階段を何回登った事だろうか。
アルクルミの部屋で彼女は自分の椅子、カレンはベッドに座った。
「最近忙しいみたいね、新しい女の子の友達とか」
「みのりん? ミーシア? タンポポちゃん?」
うう、全然知らない子の名前が出て来るよ、一人のつもりだったのに何人も……
アルクルミはなんだかカレンが、少し遠くなった気がして不安になっていたのだ。
「今度紹介するよ、うん、アルなら自信を持って紹介できる。私の自慢の幼馴染だもん」
自慢の幼馴染! 一瞬にしてアルクルミの機嫌が治った。
「みんな転生者の子なの?」
「ううん、転生者はみのりんて子だけ……のはず。いい子だよ絶対友達になれるよ。あ、ミーシアもいい子だよ、タンポポちゃんも」
紹介してもらえるのかな? アルクルミはちょっと期待する。
「実はね、アルにお願いがあるんだけど」
そう言ってカレンが出してきたのはウサギの人形だ。アルクルミが受け取ると目が取れかけているのがわかった。
「直して欲しいのね、カレン」
こういうものの修繕はアルクルミにおまかせだ。魚屋のキスチスが男の子のように道具を工夫するのが得意ならば、アルクルミはこちらの方面を得意としている。
「師匠には教えてもらってるから私が直してもいいんだけど、確実な方法を選ぶ事にしたんだ。私だとその人形を抹殺しかねない」
そう言って笑うカレンでも直せない事はないだろう、キスチスだったらニスでガッチガチに固めてしまいそうだけど、アルクルミは想像して笑ってしまう。
「随分大切にしてるみたいだけど、カレンもまだこういうお人形を大事にしてたんだね。実は私も――」
アルクルミはカレンが座っている自分のベッドの布団をめくり、そこに寝ていたクマのぬいぐるみを取った。
「私もこの子がいないと眠れなくてね、さすがにもうお話はしてないけど……た、たまにするだけだけど。カレンも同じで良かった」
カレンが気まずそうに目を伏せた。
「いやそれ、転生者の子の……」
アルクルミは真っ赤になってクマのぬいぐるみを戸棚にしまった。
「離して! 私は今日からクマ太郎と決別するんだから! もう決めたもん! クマ太郎とはさようなら!」
「ごめんアル! 私も今日からぬいぐるみと寝るから!」
結局クマ太郎はアルクルミの元のベッドに寝かされ、カレンは何かのぬいぐるみと寝る事で決着がついた。たまに話しかけるオプション付きだ。
「その転生者の子っていくつなの?」
アルクルミは恐る恐る聞いてみる、これで七歳だよとか言われたらもう一度クマ太郎を戸棚にしまうしかない。涙のお別れである。
「みのりんは私たちの一つ下だよ、だから十五歳」
ホッとした、十五と十六なんてもう一緒の年齢と考えてもいいのではないか。十五歳がウサギを大切にしてるのなら、十六歳もクマと一緒に寝ててもいいはずだ。
みのりんちゃんて、可愛い名前だなあ。
胸を撫で下ろしながらアルクルミはウサギを撫でてやった、ちゃんと直してあげるからね、と。
裁縫道具を出して彼女がチクチクやりだすのをカレンは興味津々に見ている。この手つき、さすがだなと思ってるようだ。
「そういえば、またお肉の仕入れにちょくちょく行ってるってオジサンから聞いたよ」
「そうなのよ、普通の娘に何度もモンスターを狩って来いなんて、うちのお父さんどうかしてるよね。ド鬼畜父親ランキングがあったら優勝しちょうよきっと」
アルクルミが文句を言うと、下の店で店主がくしゃみをした。『ちくしょーい』とか言っている。
オッサンは何故くしゃみの後で何か言うのか。
二人で顔を見合わせて爆笑した。
「ごめんねアル、私も手伝ってあげたいんだけど、みのりんのLvアップに付き合っててね。そっちを優先してるからお肉を取れないんだよ」
「でもモンスターは倒すんでしょ?」
最近カレンのお肉を売りに来る量が極端に減ったのは、父親がグチっていたので知っていたが、モンスターを倒してるのに何故そうなるのかがわからなかったのだ。
「もしかして蟲系のモンスターとか?」
想像しただけで背筋がゾゾゾとなってちょっと震えてしまった、その向こうでカレンもゾゾゾとやっている。
「違うよ、みのりんのスキルがね、モンスターをおびき寄せちゃうからお肉にゆっくり解体してる暇がないんだよ。モンスターを倒したら速攻でお肉を毟って即逃亡。お肉強盗団みたいになっちゃってるんだよ」
「何それ」
想像したらちょっと面白い。
「そんな状態だからアルを誘うのが悪くてさ。何しろ逃亡する時は全力疾走だよ」
「あはははは」
かなり面白い。
笑って涙を拭きながらアルクルミは答えた。
「そうだね、私はあんまり走るの得意じゃないから辛いかも」
「強盗団といえばアル知ってる? この前南の森で、包丁を持った少年少女強盗団が出たんだって。馬車ジャックしたらしいよ、怖いよねえ。どしたのアル」
爆笑していたアルクルミが突然無表情になったのでキョトンとしたカレン。
おかしい、ちゃんと誤解は解いたはずだったのに……
アルクルミはよくよく考えてみた。
ああ、そうだった。誤解を解いたのはキスが男の子じゃなくて女の子だって事だけだったわ……キスはあれで満足しちゃったのよね。
実は少年少女強盗団と噂されている時点で、キスチスの誤解も解けていないわけである。
しばらくは南の森には行けないなと思いつつ、アルクルミはしらばっくれることにした。
「ふ、ふうん怖いから南には近づくのやめるよ、討伐はいつもの森がいいよね」
「討伐には一人で行ってるの?」
「キスがいつも付いて来てくれてる」
「なるほど、キスか、じゃ安心だね」
何が安心なのかはわからない、キスはあれはあれでポンコツなのだ。でも違う意味での安心というのはわかる、キスが一緒に行ってくれるだけでどれだけ心強く感じている事か。
うん、まあ安心かな、アルクルミは目を閉じてキスの笑顔を思い浮かべた。
モンスターに吹っ飛ばされてる姿しか思い浮かばない。
「試しに今度一緒に行かない? またお肉強盗団になるかもわからないけど」
「行く」
アルクルミは二つ返事で応じた、カレンもそうだけどウサギの持ち主の転生者の子と遊んでみたかったのだ。
正直、父親には悪いけどお肉になんかどうでもいいのだ。
その時である、おあつらえ向きに下の店からアルクルミの父親の声が聞こえてきた。
「おーい、アルー。ちょっと肉の仕入れに行って来てくれ」
早速用事ができた。
アルクルミとカレンは、顔を見合わせて笑った。
次回 「転生者の子と友達になったよ」
アルクルミ、美少女転生者にドキドキする