その5 アルクルミ VS リス戦争勃発
キスチスの快進撃は止まらない。
「あったあった、今度こそ見つけた」
「それは〝やまりすドングリ〟全然違うよね」
「これでどうだ! これだろ!」
「ミノムシだよそれ、木の実ですら無くなったよ」
てへっとするキスチスに疑惑の目を向ける。
「さてはキス、わざとやってるでしょ」
「そ、そうだよわざとだよ、バレタかあ、ああはは」
わざとではないなこりゃ、ガチもんのマジもんだわ……こいつ。
アルクルミの疑惑の目が違う疑惑の目に変わった。
そしてついにその時が来たのである。
キスチスが歩いているすぐ先に見えてきたのだ、目的であるクルミの木が!
今度こそ、張り切って見せてきたキスチスに『正解!』と言ってあげられる、もうこのコントもやっと終了なのだ。
やれやれ、長い漫才に付き合わされてしまった。
そしていよいよキスチスが――
クルミの木をスルーして通り過ぎた。
「なんでよ! なんでスルーしちゃったの? バカなの? やっぱりそうなの?」
「な、なに、アル、おちおちついてよ」
突然大人しい幼馴染に食ってかかられてオロオロするキスチスは、どうしていいかわからない。
「これ! これ!」
アルクルミが必死に指差す木を見て、やっと理解したようだ。
「こ、これかな?」
「せいかい!」
「ふー、もうどっと疲れが出たわ、キス」
「だってこんな緑の実だなんて知らなかったよ。渋そうな果実だなあとしか思わなかった」
「ああ、それで取って食べなかったのね」
「と、とにかくこれを持って帰ればいいんだろ、早速集めようぜ」
そうだ、これを集めればお仕事終了。また美味しいクルミ入りチーズが食べられるのだ、アルクルミは気を取り直してクルミの木に挑む。
クルミの実を取ろうとしたら〝くるくるみリス〟がいたので思わず捕まえてしまう。
肉屋の娘としての本能がつい出てしまったのだ。
「お、ついでに肉の仕入れもできたなアル」
キスチスがからかうが、アルクルミはリスを見つめたまま動けない、額に汗が浮かんでいる。
つぶらな瞳が彼女を眺めているのだ。
これをお肉に?
「できるわけないじゃん!」
アルクルミが放してやると、リスはササーと木に登って彼女を見下ろしている。
助けてくれた恩を感じているのか、それとも……
木の上に〝くるくるみリス〟の集団が現れた。
『こいつは自分たちを捕まえられない』そう確信したリスたちは、中身の無いクルミの殻をアルクルミに投げつけ始めた。
自分たちのオヤツであるクルミを盗んでいく、悪の組織はなんとしても撃退しなければいけないのだ。
戦争勃発である。
「な、何? やめてよ!」
どうせ捕まえられないんでしょ? なリスの態度にアルクルミの様子がおかしい、無言で肉切り包丁を握り締めると。
「山の天気と肉屋の娘の心は変わりやすいって知ってた?」
リスは一斉に上に逃亡したが、上に登りきったら逃げ場はもうない。ダンケルク状態だ。
クルミの木を切るぞ? と脅す彼女にクルミの実を投下しはじめた、全面降伏である。撤退する船が無かったのだ
「おーいアルー、肉の仕入れは後で手伝ってやっから、先にクルミの実を集めちまおうぜ?」
文句を言いながら実を取ってるキスチスの所に、袋一杯のクルミを入れたアルクルミがやってくる。
「お前もうそんなに取ったのかよ」
「親切なリスが手伝ってくれた」
ワケのわからない言葉にポカンとしたキスチスの袋も二人で一杯にした。
「よし、じゃあ次はリス捕まえて肉の仕入れすっか」
「お肉はもういいわよ」
今日はお肉の仕入れに来たのではないし、チーズに入れるクルミが確保できればいいのである。それにリスとは和解したのでそれを破るのは協定違反の気がした。
昨日の敵は今日の友、同じ戦争を生き抜いた戦友なのだ。
「そう言うなって、あのリスなんかどうだ、地上に降りちゃってるし捕まえやすいぜ」
「何言ってんのよ、あれはリスじゃなくてモンスターでしょ」
あははそっかー、と向かい合って笑って、二人はゆっくりともう一度それを見る。
でっかい熊くらいある子豚型モンスター〝やんばるトントン〟の登場である。
「あはは間違えちゃったー」
二人は誤魔化してその場を去ろうとしたが、モンスターは完全に二人をロックオンだ。
「アルは下がってろ! 今日はこのショートソード初お目見えの日なんだよ、初戦果といこうじゃないか」
「刺身包丁だけどね」
やんばるトントンが突っ込んできた!
「そう毎回毎回私がやられ役にな……」
ドーン!
キスチスは跳ね飛ばされて草むらに吹っ飛んだ、交通事故だ。
モンスターはわき目もふらずにアルクルミめがけて突っ込んでくる、キスチスは最初から目に入っていなかったみたいだ。
「え? なんで私?」
モンスターは慌てて逃げようとしたアルクルミのスカートにかぶりつくと、それを引き剥がそうとする。
「やめてよ! 何でスカート!? 離してよ、破れちゃう!」
だがモンスターはスカートを離さない。
「スカートが破れるって――」
アルクルミは片手でモンスターの口を押さえ無理矢理開けさせてスカートを救出すると、やんばるトントンの腰を抱えてそのまま高く放り投げる。
「言ってるでしょ!」
空中で捕まえるとそのままモンスターの頭から地面に叩きつけた!
ポーン! ガシッ ズドーン! である。
セクハラ対抗スキルにより、頭を叩きつけられたやんばるトントンはそのままカクンとなった。
スカートのポケットからコロコロ転がるトントンナッツ。
「ああ、これか……」
やんばるトントンの好物なのだ。
ちょっと可哀想な気もしたが、モンスターに襲われたのには違いがない。
早速お肉に解体を始めるアルクルミの横で、キスチスが羨ましそうに彼女を眺めている。
「いいよなあ、アルは。私もそんな戦闘スキルがマジで欲しいよ」
「あげられるものならあげたいよ。さあお肉にできた、手伝ってキス」
「うわー重すぎだ、腰が痛い」
「お爺ちゃんみたいな事言わないで」
「せめてお婆ちゃんにしてくれよ」
クルミ満載の袋とお肉満載の袋を持たされて、キスチスがうんざりしているようだ。
「これとてもじゃないけど二人で運べないぞ、どうすんだ」
「どうしよっか、荷馬車でも借りてくる?」
途方に暮れていると、馬車のオジサンが通りかかったので助けてもらう事にしよう。
「へいおっちゃん、乗せてってくれよ!」
オジサンはキスチスを見て『なんだ、男の子か……』と通り過ぎようとして、アルクルミを見る。
「お、可愛い女の子も一緒か、よく見れば男の子の方も可愛いからまあ乗せてもいい――」
と言いかけた所で二人の腰のむき出しの包丁を発見。
冒険者には見えない、これは……
少年少女強盗団――
「おいおっちゃん。今男の子だとか、聞き捨てならない事を口走ったような気がするんだが、私は――」
「ひいい命だけはごかんべんを」
「いや、間違えられたくらいでそこまではしないよ、私は――」
「わかってますわかってます」
「なんだわかってくれてたのか」
「強盗団でしょ?」
「全然違うわ!」
オジサンとキスチスの漫才を、アルクルミはちゃっかり馬車の荷台に座って見物していた。
とりあえず、帰りはらくちんになった。
朝である。
起きたアルクルミは朝食を取ろうとしてパンを手に取った、目の前にクルミ入りチーズの姿は無い。
チーズ屋の奥さんは言った。『収穫してから一週間は待ってください』と。
次の日からすぐに食べられると思っていたアルクルミは、がっかりしてしまった。
パンに塩をふって食べてみる。
うん、なるほど、これはないわ。
第4話 「チーズ屋さんの木の実の仕入れ」を読んで頂いてありがとうございました。
次回から第5話になります。
第1話で登場したカレンと、その相棒である異世界からの転生者の青い髪の女の子と冒険します。
次回 第5話「カレンと転生者の女の子」
「その1 カレンが遊びに来たよ」