その4 いつもと逆の南の森へ収穫に行こう
チーズ屋から出ると、二人は一旦別れて装備を整え再び集合する事にした。
肉屋に戻ると父親が腕組みをして待っている。
「おいアル、さっきは無視してどこに行ってたんだ。まあいい、肉が足りないから仕入――」
アルクルミはそれを無視して、モンスター討伐用の肉切り包丁を装備する。
一応町の外に出るのだから武装はした方がいいのだ。
「なんだよ仕入れに行く気になってるんじゃねーか、反抗期が来たのかと思ってちょっとビクビクしてたんだぞ」
「お肉の仕入れに行くんじゃないわよ。チーズ屋さんのクルミの収穫に行ってくるのよ」
「はあ?」
肉屋の主人は思わずマヌケな声を上げてしまった、素っ頓狂な声というやつだ。
「何言ってんだお前、肉屋の娘が肉の仕入れじゃなくてクルミの収穫だあ? 頭大丈夫か」
「肉屋の娘と言ったって普通の女の子なの私は。普通の娘がモンスター討伐じゃなくて、木の実を採りに行く方が間違いなく普通の事でしょ」
娘の方が正論なのだが、親父も肉屋として負けてはいられない。
「売る肉がなかったら生活できなくて困るだろ、お前だって母さんだって」
「売り物が無かったらチーズ屋さんの奥さんが困るの。チーズが食べられなくて私も困るの。いいの? チーズ屋さんの奥さんが困ってもいいの? あの奥さんだよ?」
肉屋の店主はチーズ屋の美しい奥さんを思い出して少しにやけた、確かにあの奥さんが困るのは大変だとでも思っているのだろう。
娘をだしに使ってここで恩を売っておけば、後で奥さんに感謝されるかも知れない。そんな打算的な考えが浮かんだような顔でにこやかになった親父。
「そうだな、あの綺麗な奥さんが困るのは一大事だ。肉屋よりも母さんよりも最優先事項だ、よしアル行って手伝ってこい」
デレッデレの顔で言われたものだから、アルクルミは完全にドン引きしてしまった。
自分で誘導したのだがこの反応は想定外だった。まさかの全面支援なのだ。
しかし、ここで肉屋の親父の思惑に誤算が生じる。
奥から能面のような顔をした自分の奥さんが現れたのである。オッサンのよからぬ企みは一瞬にして終了した。
母親はアゴでクイっと合図した。
その内容は『ちょっとあなた、大切なお話があるから台所まで来なさいな』要約すると、『処刑するからちょっと来い』である。
「断わる、俺は店番があるからここを死んでも離れられんのだ! あー残念だ、肉屋の主人はここにいなければならん! ここを死守だ!」
「店番ならアルがいるでしょ。アル、あなたちょっと店番お願いね。さあとっとといらっしゃい」
「ごめんお母さん、キスを待たせてるから私行かなくちゃいけないの」
青い顔で店のカウンターにしがみ付く父親に対して、別にアルクルミは助け舟を出そうと思ったわけではない、本当に急いでいたのだ。
「アルちゃん、ちょっと待ってお小遣いあげるからさ~」
父親の泣きそうな声を振り切って、アルクルミは外に飛び出した。
ごめんねお父さん、お墓にはお花を供えてあげるから。
後でお客さんに聞いた話では、店番は母親がして、父親は店の片隅で無表情で正座をしていたのだという。
美人の母親が店番をしていたので、店の売り上げは少し上がったのだった。
集合場所に行くと既にキスチスが待っていた。
「ごめんキス、お父さんが地獄の門を開いちゃって、ちょっと遅くなっちゃった」
「いいよ、私も今来たとこだ。親父が魚釣って来いっつったから、チーズ屋の奥さんのクルミの方が大事だって言ってやったんだよ」
「どうなったの?」
「デレッデレに賛同した親父にカーチャンがキレて、魚屋は今戦場になってる。帰ったら親父の墓に花でも添えに行かなきゃな」
なんて事、お魚屋さんでそんな恐ろしい大事件が! おじさん可哀想……
うちは平和で本当によかった……
アルクルミは他人の家の不幸を悲しんでいる、心優しい娘なのだ。
今回もさすがにキスチスは釣り道具は持っていない、スコップも無しだ。その代わり腰に新たな武器を差していた。
「結局刺身包丁を持ってきたのね」
「おう、アルの手伝いしてるって言ったら、親父がもう使わない予備の包丁をくれたんだよ。ちゃんと鍔も自作して間違って手を切らないようにしてんだぜ」
こうやって道具を男の子みたいに工夫するのがキスは得意だったな、とアルクルミは思い出して感心した。さすがはキスだ。
「親父が作ったんだけどな」
さて、さっきの感心を返してもらおうかな。
「とうとう包丁コンビになっちゃったわね」
アルクルミもいつもの肉きり包丁持って来ているのだ。
包丁を腰に差した幼馴染コンビの出撃である。ただ今回はモンスターが目的ではない、その点で二人はちょっと気が楽になってパーティを組んだ。
気が楽になった事で気が大きくなった二人は、町の住宅街を意気揚々と歩いている。
一見すると、うら若い少女二人組が仲良く歩いているだけなのだが、腰には刃がむき出しの包丁が二本。
完全に悪さをした男の家にカチコミに行く風体だ。
女の子に酷い事をすると天罰が下る――
その日彼女たちを目撃した多くの少年が、突然女の子たちに優しくなって気味悪がられた事件が発生するのであった。
やんばるクルミがあるのは南の森で、町の裏門から出た方が早い為にそちらでパーティの儀式をする。
南の森はモンスターの出現は少なく、特にやんばるトントンはお肉にされまいと出て来ない事も多いので、お肉の仕入れには向いてないかもしれないが、その分木の実を採集するにはもってこいの場所なのだ。
だがやはりモンスターは警戒しないといけない対象ではある。
草原を抜けて森に入ると、クルミの木が自生している場所を目指して歩いていく。
「あったあった、これだろうアル」
先頭を歩くキスチスがアルクルミに振り向いた。
そんなに低い木じゃないんだけど、とそれをよく見ると全然違っている。
「キス、これはトントンナッツよ、全然違うじゃないの」
「えー? そうかあ?」
「色も形も大きさもぜんっぜん違うよ。何もかも違う」
この相方は今回はあんまり期待できないな、彼女は呆れつつもトントンナッツを眺めた。
今回は、ではなく今回も、の可能性は否定できない。
「トントンナッツも炒って塩をまぶせば、オヤツとかお酒のつまみになってそこそこ美味しいんだけどね」
アルクルミは父親の酒のツマミにでも、とトントンナッツも持って帰る事にして採集を始める。
「お、美味いのか」
キスチスはその木の実を一つ取ると口の中にポン、そして『うえ渋い』と吐き出した。
「生で食べてどうすんのよ、火を通さないと食べられないわよ」
「早くそれ言えよ、口の中渋渋になっちゃったよ」
「言う前に目にもとまらぬ速さで食べちゃうんだもん」
手の平一杯に収穫したそのナッツを、さてどうしようか? と考える。
やんばるクルミを入れる袋では実が混ざってしまい後がめんどくさい、かといって念の為にと持って来たお肉を入れる袋もちょっと違う。
後でもしも、お肉を入れる事態にでもなったらこれまためんどくさい。
仕方が無いので自分のスカートの内ポケットに入れる事にする。
女の子のスカートのポケットではたいした量は入らないので、手の平一杯分のナッツで取るのを終了した、今日も動きやすいミニスカートなのだ。
さて、先に進もうか、幼馴染パーティはクルミを求めてその先へと進んでいく。
「まかせとけアル、私がちゃちゃちゃっと見つけてやっからさ」
キスチスは自信満々のドヤ顔で自分の胸を叩いたが。
現在のアルクルミの彼女への期待値は、ほぼゼロなのだった。
次回 「アルクルミ VS リス戦争勃発」
アルクルミ、リスと戦う