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その3 キスチスがチーズを買いに参戦!


 会長たちは店の隅で首をかしげているアルクルミに気がついたようだ。


「おや、肉屋さんのご息女もいらっしゃったのかね。先ほどは失礼したね」

「これはこれはアルクルミ嬢」


 いつもは『アルクルミちゃ~ん』と馴れ馴れしいのに『肉屋さんのご息女』に『アルクルミ嬢』……だと?


「あ、あなたたちは一体何者ですか!」


「会長のドメスト・ギルバート・ガ・ジガムリア・バルドヴィネッティですが」

「副会長のペです」


 なんですかそのギャップは! アルクルミは思わずつっこみそうになるのをぐっと堪える。

 そんな名前だったんだこの人たち。


 とにかく何者であろうが、挨拶されたのだから私も名乗らないといけいよね。ある意味チャンスでもあるし。


「わ、私は――」


「おや、もうこんな時間だ。他にも回らないといけないので、奥様、お嬢さん、我々はこれで失礼いたしますぞ」


 ちょ、ちょっと! 私のフルネーム聞いてってよ――


 涙目のアルクルミに見送られて、ピンと背筋を伸ばした会長と副会長は颯爽と店の外に出て行った。


 と、暫らくして店の外で『パンパンパンパン』という小気味よいリズミカルな音が聞こえたかと思うと、『ぶぎゅ』という何かがめり込むような鈍い音がして静かになった。


 な、何が起こった、とうとう商店街が謎の組織に占領されたんじゃ……


 アルクルミがオロオロしていると――


「ちわーっす。チーズ下さい!」


 元気良く入ってきたのはアルクルミの幼馴染でお馴染のキスチスだ。


「お、アルも来てたのかおはよう!」

「ね、ねえキス、今外で何だか『パンパン』とか『ぶぎゅ』とか変な音がしてたけど、何か気がつかなかった? 商店街は無事?」


 アルクルミは先ほど聞いた不思議な音を知らないかと幼馴染に聞いてみる。


「ああ、あれな。商店街の会長が私のお尻見てエロい発言したからさ、鼻の穴に人差し指と中指を突っ込んで往復ビンタしてやったんだよ」

「はあ……」


「それから私の足見てエロい事言った副会長の顔には、拳をめり込ませておいた。全くあいつらコンビでいつもそうなんだよ、しかも何で成敗されて嬉しそうなんだよ!」


 安心した――


 アルクルミは胸をホッとなでおろす。


 セクハラ行為が出て安心するのも頭のオカシイ話だが、もしかして森のモンスターによる成りすまし問題に発展するのかと、心配していたところだったのだ。


 それにしてもあの二人のオジサン、この店ではあんなに上品な紳士になっているとは。


 アルクルミは自分の店とここは、訪れる客層が違うとずっと思っていたのだが、それはどうも違うようだと気付き始めた。


 やっぱり肉か、乳製品と肉の違いがお客を狂わせるのか。


 お乳は子供を育てる優しい母性なイメージなのに、肉は弱肉強食だの肉食獣だの凶暴感(あふ)れてるもの、お客さんが野生に戻ってしまうのも仕方ないのかも。


 アルクルミは一人納得してうんうん頷いているが、原因は彼女のお尻である。


「いらっしゃいキスチスちゃん。今日は何のチーズですか」

「クルミ入りチーズ! あれ美味しいから毎朝パンに乗せて食べてんだけど、魚と合わねえって毎朝うちの親父とケンカだよ。ったく、パンにはチーズの方が合うっての」


 相変わらず魚とパンでケンカしてるみたいである。


「アルもそう思うだろ? あーいいよなあ、アルん家は! ソーセージ絶品だもんなあ」

「私はもう、そのソーセージに飽きちゃったんだけどね。もうどうでもいいよあんなの」


 幼馴染には悪いが、彼女は本当に飽きていたのだ。


「私もアルクルミちゃんのお店のトントンソーセージは大好きですよ。あれは絶品だと思います」


 まさかのチーズ屋の奥さんに褒められてアルクルミは目を丸くした。この人に褒められるとなんだかめちゃくちゃ嬉しい、店を自慢したくなった。


「ありがとうございます! 凄く嬉しいです。やっぱりうちのソーセージは人気あって良かった」


「なんだよアル、私の時と全然反応違うだろ。私の扱い酷くないか、改善を要求する」


 顔を真っ赤にしてお礼を言う幼馴染にキスチスがふくれた。

 そのほっぺたをアルクルミが指で押すと『ぷう』と空気が漏れる。


「ところで、お二人ともクルミ入りチーズを買いに来たんですよね。アルクルミちゃんにはさっき説明しかけたんですけど、ごめんなさい在庫を切らしててもう無いんです」


「材料無くて作れないんですよね」


 そうそう、謎の会長たちに邪魔されたが、先ほどまでクルミ入りチーズについて話をしていたのだ。


「チーズは作れるんだけど……クルミが無くて作れなくて」


 奥さんは『はあ……』とため息をついた。


「クルミってやんばるクルミだよね? 取って来る人はいないの? 外に行けばあると思うんだけど」


 キスチスが不思議そうに聞く、無いんなら取って来ればいいじゃん? である。


 これは父親に普段から、売る魚が無いから釣って来いと言われている娘としては当然の反応なのかもしれないのだが、モンスターが出る冒険者の町界隈ではそうはいかないのが普通である。


「冒険者ギルドには依頼書は出してるんですけどねぇ、木の実取りなんて仕事を請けてくれる冒険者が居なくて……」


「今までは業者の人に頼んでたんですよね?」


 アルクルミも聞いてみる。


「頼んでいた業者の方の肩が壊れたみたいで……落としたクルミを拾おうとしてビキってやっちゃったみたいです。で、暫らくお休みなんです」


「業者のカタカタ?」

「ああ、それは大変……キスはちょっと黙っててね」


 あーうちのお父さんもビキってやっちゃって一ヶ月くらい倒れてたっけ……アルクルミは斜めになって横に寝ていた父親の姿を思い出した。ビキってやったら最悪なのだ。


 あの時は動けない父親の世話で大変な目に遭ったアルクルミだった。

 終いにはパンツも穿かせろと言い出した父親の肩に、渾身のチョップをお見舞いして悲鳴をあげさせたものだ。


 実は父親の肩はそのお陰で治ったのだが、彼女も父親もその事実に気が付いていない。

 気が付いていたら、木の実の業者にもセクハラをしてもらえれば一発解決なのである。


「こうなったら私が取りに行くしかなんでしょうけど……モンスターが出たらとても対応できなくて、どうしましょう」


 さあ困った、このおっとりした奥さんでは、モンスターがうろつく町の外に行くのはちょっと無理かも知れないのだ。いや絶対無理だ。


 美味しい朝ご飯の為に、こうなったら奥さんの代わりに自分が行くしかないか……


 ちょっと考える。

 クルミ入りチーズとモンスターが天秤に乗せられた。


『ガッタン』 


 チーズの圧勝である。


 アルクルミとキスチスは互いに顔を見合わせる、この二人の考える事はどうやら同じのようだ。


「私達が行ってきます」


 アルクルミがそう言う後ろでキスチスが涎を拭いた。


 こいつ、チーズの事考えてたな、と思いつつアルクルミもこっそりと自分の口に手をやってみる。


 よかった垂れてない。


 次回 「いつもと逆の南の森へ収穫に行こう」


 キスチス、クルミの木がわからない

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