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その2 チーズ屋さんはアルクルミの憧れのお店


「おいアル! 肉の仕――」

「あー聞こえない聞こえなーい」


 店の外に出て父親が何か言っていたようだが、耳を塞いだアルクルミにはちょっとしか聞こえなかったのでセーフである。


 父親の用件はわかっていたがセーフである。


 肉屋からチーズ屋はさほど離れてはいない、父親に捕まらないように全速力で店を出ただけあってすぐに目的地に到着した。


「生足が可愛いアルクルミちゃん、どうだい串焼き食ってかねーかい?」


 後ろから声をかけてきたのは、いつも店に肉の仕入れに来てセクハラをしてくる串焼き屋の店主だ。


 この際だからこの店主の声も聞こえなかった事にして、チーズ屋さんに入ってしまおうと彼女が無視を決めて歩き出した時である。


「今日はウサギだったねえ、会長たちには心の底から感謝しなくちゃな」


 いつの間にか自分の下着の柄をチェックされていた事に即座にスキルが反応。

 ドリルのように回転しながら飛ぶミサイル頭突きで、串焼き屋の店主の記憶を一瞬で消去した。


「いったあー」


 しかしこの技は、アルクルミ自身にも少しダメージが残るからやっかいなのだ。

 繰り出す技を選べない彼女は、暫らくおでこを押さえてしゃがみ込む事になる。


 すかさず串焼き屋台で串を買っていた男性客が、店主の先ほどの言葉の内容を確認しようとアルクルミの正面でしゃがむ。何事も確認は大切なのだ。


 記憶の消去が必要な人物が増えていた事に即座に対応した彼女のスキルは、そのまま前転でクルリと一回転すると、勢いを付けて両足の裏をその男の頭に叩き付けて強打する事で、脳を揺さぶり記憶を消した。


 立ちあがったイレイサー少女はスカートや背中の埃をパンパンと払いながら、今の前転でスカートの中を覗いた可能性がある人物の索敵を開始。


 容疑者全ての記憶を消去しなければならない。


 幸い周りには通行人はいなくて、三連続スキルの発動という事態にはならなかったようだ。ネコが一匹見ていたくらいである。


 平和な商店街の朝のひと時がそこにあった。

 町は平和を取り戻したのだ。


「ふう」


 消しゴム少女から普通の少女に戻った彼女は、安心してチーズ屋の入り口をくぐった。


 チーズ屋の店内に入ると、アルクルミの顔がパっと輝く。

 その店はいつ来ても華やかで綺麗で、チーズその他の乳製品にお菓子、更にはメイク用のクリームまで売っているのだ。


 アルクルミにはまだ必要の無いクリームだが、女の子としてはオシャレな店内と共にときめいてしまう。


 先ほどまでの死闘がウソのような、華やかな世界がここでは広がっているのだ。砂漠からオアシスに辿り着いたような心境である。


 自分の店もこうできたらいいのに……彼女はいつも思うのだが、オッサンが経営している肉屋ではどうしようもない。


 どんなに可愛くソーセージや肉を並べても、女の子がときめくような店内になるとは到底思えない、絶望的なのだ。


「いらっしゃいアルクルミちゃん」


 カウンターからこの店の奥さんが出てきた、この女性もまたこの店内の華やかさを際立たせている存在だ。


 いつもにこにこと笑っているおっとりとした女性で、物腰もやわらか、そしてなんと言っても美人である。


 アルクルミはいつもこの奥さんに見とれてしまうのだ、自分ん家の肉屋との最大の違いはこれだろう、と彼女は確信している。

 あたりまえだ、禿げかけのオッサンと美人な奥さんを比べる事自体頭がおかしい事なのだ。


 せめてお母さんがいつも店に出ててくれていたら、まだマシなのに……


 自分の母親は商店街でも美人の部類に入ると彼女は考えている。実際そうなのだが、しかしいつも店にいるのはオッサン(父親)、もしくは自分(娘)


 これが噂に聞く格差社会か……


 毎回このチーズ屋に来る度に、肉屋との違いに打ちのめされてしまう少女だった。


 だが、アルクルミは知らないのだ。

 彼女が店番をしている時の肉屋は、町のオッサンたちにとって最高にときめく幸せなお店なのだという事に。


 町のオッサンたちも、いつも肉屋にいる父親のオッサンではなく、アルクルミにいて欲しいと切に願っている。


 店に買い物に訪れて店番してたのがオッサンだった場合、それは悲しいはずれクジを引いたようなものなのだ。

 アルクルミは、ガチャに失敗して血の涙を流しながら肉を買っている男性客がいるのを知らないのである。


 知っていたとしてもアルクルミにとっては迷惑な事でしかないので、喜ぶわけではないのだが。


 それにしても、娘からも男性客からもガッカリ目線で見られている肉屋店主は、とてもとても可哀想なのである。


「アルクルミちゃん?」


 いけない、アルクルミは長々と考え事をしてしまっていた。ここに来ると天国と地獄を味わっていつもこうなってしまう。


「えっと」


 いつものクルミ入りチーズが置いてあるケースを覗くとそこは空だ。

 アルクルミは少し不安そうに尋ねた。


「クルミ入りチーズを買いに来たんですけど……」


 奥さんは困ったような顔をして、自分の頬に手の平をあてた。その様子に嫌な予感が急上昇だ。


「ごめんなさい、今材料を切らしていて作れないんですよ」


 買えない――! クルミ入りチーズを買えない――!


 終わった――!


「あの、アルクルミちゃん?」


 モンスターに襲われた時よりも愕然となって立ち尽くしている少女を見て、奥さんはオロオロだ。



 その時だ。


「おはようございます、奥様」


 アルクルミががっかりしていると、先ほど彼女に仕留められた商店街会長と副会長が入ってきたのである。

 即座に店の隅に避難して戦闘態勢をとるアルクルミを、奥さんは不思議そうに見た後で会長たちと話をはじめた。


「おはようございます会長さん、副会長さん。定期の見回りですね、ご苦労様です」

「この店でお困りの事はありませんかな奥様」


「おかげ様で今のところ特に変わりはございません」

「それはとても喜ばしい事ですぞ。今日も清々しい朝ですな。それにしても奥様はいつ見てもお美しい」


「嫌ですよ会長さんたらお世辞がお上手なんですから」

「いやいやお世辞だなんてとんでもない」


「いえいえ」

「いやいや」


 なんだろう、このオジサンたち……この人たちさっき私のお尻を触ってパンツを覗こうとした、あの下品な人たちだよね?


 胸をピンと張って紳士的に奥さんと接しているこの二人の男と、さっきの行動とがまるで合致しなくてアルクルミは別人が来たのかと疑った。


「この人たちは……何者なの?」


 まさか、何者かによって身体を乗っ取られて……

 トップが操られて商店街の危機なんじゃ!


 アルクルミは不審な目を、謎の男たちに向けていた。


 次回 「キスチスがチーズを買いに参戦!」


 材料不足でチーズ屋さんが困ってたので助けよう

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