その1 毎朝のご飯は重要なのです
「おはようお母さん」
「おはよう。もうご飯できてるから、早く食べちゃってね」
アルクルミが自分の部屋から下の階に下りてくると、すでに朝ご飯が用意されている。
毎朝代わり映えがしないやんばるトントンソーセージにパン。
このソーセージは、肉屋をやっているアルクルミの家の商品の中でも絶品と言われているのだが、彼女はすっかり飽きてしまっていた。
肉屋の娘はソーセージには目もくれず、テーブルの上の皿からチーズを一切れ摘むと、パンに挟んでかぶりつく。
「ん~美味しい~!」
クルミが入ったこのチーズこそが絶品の名に相応しい、常日頃からアルクルミはそう考えていたのだ。
同じ商店街にあるチーズ屋の一品で、のっぱらモーモーの乳を使ったチーズに、やんばるクルミをまぶしてあるそれは、彼女の大好物の食品なのだ。
もう一つ摘むとチーズは無くなってしまった。
「お母さん、これもう無いの?」
摘んだチーズをぷらんぷらんさせながら、目の前でハーブティーをすすっている母親に聞く。
「それで最後。後でチーズ屋さんにおつかいに行って来て。それ食べてもいいわよ、お父さんはパンに塩でもふっておけばいいから」
アルクルミが朝ご飯を食べ終わった頃、『腹減ったー』と父親が店からやって来る。
「アル、店番頼むわ」
「はーい」
父親が食事中はアルクルミが店に出る、これは毎朝の習慣だ。
娘にチーズを食べられてしまったとは知らない父親は、本当にパンに塩をかけて食べだした。
何もかけない方がいいのに……とアルクルミは思うのだが、とりあえず何にでも塩だのソースだのをかけてしまうのがオッサンなのである。
『こんなものは塩かけとけばいいんじゃい』という謎の理論である。
店に出ると老人が座っていた。
またこのお爺ちゃんか、と脱力するが接客しないわけにもいかない。
「お爺ちゃん、今日は何のお肉ですか?」
「はあん?」
またである、でも今度はしっかりと肩は上がっていて手は耳の後ろでかざしているので、まだ肩こりは再発していないようである。
前回に発動したアルクルミのスキルで、老人の肩こりを治しているのだ。
でも耳が遠いから近寄って話すしかない、こればっかりは肩こりが治ろうが関係無いのだ。
アルクルミが老人の耳元に唇を寄せると。
「このモモ肉かのう」
そう言って老人は彼女の太モモを両手でさすった。
その瞬間アルクルミの対セクハラスキルが発動。
肉屋の娘は大きく両手を広げて。
スパーン! と老人の両耳に水平チョップを食らわせる。
「ご、ごめんなさい、お年寄りにまたこんな事を」
オロオロする彼女に、老人はまるでたった今世界が変わったような顔をして。
「おおー、耳がはっきりと聞こえるわい。こりゃすげえ! じゃ鶏モモとこっちのモモ肉も貰うかの」
そう言ってまたもや太モモをさすりだしたので、もう一回両耳にスパーン!
「うおお、モスキート音もはっきり聞こえるわい。世界はこんなにも音で溢れておったのか!」
老人は買った鶏モモをぶら下げて大喜びで帰っていった。
や、役に立ってるのならまだいいか……アルクルミはガックリとカウンターに突っ伏す。
もう肉屋をやめて治療院でも始めるか……そう思っていると新しい来客だ。
「お邪魔するよ!」
元気に店に入って来たのは、商店街会長と副会長のオジサンコンビだ。
「おはようございます会長さん、副会長さん」
「おはようさんアルクルミちゃ~ん、いや~相変わらず可愛いいねー。定期の見まわりだよ、何か変わった事や困った事は無いかな? あったらこの会長が解決してカッコいいとこ見せて惚れさせてあげるよ、はっはっは」
「いやいや副会長の俺にこそ頼ってくれていいんだよ、アルクルミちゃんに惚れて貰えるなら商店街を犠牲にしてもいいくらいだ、大歓迎」
「うちの店では特に無いですね」
完璧な塩対応で気にもせず、とりあえず台帳を確認しながら二人の所に歩いていく。
「何も変わりが無いのかい、そりゃあ良かった。こっちも変わりが無くて良かった良かった!」
そう言いながら商店街会長がアルクルミのお尻を撫でる。
すかさず彼女のスキルが反応してしゃがむと、それに連動して副会長がアルクルミの前に寝そべった。さてはスカートの中を覗こうというのか。
いつもコンビを組んでいる会長と副会長だけはあるのだ。セクハラにも流れるような連携を、しっかり取ってくるのはさすがとしか言いようがない。
だが、アルクルミのスキルからは逃れられない、どんな連携を繰り出そうが彼女のスキルはその全てを粉々に粉砕するのだ。
まずはしゃがんだ状態から、一気にロケットジャンプをして後ろにいる会長のアゴに突撃、そのまま前に飛んで寝そべった副会長の背後を取ると、キャメルクラッチで仕留めた。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「うむ、この店は異常無しだな。本日も通常営業でなにより」
たった今異常事態だったんですけど?
謝りながらじと目になったアルクルミに、会長と副会長はグッドサインを出しながら帰って行った。
父親が朝食から戻ってきたので商店街の会長と副会長コンビが訪れた事を告げ、この店に特に変わった事は無かったかどうかを再確認する。
「そうだなあ、特に無いなあ。強いて言えば店に置く肉が少な――」
「あ、そうそう! お母さんからおつかい頼まれてたんだ! あー残念、じゃ行って来ます!」
肉の量の話になった途端、速攻で父親の言葉に自分の言葉を被せると、少女は慌てて店の外に退避。
緊急脱出である。
次回 「チーズ屋さんはアルクルミの憧れのお店」
アルクルミ、肉屋とチーズ屋の差にガッカリ