その4 カレンのパンツが木に引っかかった思い出
服屋に寄った後で、小物屋でハーブティのお返しに、カレンに似合いそうな髪留めを買ったりしているとキスチスとの待ち合わせの時間になった。
時間が来たのでカレンがバイトをしているカフェに行くのは諦めた、今日いるかどうかもわからない。
服屋さんの件はあるものの、全体的に見れば楽しいひと時なのであった。
「ごめんごめん遅くなって、よし行くか」
てっきり釣り道具を持ってくると思っていたアルクルミだが、キスチスが持っていたのは別物だ。
おいおいこれは見た事あるぞ、肉屋の娘はジト目で見つめる。
「どうしてスコップなの?」
「作戦があるんだよ、任せとけって」
キスチスは自信満々な様子でスコップを高々と上げた。
「落とし穴作戦ならカレンがこの前やって失敗したよ?」
スコップを上げたまま固まるキスチス。
「ぶ、武器として持っていくんだよ、カレンと一緒にすんじゃねえよ。こいつでカーンとやってコーンでキーンなんだよ」
だがキスチスの目は少し泳いでいる。
何もかもお見通しよ、といった感じでアルクルミが腰に手をあてた。
「刺身包丁とかの方が良くない? あれってショートソードみたいだし」
「ありゃ危ないんだよ、自分の手とか切っちまうし。昔武器みたいにして遊んだら親父にぶん殴られた」
子供の頃はそんなものだ。彼女は昔から男の子みたいなのだ。
何の気なしに聞いてみた。
「それはいつ頃の話?」
「先月かな」
「つい最近じゃないの!」
でも確かに危ないのは危ない、アルクルミ自身も武器として持ってきた肉切り包丁の柄に、滑り止めの布をグルグル巻きにしているのだ。
と自分の武器を見て気がついた。
よく考えたら、私はこんなものを腰にぶら下げて買い物をしていたのか……今頃恥ずかしくなって顔を真っ赤にする。
たまにすれ違う人が『ビクン』ってなってたのって……
それ以上考えるのはやめた、世の中には深く追求してはいけない事柄が多いのだ。
「それに、包丁コンビじゃ笑えるだろ」
「包丁&スコップコンビも笑えるけどね」
アルクルミにとっては包丁&スコップコンビは二度目の経験である、相方を入れ替えて再結成したようなものだ。
根っこは似ている幼馴染同士、カレンとキスチスはこんな所がよく似ている、気が合う部分もこういう所なんだろう。どっちもポンコツだし。
町のすぐ外から森へと続く草原を歩きながら、肉屋の娘はキョロキョロと何かを探している。
実は草原でネズミやウサギでも捕まえられたら、それでいいんじゃないかと思っているのである。
が、結局何にも捕まえられないまま森に到着してしまった。
本当は何にもではなく、トカゲは一匹捕まえた。
指で摘んだ小さなトカゲを見たキスチスが。
「お前それ……まさかそれで仕入れを終わらそうなんてポンコツな事を思ってないよな」
キスチスからポンコツ呼ばわりされたら一大事なので、『トカゲって可愛いよね~』としらばっくれながら放してやったのだ。
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「俺たちゃ冒険者♪ 山越え谷越えどこまでもー♪」
森に入ってからキスチスは歌っている。
モンスターが出る森の中なのに、緊張感もへったくれもない呑気な歌声が響く。
「キス……やめてよ、酔っ払って歌ってるお父さんを思い出して力が抜けちゃうのよ」
「おっちゃんよく歌ってるもんな、私もそれで覚えた。さっきも会合で酔っ払って歌ってたぜ。それとあとキス……」
言いかけてキスチスが何かを発見したようだ。
それはそうと、朝からもうすでに酔っ払っているのかお父さんは……アルクルミは頭痛を覚える。
「あったあった、キスリンゴの木」
言い終わるや、するすると木に登っていく。
アルクルミがハラハラと眺めていると、すぐに下りてきた、手にはキスリンゴの実が二つ。それは赤くて大きい果汁たっぷりのフルーツだ。
「休憩してオヤツにしようぜ」
「もう、行動が唐突すぎるから説明くらいしてよね」
「アルがいらないのなら私が二個食うぞ」
スっと手を出すアルクルミ、今日はまだお昼ご飯を食べていない。
少女二人は並んで草の上に座り、赤い果実をかじる。
ジュワっと酸味のある甘い果汁が口いっぱいに広がった。
空腹なので何倍も美味しく感じられる。
「この味懐かしいね」
子供の頃カレンやキスチスがよく登って取ったものだ、スカート姿のアルクルミはいつも下でハラハラ見ていた。
ってよく考えたらカレンもスカートだったわ、アルクルミは苦笑する。
「一回カレンが盛大に落っこちた時あるよね」
「ああ、落っこちてきた時、枝にパンツだけ引っかかってたあれだろ」
二人でプと噴出す。
「あの後カレンが取りに登ろうとするのを慌てて止めたわよ」
「で、代わりに私が取りに登ろうとしたらモンスターが出やがったんだよな、三人で速攻で逃げた」
「あのパンツどうなったのかな」
「まだ木に引っかかってるんじゃねーの?」
二人はお腹を抱えて笑った。
今カレンはどこかでくしゃみをしているに違いない。
モンスターに見つかるんじゃないかってくらい大笑いした後、キスチスが立ち上がった。
「さて、それじゃモンスター討伐始めるか」
アルクルミがキスチスをじーっと見る。
「あ、穴を掘るんじゃないからな絶対違うから、そんなわけがないから」
完全に目が泳いでいる。
次回 「キスチスの作戦でお肉が取れるかやってみた」
キスチス、必死に作戦を考えた