その3 女の子の足への冒涜は許さん服屋
商店街の通りをボーゼンと歩いている少女はアルクルミだ。
まさかお父さんじゃなくて、お母さんにまでお肉の仕入れを頼まれるとは……彼女はさすがに脱力しているようだ。
普通の女の子は、遊びに行ったついでにモンスターを討伐はしないんだよお母さん……
似た者夫婦なのだ。似た者親子とはいかないのが痛い、なんせ娘は被害者なのだから。
「どうするアル、今日はうちの魚屋で商店街の会合やってて、店の手が足りてないから私が手伝えるの午後からだぜ。そもそも手っ取り早く朝食を済ませる為に、肉屋にソーセージを買いに来たんだしな」
「それでいいよ、午後まで待ってる。一人で森へなんて行く気は無いもん」
「それじゃまた後でなアル。商店街の通りの角で待ち合わせよう」
店に戻っていくキスチスを見送りながら、さて、と考える。
自分も店の手伝いに家に戻れば良かったのだが、どーせならと、町で色んな商店を覗いて暇つぶしをして待つ事にしよう。
半分は腹いせがてらである。
通りを歩いていると、冒険者らしい一人の男に鏡を向けられた。
瞬時にアルクルミのスキルが発動して男にバックドロップを食らわせる。
「ごめんなさいごめんなさい」
わけがわからなかった、単に正面から鏡を向けられただけなのだ。
とうとう無差別にオジサンを攻撃するスキルになってしまったのだろうか……何て恐ろしい。
そういえば以前もこのオジサンに鏡で姿を映されて同じ技を決めたっけ、と思い出す。
あれは確か、町の門の前の鑑定屋さんの近くだっただろうか。色々なマジックアイテムが売られている謎の店なのだ。
とりあえず、落ちた鏡を返してあげようと拾ったのはいいが、そこに映っていたのは真下から見たアルクルミの図。
即座にドリルミサイルキックが持ち主にお見舞いされた。
「こ、これは何ですか!」
「聞いて驚けお嬢ちゃん、その辺の鏡とは違ってマジックアイテムなんだよ、貸してごらん」
男は素直に渡したアルクルミから鏡を受け取ると『こうやって例えば女の子を一旦鏡に映すだろ』と彼女を再び映してまたバックドロップを食らった。
「そ、そうするとだな、三分くらいの間だけ一回鏡に記憶させた物を、映さなくてもあらゆる角度から見られるんだよ」
とガタガタになりながら、鏡を下からの角度にした所でドロップキックが炸裂。
落とした鏡をアルクルミが拾う、危なくて鏡面は見れない。
「こ、こんな危険な物は割ります! いいですよね!」
「うわああああ、やめてくれえ! それは俺の命なんだ、俺を殺さないでくれえええ」
大の男のガチの号泣である。
少女の前で『殺さないでくれえええ』と泣く男に、町の人々が何事かと注目する。
「ご、誤解を受けるような言い方は困ります、鏡を割るだけです」
「それを割るのだけはどうかご勘弁を~もう決してあなた様を映したりいたしませんので~」
「私だけじゃなくて他の女の子もダメですよ、他の子も映さないと誓ってくれるのなら」
「おばちゃんもダメ?」
「おば……女性は全てアウトです!」
「男の娘や女装っ子ならいいのかな?」
「ス、スカートを映すのは禁止です! ショートパンツも禁止します!」
キスチスのいつもの姿を思い出して禁止事項を付け足し、男に鏡を返した。
さすがにガチ泣きする男から鏡を奪う事はできなかったのだ。アルクルミは鬼ではないのである。
命拾いした男がぺこぺこと走り去るのを見送ってぐったりと歩いていると、一軒の服屋を発見した。
そこはアルクルミが入った事の無い店だったので、休憩がてら入る事にする。
「らっせー」
男店主の声がアルクルミを迎えた。
店内は男性服と女性服が売られていて、いたって普通の様子。
最初アルクルミはスカートを物色して、膝上のフレアスカートを手に取りそれを買おうとしたのだが、ふと男物のズボンに目をやった。
そういえば明日お父さんのお誕生日だったっけ……
余計な事を思い出してしまったもんだ……
アルクルミは後悔したが、思い出してしまったものは仕方無い、何かプレゼントを買ってあげようと決意した。
毎年プレゼントは渡しているのだ。
一回だけ忘れていた事があり、その時父親は拗ねたのである。
夕日を見てションボリしている背中を見て、めんどくさいと思いつつも罪悪感を覚えたアルクルミは〝褒める券〟なるものを急遽作成し、何枚か父親にプレゼントして事なきを得たのであった。
どうして肩叩き券じゃないの? と母親に聞かれたが、肩を叩くのがめんどくさかったのだ。褒めるだけなら口ですむ。
父親はそんな券でも大喜びしてくれた、その事でもちょっと罪悪感があったので、それ以来プレゼントをするようにしている。
そんなわけで、今回はギリギリ思い出せて本当に良かった。じゃなきゃまた拗ねるところだったのだ。
父親に合いそうなズボンはどれか、と想像してみるがいまひとつピンとこない。
お腹の出たオッサンは何を着てもオッサンなのだ。
いつもは黒だ茶だと地味なのが多いので、大冒険してピンクをと思ったのだが、考え直した。
危ないところだったのだ、もう少しでピンクズボンを穿いたオッサンが誕生するところだった。
無難な所で紺のズボンを手に取り店主の所に持っていく。
ここで事件が起きた。
「これ下さい」
アルクルミが商品を店主に見せた時に、ちょうど店内に新しい来客があったようだ。
店主は新客に『らっせー』といいつつ、アルクルミのズボンを一瞥すると。
「おいこれ、男性用の長ズボンじゃないかね、まさかお嬢ちゃんが穿くんじゃないだろうな? そのような女の子の足への冒涜は許さんぞ。オジサンは大人として、若い子の不正をキッチリ正していく責任があるんだ」
何を言っているのかがわからない。
何か間違った事をしでかしてしまったのだろうか、とアルクルミはオロオロする。
「え……これ、お、お父さんへのプレゼントで……明日お誕生日で……」
「本当にプレゼントかい? お嬢ちゃんが穿くんじゃないのかい?」
何をどう見たらこんなお腹の出たオッサン用のズボンを、女の子が穿くと勘違いできるのか。目が節穴なのだろうか。
どう見てもアルクルミが二、三人分は軽く入れるウエストである。
もしかしてこんなに太って見られてる!?
ちょっと、いやかなりショックだ。泣きたくなった、というか涙出た。
「私が穿くんじゃありません……本当にお父さんのお誕生日で……私は穿きません……」
「絶対かい」
「ぜ、ぜったいです……」
「長ズボンを穿くような悪の所業はないんだね?」
「はい……私は穿きません」
長ズボンを穿くのは悪の所業だったのか! 大人の人、それもプロの服屋が言うんだから間違いないのかもしれない。
そういえば公園で遊んでると、猛犬をけしかけてくるオバサンはズボンを穿いてたっけ。やっぱり悪い人だったんだ。
直接的なセクハラではないのでスキルが発動しないせいか、アルクルミは思わず信じてしまいそうだ。
「お嬢ちゃんを信じて売ってあげよう、でもこの誓約書に一筆書いてもらうよ」
「は、はい」
「私はこのズボンは神様に誓って穿きません、はいここに書いて」
「わたしは……このズボンは神様に誓って穿きません……うぅ」
なんだかワケのわからない誓約書まで書かされた!
この服屋は危険すぎる。女の子が近づいてはいけない店はネギ屋だけではなかったようだ。
アルクルミが代金を払って店を出ようとすると、そこで先ほど来店した新しい客が二人の女の子である事に気がついた。
青い髪の女の子とピンク髪の女の子だ。
どちらも自分と店主のやり取りを見ていたのか、ポカーンと固まっていた。
このままではこの二人の少女も、この店の犠牲者になってしまうのだろうか。
助けてあげたい、でもどうしようもない。スキルでも発動してくれれば店主を成敗できるのだが、素の自分には無理なのだ。
ご、ごめんなさい――健闘を祈ります――
彼女たちとすれ違う時、自分が何もできない不甲斐なさで思わず涙が出た。もしかしてその涙を見られてしまっただろうか。
あの子たちの運命はどうなるのか。
アルクルミは店の外に出ると、閉じた店のドアに向かって静かに手を合わせた。
合掌である。
次回 「カレンのパンツが木に引っかかった思い出」
キスチス、討伐に何故かスコップを持ってくる