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その2 お母さんにまでお肉の仕入れを頼まれちゃった


 この肉屋の処刑方法をあれこれ考えていると、新しいお客さんの入店である。商店街の朝は忙しいのだ。


「いらっしゃいませ」

「お、今日は可愛い店員さんが二人もいる。今日の俺の運勢はツイてるな」


 入ってきたオッサン客はそう言うとアルクルミの尻に挨拶して、キスチスに対しては。


「そっちのショーパンの娘の足もなかなかエロい、ん、男の子か? まあどっちでもいいやエロいもんはエロい――」


 オッサン客のセリフはそこまでだった、即座に客の後ろに回りこんだアルクルミが客を羽交い絞めにして背中をゴキッ!

 直後にキスチスが顔面にパンチを食い込ませたのだ。


 十六歳の幼馴染連合軍の流れるような連携である。


 続けて入ってきた男性客は、少女二人による男へのリンチを目撃したのだが、リンチと違うのはやられたオッサンが幸せ絶頂そうな顔で肉を選んでいる点だ。


「なるほど!」


 後から来たその客は何かを悟ったようにキスチスのお尻を触る。


 何がなるほどなんだか、あーこの人終わった……キスの怒りの鉄拳をお見舞いされて木っ端微塵に吹き飛ぶわよ、掃除が大変、ちりとり用意しなくちゃ。


 アルクルミがそう思った瞬間である。


「キャ!」


 変な声を聞いたのだ。


 私はそんな声は出していない、床に落ちてたアヒルのオモチャでも踏んだのか、と見回すアルクルミだったが、『え?』とキスチスの方を見た。


 顔を真っ赤にしたキスチスが、お尻を押さえてアルクルミにしがみ付いていたのだ。


「こ、こ、こいつ、触った! 私のお尻触りやがった!」

「エエ……」


 言葉によるセクハラは反撃できても、直接行動に出て来る敵にはこんなに弱いのかキスは。


 アルクルミの新しい発見だ、後で自分の部屋に戻ってノートに記録しなくては、今後の自分の予定を確認する。

 題名は『キスがキャと言った』でどうだろうか。


「で、どのお肉にしますか?」

「あ、ハイ……カエルを二百グラム……」


 期待した事が何も起こらずションボリした男性客に、先客が首を振りながら男の手を取ると、ケースを開けてお肉を取ろうとしていたアルクルミの腰に手を置かせる。


 瞬間彼女は、男性客の首を太モモで締め上げ、先客には喉元にクロスチョップを喰らわせた。

 大サービスである。


「ご、ごめんなさい。だからこういう事はやらないでください」


 ペコペコ謝る肉屋の娘に男達は。


「いやいやありがとう、やっぱりここは幸せを売っている肉屋って呼ばれてるだけの事はあるわ」

「そっちの男の子の反応も中々の高得点だったぜ!」


 幸せを売っている肉屋ってなんの事よ……

 そんなものをこの店で売った記憶はないのだが、ニコニコ顔で二人で肩を組んで帰って行く二人の客をジト目で見送った。


 売れた幸せはトントン三百グラムとケロケロ二百グラムである。これからは幸せ分の追加料金を取ろうか。


「う、うるせーよ、今度やったら魚の干物でぶん殴るからな。それと私は女だ」


「もう帰っちゃったから聞こえてないわよキス。そうだゆっくりしていきなよ、今お茶出すから……」

「お、おう。あ、キスって呼ぶな」


 少し元気になった幼馴染を見て、アルクルミはクスっと笑う。


 カレンから分けてもらった、やんばるコスモスのハーブティがあったからあれを出そう。カレンがバイトしているカフェの商品で、美味しいからと持ってきてくれたのだ。


 お客さんに出すのにちょうど良いと店に置いていた代物だ。棚からビンを出しながら彼女は自分の父親の成敗方法を考えるのだった。

 やっぱりご飯抜きの刑だよね。



「あらキスちゃんいらっしゃい」


 店の奥から出てきた美人はこの店の主人の奥さん、つまりアルクルミの母親である。奥で朝ご飯を作っていて娘を呼びに来たのだ。


「おはようオバチャ、お姉さん」


 キスにお姉さんと呼ばせている自分の母親と、母親にはキスと呼ばれてもつっこまない幼馴染に半分呆れたアルクルミ。


 そういえば、母親を見て思い出した事がある。父親への刑を決めたのだった。


「お母さん、今日はお父さんは晩ご飯抜きだからね!」

「うん、お魚屋さんの会合で飲んでくるからいらないわよね」


「うう、そうじゃなくて、じゃあ明日よ。お父さんは明日のご飯抜きだから」

「そうねえ、明日は二日酔いで倒れているからご飯いらないわよね」


 アルクルミの考えた罰をことごとくかわしてくるとは、中々手ごわいオッサンである。


 さすが何年もオッサンをやってるだけの事はあるのだ。

 アルクルミはだんだんめんどくさくなってきたようだ。


「今キスにお茶を出そうと思ってたんだけど、お湯沸かしてあるよね」

「お湯はあるけど、キスちゃんも一緒に朝ご飯どう?」


 お腹を『ぐう』と鳴らし、そういえば朝メシまだだったわ、とキスチスは喜んで奥へと上がっていった。


 朝ご飯はパンとこの店自慢のやんばるトントンソーセージが二本、たっぷりマスタードがかかっていて絶品だ。

 アルクルミはいつもの事なので普通だが、キスチスは夢中で食べあっという間に完食である。


「やっぱりここん家の朝メシはウメーよなあ」

「そお?」


「うちなんか、魚の切り身を塩焼きしたやつにパンだぜ、合わねえっつの」

「そうかな、それはそれで美味しそうだけど」


 アルクルミ自身も魚屋で朝食を何度もご馳走になっているので、美味しいというイメージしかなかった、隣の芝生は青いのだ。


「酷い時は刺身にパンだ」


 それはさすがに合わなさそうな気がする。


 食後に二人がキッチンのテーブルで、やんばるコスモスのハーブティを飲みながらくつろいでいると、店から母親がやってきた。


「あ、ごめんなさいお母さん、店番にすぐ戻るわ」

「ああ、いいからキスちゃんと遊んでらっしゃい。お店はお母さんがやるから」


「え? いいの?」

「いいから、いっぱい遊んでらっしゃい」


 そして彼女の母親は、天使のように微笑みながら悪魔のような一言を発したのである。


「お店のお肉が少なくなってるから、遊んでるついでにちょっと森に行ってお肉を仕入れて来てちょうだい」


 アルクルミの犠牲者スキルは今日も元気に発動だ。


次回 「女の子の足への冒涜は許さん服屋」


 アルクルミ、服屋で酷い目に遭う

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