その1 お前ちょっと肉取って来いや
今、目の前に立っている物体はなんて言ったんだろうか。
ここは冒険者の町、その商店街にある肉屋の店内で、その肉屋の娘は父親の前で首を傾げた。頭のオカシイ言葉が聞こえたからだ。
肉屋の娘の名はアルクルミ、赤い髪をポニーテールにした十六歳の普通の町の少女である。
「お父さん、今なんて言ったの? よく聞き取れなかったからもう一回言ってみて」
「ん? 商店街の薄毛同好会で今度新しく――」
「そっちの話はどうでもよくて、全く興味ないから。その後よ」
さっき肉屋の店主はこう言ったのだ――
「あちゃー在庫が切れたわ、お前ちょっと森へ行って肉を仕入れて来い」
父親の言葉を理解するのに、娘は三十秒くらい時間を要した。
この人……お酒の飲みすぎで、とうとう……と悲しい疑惑まで湧いたほどだ。
「森へ行ってって、まさかと思うけど、それモンスターを倒して来いって事?」
「それ以外何かあんのかい?」
ポカンとした顔で返す肉屋のオヤジに、肉屋の娘もポカンとした顔で返した。
「私冒険者じゃないんだけど、知らなかったの?」
ただの娘っ子の私にモンスターを倒して来いとか、このハゲオヤジ頭がおかしくなったんだろうか、残り少ない髪の毛を毟ってやろうか……
まさか、髪の毛が一本抜ける度に理性が失われていくとかかな。全部毟ったら人形になったりして。
そしたら店の前に置いて看板に使えるよね。
アルクルミが『ぷっ』とふきだしながら、そんな事を考えていると。
「お前今残酷でとても失礼な事を考えただろ。やめろよ、俺の頭をそんな目で見るな。やめて下さいお願いします貴重な資源なんです」
だがオヤジも肉屋の店主だ。
商品が無いと商売ができないのである、髪の毛くらいでは一歩も、いや三歩くらいまでしか引き下がれないのだ。
「冒険者やってるカレンちゃんがいるだろ、あの子に手伝ってもらえよ、頼むよ、頼みます、お願いします」
「まったく……」
普段大人しいこの少女は押しに弱い、父親もそれを知ってて言ってくるのだから始末に終えない。
ただ、父親に頼まれた事も少しはあるけど、幼馴染のカレンと森で遊ぶのは面白そうだとアルクルミは思ってしまった。比率で言うと父親1:カレン99だ。
その時、店内に入って来たのは男性二人組の客だ。いつもこの時間にやってくる常連の客である。
「いらっしゃいませ」
「おはようアルクルミちゃん、今日もお肉を買いに来たよ。それにしてもこっちのお肉も美味しそうだねえ」
オジサン客の一人が、アルクルミのロングスカートのお尻をペロンと触る。
アルクルミは即座に身体を回転させて勢いを付け、相手の腹に蹴りの一撃!
ローリングソバットを食らったその客が吹き飛ぶと。
「おお! さすがはアルクルミちゃんだ、今日も元気なあんよだねえ」
と、しゃがんで足を触ってきたもう一人の男性客の脳天に、肘鉄を食らわせた。
『ドカっ』そして『ゴキっ』である
「ごめんなさい、ごめんなさい。セクハラ受けるとこうなっちゃうんです」
「いやー今日も生きる活力を貰ったわ。胃もたれが一発で治った! アルクルミちゃんありがとう! それじゃまた明日」
「俺もさっきまで苦しんでた頭痛が止んだ。ありがとうアルクルミちゃん、今日も一日元気に過ごせるわ」
買った肉をぶら下げて嬉しそうにホクホク顔で帰っていく二人の客に、アルクルミは店の入り口でペコペコ頭を下げて見送る。
アルクルミは店に来る客達のセクハラには本当に困っていた。
自分の家である肉屋で手伝いをしている時に、大人しい娘をからかってオジサン客がお尻を触ってくるからたまらない。
その瞬間、セクハラ客に色んな技をかけて反撃してきた。
そこに彼女の意思は全く関係無い、セクハラを受けたら自動的に即反撃。
反撃したくないのに流れるように仕留めてしまう。
『対セクハラ自動反撃スキル』
それが彼女のスキルなのだ。
「おめえ、相変わらず容赦ねえな。お客さんだぞ、尻くらい触らせてやれよ」
「スキルが勝手に発動しちゃうんだからどうしようもないじゃない。それにお尻くらいって、お父さんもそんな考えなら、容赦しないわよ」
「ど、どう容赦しないのか言ってみろよ? あ、いや、やっぱり言わなくていいから、ホント言わなくていいです」
娘の目線が、自分の頭に向けたられた事に危険を感じた店のオヤジは、棚から帽子を取り出して深く被った。
少ない資源はなんとしてでも守り通して見せる、というオヤジの固い決意が感じられる。これで完璧だ。
ドヤ顔で立っているその姿にアホらしくなったアルクルミは、父親を無視して出かける準備を整えると店の扉を開けた。
「行って来ます!」
怒ったように父親に声をかけて出て来たものの、カレンの家に向かう少女は少し楽しそうなのだ。
彼女は久しぶりにカレンと遊ぶのである。つい軽やかにスキップなんかしてしまうけど仕方無い。
アルクルミの幼馴染のカレンは、同じ歳の十六歳の少女だ。
この町出身の冒険者で、フルネームは『マウ・ド・レン・フィンク・カレンティア』
長いので皆は彼女の事をカレンと呼ぶ。
アルクルミも実はそれなりに長いフルネームがあるのだが、別にいいだろう。
え? と、ちょっと涙目になったアルクルミは、親しい人には更に短く〝アル〟と呼ばれていた。
幼馴染のカレンは強力な一撃必殺の剣の使い手で、肉屋の店主が可愛い娘を一緒に森に行かせても大丈夫だと、安心している点はそこだろう。
ただカレンの剣のスキルは特殊で、精霊の力を借りたその技を使うと、半日から一日経つまで二撃目が撃てないという欠点があった。
そして一撃を放った後のカレンは、いい感じのポンコツなのである。
しかしまだお昼前なので、カレンがポンコツになっている事はまずないだろう。
町の外に冒険にでも出ていない限り、この平和な町の中で必殺剣なんて繰り出す必要がないのだから。
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「ありゃ~、アルごめんね~」
自分の家の前で呼び出されたカレンが頭をかきながら謝っている。
「さっき家にゴンタ君が出てさあ、スキルの一撃使っちゃったよ」
「エエエエ……」
頼みの綱のカレンがどうでもいい事でポンコツになってしまった、アルクルミは肩をガックリと落とす。
「いやー壁をカサカサ鬱陶しいからつい、あはは」
「だからここに穴が開いてるのね……どうして玄関が二つになったのか不思議だった」
アルクルミが横目でカレンの家の壁を見る。
そこには大穴が開いていて、あろう事かさっき名前を呼ばれたカレンはそこから出てきたのだ。
「どうしよう……」
他にアテなんてない、自分一人で行くしかないのか、アルクルミはため息をつくしかないみたいだ。
「作戦立てればなんとかなるよ。アル、私もお肉の仕入れ手伝うよ。というか、お肉の仕入れと聞いて私が黙っていられるわけがないじゃない。ダメだと言ってもついて行くからね」
「た、確かにカレンは何よりもお肉の事を考える冒険者だったわね」
ポンコツカレンの笑顔に、アルクルミは嬉しいながらも不安を感じる。
あはは、だ、大丈夫だよね……?
次回 「森でのんびりピクニック」
幼馴染コンビは森へ行く