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デッドマン・アライブ!  作者: ヌルハチ大王
2/4

二話

「―――さん! ―――ルさん!」

目と鼻の先から声が、聞こえた。

「・・・どうかしましたか?」

彼女の、文奈の声が。

「フフ、ぼぉっとしてたら日が暮れちゃいますよ。はやく目標終わらせましょう!」

彼女は口元に手を当て、くすりと微笑む。「こっちですよ」と手招きしながら、森の奥へ、奥へと進んでいく。


当たり前の様に広がるその景色―――この数か月ですっかり慣れたつもりでいたが・・・

改めて考えてもやはり、異様だ。

季節で言えば秋といったところだろうか。黄を残すままの樹葉に混じり、我先にと指先を紅潮させる紅葉が、次々と地面に手形を落としていく。

そして目の前には一人の少女―――フミナはケモノ耳をぴょこんと立て、尻尾をふりふりとくねらせていた。


今でもたまに、自分は奇妙な夢を見ていて、ふと気づけば自室のベッドの上で天井を見上げているのではないか。そう勘ぐることがある。

だが未だに、その兆候が見られることは無い。少なくとも、今しがたホリタ ミノルが生きているのはこの世界なのだろう。

 異様で奇妙な異世界に迷い込んではや三か月、その現実をようやく受け止めつつあった。


「あっ!」

フミナが声を上げ、しっぽが連動するようにひょうと巻き上がる。

「あれ、グルガリの実じゃないですか?」

ぴょんぴょんと飛びながら、あっちあっちと人指し指で木の上方を指し示す。

「うーん、わからんな。フミナには見えるのか?」

当然ながら、ミノルにそれを視認することはできない。グルガリの実はビー玉ほどの大きさしかないのだから。

獣人は人間を遥かに上回る身体能力、感覚神経を持つ。

彼女には遠くにあるそれを目視できるのだろう。ミノルはいくら目をひそめようと分からない。

「私、取ってきます! 今夜はごちそうだといいですね!」

「おー、気を付けてな」

「はい、大丈夫です!」

振り返りながら笑う、彼女の声が小さくなる

木と木の隙間をすらりすらりと走り抜け、ついには姿が見えなくなる。


この世界に来て、彼女は変わった。

身体的にも精神的にも、少なくともあの触れれば壊れてしまうガラス細工のような、儚い印象はすっかり抜立ち消えた。

よく笑い、よく動き、よく喋る。病弱な体という名の枷が外れたことで、彼女は一気に活発な女の子に早変わりだ。

そんなフミナの姿を見られただけでも、この世界に来てよかったと思える。


異世界転移は、フミナだけでなく、家族全員に大きな変化をもたらした。

母のカオル、妹のアヤカ、兄のヒロシ、父のトシロウ。もちろん俺にも・・・妙な変化が生じた。

それぞれ、この世界には持て余すほどの変化だが、家族会議の結果なるべく目立たないように力を使うという事で同意した。


「おーい、フミナ、大丈夫?」

「はいっ! 見つけました」


声のした方を見上げると、フミナが高らかに木の実を掲げている。

地面からざっと七メートルはあるだろうか。かなり高い。

 グルガリの実はこの辺りでは比較的交換価値の高い木の実である。肺炎に効き、すりつぶせば軟膏にもなる、優れものだ。医者に売り込めばそこそこの値段で買い取ってもらえる。

こうして、ミノルとフミナは家事の隙間時間に、バイトがてら木の実ひろいをしているのだ。


「おー、ナイスナイス」

ミノルは木登りを軽々とこなすフミナに感嘆するしかできない。

「えへへ・・・」

フミナは嬉しそうに照れ笑いを浮かべた。

こういった表情も以前は見られなかったものだ。改めてミノルはこの世界に来てよかったと実感する。

「さすがフミナだな、俺には絶対できないよ」

「そうですかね?ミノルさんなら、きっとできますよ!だってキックボクシング全国4位のミノルさんですから!」

「この世界だと競技人口は一人だよ。それにキックボクシングのメニューに木登りはない、仮にあったとしてもやる気はない」

ボクシングの技能が木登りに関係ないことを、それとなく教えてやる。

「そんなこと言わずに、ミノルさんも一緒にどうです? 景色と視界が変わって楽しいですよ!」

登ろうとおもえば登れないこともなさそうだが、ミノルには木登りをしたくない理由があった。

もし大きな怪我でもすれば・・・いろいろと厄介なことになる。

「また今度な。いいから早く降りなよ、日が暮れちゃうぜ」

フミナの木登りの誘いを断るミノルを、フミナは「んもう」とジト目で睨みつける。

「はは、そんな顔するなよ。いつかやるって、約束だ」

フミナはプイっと顔をそむけると、横目でちらりとミノルを見やり、

「じゃあ、約束ですからね・・・?破ったらビンタ百連発ですっ」

「おう、顔が腫れ上がるレベルじゃすまなそうだな」

ミノルは遥か木の上のフミナを見上げ、苦笑いした。

 早秋の昼時に獣人の少女と青年が無邪気に交わした約束。

だが、このささやかで幼気にあふれた盟約が果たされるのは、かなり先の話である。

「ていうか、降りられる?」

「はい、らくしょ・・・」

楽勝です、と言いかけるフミナが顎に手を当て、途端に思案顔になる。

「・・・?どした?」

「わたし、降りられないかもです」

「え?」

「私降りられません」

「なんで・・・?」

素っ頓狂なフミナの言いように、ミノルは目を丸くする。

「ということで・・・」

「えっ」

「―――受け止めてくださーいっ!」

「はぁっ!?」

フミナがふざけ調子で、木から跳躍してくる。

マジかよ!この高さから!?

フミナは七メートル近く上から、そのまままっすぐ落ちてくる。

親切なことにミノルが位置を調整せずとも受け止められる位置に、だ。

そのまま落ちてきたフミナの体をミノルは一身に受け・・・

「ぐはぅ!!」

「きゃあっ」

フミナの体をがっちりとホールドし、そのままミノルは後ろに倒れこんだ。

幸い、地面の枯れ葉が下敷きになり、ミノルに怪我はない。

「あははははっ、すっごく楽しかったです!もう一回です、もう一回!」

「やめろ、殺す気かバカっ!この・・・こうしてやる・・・!」

無邪気に笑うフミナの脇腹にくすぐりをくれてやる。

そこが弱いのか、フミナはさらに激しく笑いながら、地面をのたうち回る。

「あははは、んもうっ、こっちの番です!」

「うおっ」

体格差があろうとも、単純な力ではフミナには一歩敵わない。

そのままミノルはされるがまま、体をくすぐられる。

「ぐははぅっ、このやろっ・・・!」

「きゃ、ひひひ・・・あははは・・・!」

 そんな戯れの攻防がしばらく続き・・・疲れた二人は、息を切らしながら仰向けで、空を見上げていた


「はー・・・疲れたな」

「はい、とっても・・・」

「帰ろっか・・・」

「・・・はい、帰りましょう」

フミナは地面をごろごろと転がり、ミノルすぐ隣に寝そべる。

ミノルに腕枕をされる形で、胸に顔をうずめた。

「こんな時間が、いつまでも続けばいいのに」

ぼそりと囁くような呟きが、ミノルに聞こえることはなかった。


その時であった。森から押し寄せる大量の足音に、先に気づいたのはフミナであった。

勢いよく体を起こし、辺りに意識を集中させる。ただ事ではないフミナの様子に、ミノルも周辺の木々に目を光らせた。

一つだと思われた足音は次第に増え、二つ三つと数を増やしていく。

小鬼(ゴブリン)・・・!?嘘だ、この辺に魔物はいないはず・・・!」

森の中から姿を現したのは、醜悪な子供のような見た目をした魔物、ゴブリンだった。

彼らは連携の取れた動きで、すぐさま辺りを囲んでいく。

気づいた頃には、二人は周囲を丸っきり包囲されていた。

「すみません、私がもう少し早く気づいていれば・・・!」

「フミナのせいじゃない。いまはこの状況をどうするか考えよう」

数はざっと十数匹。円状に等間隔にならび、少しずつ間を詰めてきている。

それぞれがこん棒、弓、ボウガン、短剣などの武器を装備している。

それにしても、やけに連携がとれているな。

こういう時は何かに気をつけろと誰かが言っていた気もするが・・・。

「逃げるには・・・いかんせん数が多すぎますね」

「あぁ、これは厄介だな・・・」

「あ、あの・・・・」

「ん?なんだ」

フミナがツンツンとミノルの脇腹をつつく。

ミノルは周囲のゴブリンの様子に目を凝らしながら、返事をした。

「あの、音符をつかって・・・アヤカさんかカオルおばさん、あるいはトシロウおじさんを呼びませんか・・・?」

やはり、か。ミノルはこの状況に気づいた時から、その選択肢から目をそらしていた。ずっと頭の片隅にはあったのに、だ。

だけどだめだ・・・それじゃだめなんだ・・・

「フミナ、もしその・・・アヤカとか、親父、母さんを呼んだら、どうなる?」

「・・・きっと全部蹴散らしてくれると思います」

「蹴散らして、どうなる・・・?」

フミナは一瞬考えこむような顔をし、答える。

「きっと、怒られると思います・・・」

「だよな、きっと怒られる。 『あんたたち、本当にどうしようもないのね』って、怒られる。そして、また家事と木の実拾いの日々を続けることになる」

フミナはわずかに顔を曇らせる。ミノルの言葉を信じたい一方、この時間を否定したくない思いもあるのだ。

「なぁフミナ、もう訓練は十分じゃないか? 親父にも母さんにも十二分にしごかれた。 そろそろ自分たちの意思で動いていい時期じゃ?」

話しているうちに徐々にゴブリンが包囲の輪を狭めてくる。


両手装備の小型バックラー―――、ミノルがこの世界に来てから、最も扱える武器の一つである。

元々腕に装着している金具に取り付けるようにして、盾で両腕を覆う。

軽量化がなされており、打撃武器としての運用も可能だ。ゴブリン程度が相手ならば、十分に太刀打ち出来る。

「だからフミナ、戦おう、俺たちだけで。きっとやれるはずだよ。それだけの訓練はこの三か月で積んできたはずだ」

「はいっ・・・!」

フミナは迷いを捨てたのか、完全に戦闘態勢に入る。


フミナはまだ俺の能力を知らない・・・。知られるわけにはいかない。

けど何より、家族に頼りたくなんてなかった。よりにもよってあの親に・・・・頼り、依存する生活は続けたくなかった。

 もし失敗すれば・・・その憂いがないわけではない。

しかし何より、ミノルの中の助けを呼ぶという理性的な判断を、自分たちで闘うという本能的な判断が食い殺したのだ。

 後に、これは間違いであったと分かるわけではあるが・・・。


フミナはグルルル・・・・と唸り、姿勢を低くする。

瞳孔は人間の丸形から、肉食獣のような細長に変わる。

爪が鋭く伸び始め、髪の毛はにわかに逆立つ。これが獣人の、半獣化である。


二人が戦闘の意思を明らかにすると、にわかにゴブリンも武器を構え始めた。

「フミナ、無茶するなよ?」

「私は大丈夫です・・・ミノルさんも、気を付けて」

「大丈夫・・・俺を誰だと思っている・・・」

自分自身に言い聞かせるように、ミノルは呟く。

試合前に何度も味わってきたこの感覚・・・相手を獲り殺すかのような目をする相手と正面から睨みをきかせあう。手は震え、足は強張る。

大丈夫、いつも通りやれば、大丈夫。そう、いつもみたいに、自己暗示を心の中で叫ぶのだ。

 俺は・・・スーパーミドル級全日本4位・・・ホリタミノルだ・・・!!


先に仕掛けてきたのは正面のゴブリン―――短剣を持った個体だ。

大きく右手を振りかぶり、力まかせに刃を振り下ろしてくる。

遅い―――

ミノルは左手のバックラーでそれを受け流し、素早く懐に入り込む。

がら空きになったゴブリンの鼻に右手でストレートを叩き込む。強かに顔面を打ち付けられ、短剣ゴブリンは割れた頭を押さえながら後方に倒れこんだ。

 続いて左方から両手ナイフのゴブリンが襲い掛かる。左右交互に、リズムよくナイフが放たれる。

ミノルは脇を締め、両手をやや前方に構える防御姿勢をとった。バックステップをとり、ナイフを弾きつつ、腕の隙間から攻撃を伺う。

そして、攻めあぐねたゴブリンはついに、ナイフを左右同時に突き出した。

―――ここだッ!

ミノルは左の盾でナイフの斬撃を無理やり上方に弾き、右フック、左ローで姿勢を崩し、最後に盾を振り下ろし、ゴブリンの頭蓋をかち割る。

 直後に右方から槍を突き出され、すんでの所で頭部を振り、刺突が頬を掠める。

「あっぶねぇ!」

続けての数発の槍の突きも、持ち前の反射神経を生かし、難なく避けきる。


元の世界ではまず味わうことのなかった、この緊迫感。とにかく息切れがひどい。

怖い、痛い、恐ろしい。

だが一方でそういった感情の影に隠れ、どこか闘いに興奮している自分がいた。

アドレナリン、だろうか。


槍ゴブリンからの突きを次々とダッキングで避ける。その時後方から殺気を感じ、咄嗟に右手の盾を頭に被せる。

ビンゴ。

予想通り、ゴブリンの棍棒の振り下ろし。直撃していれば気絶は免れなかっただろう。盾と棍棒が重い音を立て折衝し、ギリギリでガードする。だが、この攻撃により、完全にミノルの足が止まった。

そこにすかさず反対側、ミノルからして左方より、槍ゴブリンの刺突が繰り出される。

「―――こうッ」

ミノルは槍の横柄を掴み、突き出された勢いをそのままに棍棒ゴブリンの腹部に突き立てる。

武器を奪取された槍ゴブリンを、盾による裏拳で延し、腹部に負傷をおった棍棒ゴブリンをアッパーで突き上げる。

魔物とは言っても人型種族だ。弱点部位は人間と同じである。

どちらも頭部から血を流し、地に臥した。


元々、キックボクシングという競技に身をやつしていたミノルからすれば、他の生き物を傷つけるのにさして抵抗はなかった。極限状態ともなればなおさらである。


その時であった。何者かの咆哮のあと、何か質量のあるものが飛んできた。

「っ!おわっ!」

避けきれず、飛んでくるそれとともに地面に倒れこむ。

「ぐっ・・・なんだ・・・?」

すぐさま体に被さったそれを払いのける。力なく、それは体から離れていった。

そして飛んできたものをよく見てみると・・・それはゴブリンの死体であった。



(ミノルさんは私が守る・・・絶対に・・・!)

「ウガァァッ!!」

半獣化した少女・・・フミナは、そこで縦横無尽に暴れまわっていた。

ゴブリンの剣による斬撃を素手でいなし、もう片方の爪で腹部を引き裂く。

木を蹴り上げジャンプし、勢いのままゴブリンの盾ごと切りつける。

突き出されたナイフを噛み砕き、口の中の破片を吐き飛ばし、ゴブリンの首筋を殺傷する。

動脈をやられ、踊り暴れながら、ゴブリンたちは地に臥した。

ボウガンも弓も対象を外し、てんで明後日の方向に飛んで行く。

体格で言えばほぼ同等だが、彼女は彼らゴブリンを一人で圧倒していた。

(こりゃあ敵わんな・・・)

だが一方で暴れまわるフミナを見て、ミノルはどこか複雑な心境であった。


 みるみるうちにゴブリンは数を減らしていき、ついにその場に立つゴブリンは一匹だけになった。

まさか人間二人相手にほとんど全滅させられるとは思っていなかったのだろう。

広がる仲間たちの死体という惨状に目を見張ってる。

「残念だけど、襲った相手が悪かったな。あんたたちが奪うことでしか生きられない種族だってことは知ってるけどさ・・・悪いけどこの世界は・・・こういう場所なんだ」

その言葉が彼らに通じることはないだろうが、ミノルはせめてもの懺悔のつもりで、ゴブリンに話しかける。

「ミノルさん・・・」

「・・・フミナ、悪いけどアイツは俺がやるよ。正直にいって、フミナみたいな女の子が闘ってほしくない」

「そんな・・・私はミノルさんを守れれば、それでいいんです。あの時・・・ミノルさんが私を守ってくれた時みたいに」

あの時、とは転移時の地震の時の事だろう。あれはマジで痛かった。

だが自身の能力を隠す都合上、あの時の事ははぐらかすようにしている。

怪我などしていない、自分は死んでなどいない、と。

「ありがとう。今のとこは俺の方が弱っちいけど、いつか追い越すからな。その時は俺がまた守ってやる」

「はい・・・!ありがとう・・・ございます・・・・」

フミナは安心しきったように微笑み、獣化を解く。この獣化にはすさまじい負担が体にかかる。フミナはすぐさま、膝をから地面にへたり倒れこんだ。

そうだ、それでいい。

「ではお言葉に甘えて・・・私は見守ってますね」

「あぁ、ゆっくり休んでくれ」

何はともあれ、フミナはまだ12歳の子供である。彼女には体を傷つけながら闘ってほしくはない。

それがミノルの正直な願いであった。


「・・・待たせて悪い、話してる間に逃げてくれてもよかったんだけどな・・・」

最後に残った一匹のゴブリンは、木を背後に、ナイフを一本構えていた。

逃げずに闘いの意思を示す、その果敢さには称賛を送りたい。

だがミノルも別に殺生が好きという訳ではない。

逃げてくれればよかったのに、と思うのが正直なところだ。

一つ嘆息し、渋々自身の構えを作る。

「そんじゃ・・・いくぞ」

ミノルは自然体のファイティングポーズのまま、じりじりと近づいていく。

やることは少し危険な作業と言った程度だ。最初の敵の一撃をパーリングし、余った手でフィニッシュを決める。

万が一失敗しようと、急所さえ気を付ければナイフが致命傷になることはない。町の医療所で難なく直してもらえるだろう。

 それに、ゴブリンの恐ろしさと言えば集団戦だが、相手が単独になっている時点で、その脅威も消えている。もはや状況は完全に詰み。チェックメイトである。

勝ちは必然・・・そしてミノルとフミナが油断するのもまた、必然であった。


ゴブリンまで数歩まで近づいたところで、ミノルがあることに気が付く。

木と木の間、潜り抜けた先に見えた小さな反射光―――。

ミノルががそれが何であるかに気が付くのに、時間はかからなかった。

クロスボウ―――伏兵か!

数十メートル離れたその先に見えたのは、他のゴブリンより一回り大きく、尚且つ甲冑を身に纏った魔物―――ゴブリンリーダーだ。

目先の大群に目を奪われ、すっかり失念していた。

こういったゴブリンリーダーがゴブリンの群れに加わることで、ゴブリンはより一層厄介な存在へと変化する。

(小賢しいゴブリンのことだ。動いている人間より、静止している人間を狙っている確率が高い―――)

つまりやつが今狙っているのは・・・・

「避けろ、フミナ―――!!」

間に合わない、体力を消耗した彼女に、もう一度獣化し、アレを避ける力は残っていない。

だったら・・・これしか・・・!

「うおぉぉっ!」

ミノルはクロスボウの斜線上に向かい、大の字になって飛ぶ。

体をなげうち、フミナの盾になる。それでしか彼女を守れないと踏んだのだ。

ガチャンという金属音の後、風を切り、凄まじい速度で矢が宙を駆ける。

「―――ミノルさんッ!!」


フミナの悲鳴とほぼ同時に、辺りに鮮血が飛び散った。

クロスボウの強烈な一閃は見事にミノルの心臓を捉え・・・辺り一面は一気に血の海と化した。

ミノルの体を貫いた矢は、鮮血をまき散らしながら、ミノルの背中から深紅の矢先を覗かせた。

 先ほどまでナイフを構えていたゴブリンも、ここぞとばかりにミノルに襲い掛かる。

またがり、矢を受け倒れたミノルをひたすらにめった刺しにする。

「ハァッ ハァッ ハァァッ!!!」

ナイフがミノルに突き刺さるたびに、臓物から血が高らかに噴き出す。

「やめて・・・・」

またがったゴブリンは高揚し、高らかに叫んだあと、首を切り落とそうとナイフをミノルの頸椎に突き立てる。

「やめろ・・・・・・!」

クロスボウを放ったゴブリンリーダーはすぐさま手足を使い、矢の装填を始めた。

そしてリーダーの背後より、さらに大量の足音が押し寄せてくる。

木々の後ろより姿を見せたのは、ゴブリン、ゴブリン・・・数十匹に及ぶ、援軍だ。

先ほどまでミノルとフミナが交戦していた敵はただの先遣隊だったのだ。

「ェェェエエエィ!!」

ゴブリンリーダーの掛け声とともに、ゴブリンの軍団がフミナに向かい突撃を始めた。

もはや形勢は完全に逆転していた。

「ウァァアアアアッ!!!」

全身の毛が逆立ち、何物をもかみ砕く犬歯が突出を始める。爪はナイフより鋭利に尖り、瞳はすぐさま獣のそれとなる。フミナの本日二度目の獣化だ。

かなり体力的に無理をしたのだろう。

最初と比べて粗の目立つ、不完全な獣化である。

彼女の咆哮にゴブリンたちは一瞬びくりと動きを止める。

まず、ナイフを持ったゴブリンが、奇声を上げながら突撃してくる。

ミノルを倒したと思い込み、気が大きくなっているのだろう。

「ミノルさんに・・・・触るなァァァッ!!」

フミナの孤独の闘いが始まった―――。







コンコン

扉を叩く音がした。

待合にある小さな診療所。

普段は老人が入り浸り、談笑に浸っているようなほのぼのとした待合室で、診察医である夫と看護師である妻がくつろいでいた。

診療所を締めるまであと一時間ほど。患者が来ない間、この老夫婦はこうやって日常会話に花を咲かせているのだった。

そんな時、ドアをノックする音が一つ。

音の小ささから、それが子供であることが分かる。

(こんな時間に子供・・・?珍しいわね。お腹でも痛くなったのかしら)


「こんばんわ、ようこそいらっしゃいね。一体どんな・・・症状・・・かしら・・・」

「どうした・・・!?」

そこにいたのは血だらけの男を担ぎ、同じく全身に傷を受け血みどろになった、獣人の少女だった。

息も絶え絶え、体中ぼろぼろで、足はがたがたと震えていた。

「おねがいします・・・・ミノルさんを・・・たすけ・・・て・・・」

そう言いのこし、獣人の少女はその場で力尽きた。

少女は、片腕を失っていた。

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