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bukimi

引っ越し先

作者: yuyu

 鞍馬知枝は悩んでいた。約十年程勤めていた会社を上司との人間関係のもつれで退職。


 上京し、ずっと同じ会社で働いていた知枝にとって、退職し、地元に戻ることになるとは夢にも思っていなかったからだ。


 東京でまだ仕事を探し続けていた時期もあったが、年齢のこともあり、なかなか就職先が見つからなかった。


 ついには、東京のアパートを離れ、現在は地元の駅のホームにいる。手持ちの貯金は充分にあったが、東京での不採用が続いた為、精神的に追い詰められていた。一度、地元に戻りそこからまた、再就職先を探すつもりだ。


 しかし、アパートを引き払った為、住む場所が無い。唯一の選択肢として、実家があるが東京行きに反対していた両親から、勘当を言い渡されていた為、戻りづらい状況である。


 「よりによって、不倫されてたなんて」


 知枝は、上司と社内恋愛をしていた。だが、同僚から上司は既婚者であるという事実を聞き付け、本人に問い質すとあっさり暴露。俺とは別れてほしいと言われた。


約五年間も付き合ってきた知枝にとっては、その言葉は死刑宣告にも相応しい内容であった。社内恋愛は会社の同僚達も知っていた為、別れたあとも周りから、何度も事情を聞かれた。ごまかし続ける毎日に疲れ果ててしまい、自ら、退職願を会社に突きつけた。


そして、再就職先が決まらず、今は駅のホームの椅子に、アパートから持ち込んだ大荷物を抱えたまま、座り込んでいた。


 「どうしよう。まずは、引っ越し先見つけないと」


 再就職するにも、やはり住所は必要不可欠となる。今、知枝が選ぶことの出来る選択肢は地元で、出来れば格安の物件に引っ越すことであった。


家賃が安ければ、万が一、就職先がなかなか決まらない状態でも、貯金を切り崩して払っていける。実家に戻りたくないが為に、知枝の思考は安い物件へと向けられていた。


 駅から出て、見慣れた道を歩き周る。不動産屋がどこにあるのかも、今はスマートフォンを使い、すぐに検索し歩いて行くことが出来る。一件の評価の高い不動産屋を検索結果で確認した知枝は、踵がすり減ったパンプスでナビに従い歩いて行く。


 到着した不動産屋はまだ空いている様子であった。建物内の明かりがとても眩しい為、夜の遅い時間帯だが、建物沿いの道路標識まではっきりと見える程だ。


 眩しさに目をくらませながら、疲れ切った足で入口の階段を上る。ガラス製のドアは取っ手が無い自動ドアの為、知枝が近づくとすぐに両側にスライドして開いた。


 「こんばんは」


 にっこりと営業スマイルを浮かべる受付の男性。すぐに、正面にあるパイプ椅子へと誘導され、荒れた息を整えながら座る。


構内で抱え込んでいた大荷物は、駅のロッカーに入れておいて正解だったと知枝は思った。こんな夜に大荷物を抱えた女が一人で、不動産屋に入り、相手から、夜逃げかと考えられたら困ると思っていたからだ。知枝は、安堵の溜息をつきながら、男性に物件の相談を始めた。


 「あの、ここの駅の近くで一番家賃が低い物件探しているんですけど」


 「こちらの駅周辺でございますか。やはり駅周辺となると、家賃は低くてもこの位になります」


 提示された金額を見て、知枝は息を呑む。想像以上に高いからだ。これでは、家賃の支払いだけで、貯金が無くなってしまう。しかし、駅周辺でないと、大荷物の移動が大変である為、場所はあまり変更したくないのが本心である。


 「もっと安い物件ないんですか?あの、テレビとかで見るんですけど、事故物件でも構いません」


 知枝の危機迫る表情と声音に圧倒されたのか、男性はゆっくりと、重い口調で話し始めた。


 「実は、ないことはないのですが……本当によろしいですか?」


 「一つでもあるなら紹介して下さい」


 「畏まりました。。こちらの物件ですが、過去に殺人事件が起きた現場の部屋がございまして、今はまだどなたも入居されていません。女性の刺殺体がリビングで発見されています。ニュースでも、一時期報道されていました。部屋内のクリーニングは終えています。家賃はご覧の通り、他の部屋と比べるとかなりお安い形での提供となります」


 家賃を見た知枝は驚いて目を剥く。たしかに格安であるからだ。一度、見学してみてもいいと思えた。からからに乾いた唇を舐め、知枝は見学の希望を申し入れた。見学はすぐに行うことになった。


不動産屋の車に乗り込み目的の物件まで案内してもらう。運転席の男性はしきりに、本当にこの物件でよいのか尋ねてきた。


 知枝は急ぐ気持ちも手伝い、車内から流れるラジオを聞きながら生返事を続けていた。


 目的の物件に着いた。鍵を開けてもらい、部屋の中を確認する。床は全面フローリングであり、独立した洗面所まである。台所も広くコンロは三口設置。お風呂も足を伸ばして、浴槽にゆったりと入れる大きさであった。


 事件現場となるリビング内は、独特の匂いも無く、壁紙にシミや傷等も見当たらない様子。部屋の見学を行った知枝は大いに満足し、二つ返事で契約。引っ越しまでに時間はかからなかった。


 数週間後


 地元で新しく決まった就職先での仕事にも慣れてきた知枝は、友人と帰りに飲み会に行くことになった。飲み会から帰ると、疲れとアルコールの為か、すぐに睡魔が襲ってきた。


 着替えもせず、化粧も落とさないまま、ベッドに寝転がる。いつも寝る前は電気は常夜灯に切り替える癖がある。蛍光灯の小さなリモコンを手に取り、常夜灯のボタンを押す。


切り替わらない。何度も押すが、やはり白色の光がリビング内を照らし続けている。舌打ちをこらえながら、蛍光灯のカバーを外し、常夜灯を外して、もう一度設置し直す。カバーを外したまま、ボタンを押した。それでも切り替わらない。


 「もう早く寝たいのに。オレンジ色の光が無いと寝れないのよね」


 知枝は頭を右手で大きくかきながら、諦めてカバーをかけようとした。すると、蛍光灯と天井の設置部分の壁紙がわずかにめくれていることに気付いた。


 「何よ。壁紙ちゃんと貼れてないじゃない」


 わずかにめくれている壁紙が気になり、右手の親指と人差し指でつまんで少し引っ張る。

 

 白い壁紙が少しずつめくれる度に、下地が見えてくる。茶色の下地に映えるように、真っ黒で大きな点のような物がいくつも見えてきた。まるで、墨汁のついた筆を何度も振り回してついたかのような跡だ。


 興味本位で、その跡を爪でひっかいてみる。爪の間に消し炭のような物がたまる。そこから、鉄分の入り混じったような臭い。全てを理解した知枝は悲鳴を上げた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 王道ですね。 自分も投稿やってます、また機会があれば読ませてもらいます。 お互い頑張りましょう!
2018/05/10 19:08 退会済み
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