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監視体制と王子様

 大山高等教育学校の文化部が入っている建物は、旧校舎というその名が示す通り、もともとは本校舎だった建物で、建築基準法の改正やら老朽化という諸問題から、新校舎が完成した暁には取り壊され、技術棟なる各種専門科目の技術を習得を目的とした新たな建物が建てられる予定だった建物だ。

 しかし、その旧校舎がとある有名建築家の遺作だったという事実に加え、デザイン的にも歴史価値的にも素晴らしいと卒業生有志から取り壊しの反対の声が多数寄せられた結果、相当額の寄付金も集まり、補強工事が行われ今の部室棟として生まれ変わった経緯があるとのことらしい。

 と、そんな理由から、新聞部などの文化系の部室は一般的な部室としては広い部類に入る筈なのだが、高校の部活で使うには物々しいと言わざるを得ない雑多様々な機械類に占拠された部室は実際ほどの広さを感じさせない。

 預真はそんな部室の片隅に設置された監視室のようなスペースの前、インカムをつけて座る右近の後ろから、ズラリと居並ぶのモニターを覗き込んでいた。

 そして、預真たちが見つめるモニターに映っているのは日向葵。


「インタビューによると、彼女、日向葵が持つ異能は赤い糸。まあ、周りからは占いとかそういう類のものと思われているみたいだけどね」


 因みに部室内にいた他の新聞部員達は、預真が日向葵という人物の簡単なレクチャーと、それにまつわる雑談をしている間に全員出払っていた。


「お気楽な力で羨ましいな」

「とか言いながらも心配してるんでしょ。預真は本当に優しいんだから」

「同族相憐れむ――じゃなくてだな。そもそも確定みたいな言い方をしているが、日向の言っている事が本当だとは限らないだろう」


 複数のモニターをチェックしながら忙しなくマウスを操る右近から寄越される、予定調和というべきか、実に鬱陶しい差し出口を受けた預真の指摘は言われるまでもなく考慮すべき可能性だった。


「確かにあの性格なら天然ちゃんって可能性も無きにしもあらずだよね」

「ああ、脳内に花が咲き乱れてそうな女だからな」


 さすがに高校生ともなるとその絶対数は減ってくるものだが、この年代の少年少女が妄言を真実だと言い張る事例はたまにある話で、だからこそ預真の力も説明し辛いという理由ともなっていたりする。


「で、これか?」

「大丈夫。お約束的な隠しカメラとかじゃないよ。新聞部が胸ポケットに入れているウェアラブル端末の映像さ。こっちの方が音も拾えるし便利なんだよ。言ってみれば歩く監視カメラってところかな」


 盗撮じゃないのか?とジト目を向ける預真の言葉を先読みして、犯罪性は無いと主張する右近だったが、内実はあまり変わってない気がするのは気のせいだろうか。


「さっき解説したでしょ三女神ってミスコンの話、その特集が3年生、2年生ときて。今回は1年生の彼女の特集なんだよ。内容が一部の生徒しか知らない裏のランキングだけに大っぴらにやることはできないから、自主的に密着取材させて貰ってるって訳さ」


 これでは密着取材というよりもパパラッチではないか。いや、右近の事だ。それすらも自分の目的の為の言い訳でしかないのではないのかもしれない。

 そう勘ぐってみた預真だったが、予防線というべきか、さり気なくモニターの片隅に表示されていたバックナンバーで特集される美少女二人を見る限り、三女神の取材という話だけは嘘ではないようだ。


「しかし、電子版とは校内新聞にしては本格的だな」

「実践教育を旨とする大山高校ってだけのことはあるかな。選択授業もそうだけど部活の方もそうみたいでね。運動部じゃ私立に敵わないからってこっちの方に力を入れてるって話もあるそうだよ。何より壁新聞なんて見る人が少ないからね。その点、電子版だったら会員登録さえしてくれさえすれば、ほら、特定の人物に見せたい情報ってのの管理も簡単だし、尚且つ、卒業後にも母校の情報が提供されて愛校心を途切れさせないことの一翼を担っている訳さ」


 成程それで――、

 感心の声に返されたホームページの学校案内にでも書いてありそうな右近の言い訳を聞きながら、預真はテーブルに手をつき乗り出すようにしてモニターに目を移す。

 そこにはバッグを肩に女子達に取り囲まれる葵が映っていた。

 送られてくる位置情報から、帰りついでに預真のクラスに強襲をかけようとしていたのだろうと予想はできるが――、

 こんな事なら逃げるまでもなかったな。

 預真は心の中で溜息を漏らす。


「まさに人気者だな」


 入学以来、必要不必要を含めて預真に話しかけてきたのは右近を除けば教師くらいなものだ。

 クラスメイト達ですらその噂と異質な風貌から敬遠し、どうしても用件がある者は預真が籍を立っている間にメモ書きを残して伝えるだけ、正確に言うのなら今朝のようなもめ事に巻き込まれた結果、喧嘩を売られるというパターンもあるのだが、それをカウントするのは違うと思うし、つい数時間前に増えたもう一人もその一種に入るだろう。

 だが、画面に映る葵はどうだ。殆どの人間がただ純粋に彼女との会話を楽しみたいと殺到している。その身に宿る特別な力でその事を推し量れてしまう預真の口から、本音の驚きが漏れてしまうのも仕方のないのかもしれない。


「この学校にはこんなのが、あと5人もいるのか……、想像を絶するな」


 それは羨望というより恐れ慄くような感情だった。

 だが右近は、そんな預真の反応にクスリと笑って、


「例外や程度の差こそあれ、まあ、他の人達も似たようなものかな。葵ちゃんの場合は人当たりの良さから自然と人が集まってきちゃうんだろうね」


 昼休みの印象から言いたいことが多少なりともあったが、現実を見せつけられてしまえば反論できないのもまた然り。

 閉口する預真に右近が続ける。


「ベクトルは違うけど僕達だってそうなんだよ。大勢に囲まれて追いかけられる。感情におけるプラスマイナスの差こそあれ、やっていることは同じでしょ。そう考えるとどうだい?この大山高校はこの辺りで最大、県下でもそれなりの有名校なんだから、そんな人間がゾロゾロいたとしてもおかしくないでしょ」


 認めたくはないが視点を変えれば共通点は多い。そして、預真はそういった人間を幾人も知っていた。

 昼の騒動や中学時代の不遇な思い出に、納得をさせられながらもダウナーな気分に陥りそうになる預真だったが、ふと色めき立つ声が耳に届き、何があった?とモニターを覗き込む。

 と、そこには葵が作るものに負けず劣らずの人だかりが迫ってきていて、


「他の女神か?」

「違うね。これは学園の王子様。錦織昴――先輩だね」


 ――いや、女神とか……、何を言ってるんだ俺は……。


 つい、口走ってしまった女神という言葉に照れる預真を尻目に、右近の口から輪をかけて恥ずかしい異名を持つ人物の紹介がされる。

 大丈夫なのかこの学校は?右近からの情報て今日にいい加減うんざりしてしまう預真だったが、つい数分前にされた三女神の説明を思い出し、今更かと諦めるその横で、携帯を取り出した右近がシンプルな検索窓に名前を素早く打ち込んで、金髪のモデルらしき美少年のプロフィール付き画面を呼び出す。


「錦織昴。三年生。勉強も運動もはそこそこだけど、ファッション感覚のフェミニズムを謳い、見ての通りの容姿と親の七光りからこの高校のモテ男ランキングの頂点に君臨する男子生徒さ」


 預真としては、右近の辛辣な評価や謎のプロフィール検索機能など、ツッコミどころは多数あったが、モニターの向こうから黄色い悲鳴に口から出かけた言葉を押し流されてしまえば、言い直すのも恥ずかしい。

 已む無く画面に目を移せば、女神と王子。2人それぞれを囲っていた輪が合体、新たに大きな人のうねりが形成されていた。


「錦織先輩が葵ちゃんに声をかけたみたいだね。雑音で報告が聞き取りにくいけど一緒に帰らないかとかそういう話みたい。流石イケメン様は自信満々だね」


 右近の実況は頭に装着しているインカムからもたらされる新聞部からの報告を元にしたものだろう。

 しかし、


「イケメンと言われても俺には何が何やらだな」

「もしなくても預真からは見えてない?やっぱり、最新型のカメラに買い換えるべきなあ」


 右近からの質問は預真の異能に対するものだった。

 そう、預真には画面の大部分が黒で塗りつぶされているように見えていた。

 預真の見る悪感情というものは一見すると影のように見える不定形の黒線とも呼べるものなのだが、その一方で光のような性質も持ち合わせていたりもする。そして、どういう理屈かそれは映像機器を通してもその性質は変わることは無く、きちんとその映像に残っているのだ。

 右近の仮説では魂もしくは精神を見ているのではないかということだが、これに関しては結果こそが全てだと考える預真にとってはさほど重要ではなくて、つまり、預真が錦織昴なる金髪少年を見つけられないのは人混み多過ぎるからではなく、あの場に渦巻く感情によって錦織昴なる少年の姿を見失っていたのだ。

 そんな預真を慮ってか右近の操作で画面の光量の落とされる。

 するとそこには確かに資料映像そのままのウェーブがかったさらさらの金の髪に白い肌。スラリと伸びた八頭身の体に整った顔立ちのモデル体型の美少年が立っていて、

 だが、その容姿とは裏腹に、彼を覆い尽くさんとばかりの黒線の洪水が、預真に彼の本質とはなんなのかを知らしめていた。


「それで、君と出会ったばかりの頃の僕と比べてどっちがすごいかな?」


 周囲から向けられる悪意と自信が撒き散らす悪意。

 比率の違いはあれど、総合力という観点からの評価でいえば――、


「それこそ、どんぐりの背比べじゃないのか」


 預真からの歯に衣着せぬ評価に右近は「酷いなあ」と頭をかきながらも、また現場からの報告が届いたのか、ペコリとモニターの中で頭を下げる葵に合わせて言う。


「あらら、イケメン先輩は振られちゃったみたいだね。葵ちゃんは君にご執心だ」

「俺に――じゃなくて、俺の言った事に――だろ」


 預真からの訂正を聞き流した右近はさっそく画面の一つに起動させた文書編集ソフトで新聞作成に取り掛かる。

 そこには『学校一のイケメン。新入生に振られる。彼女のお目当ては校内随一の問題児か!?』などという見過ごせない見出しがレイアウトされていた。


「またお前。勝手に――」

「まあ学校新聞だから――ねっと。それにセンセーショナルな見出しで興味を引くのは記事作りの基本的な手法だよ」

「面倒事になっても知らないぞ」


 そう言われてしまえば部外者である預真が記事にまで口出しできる筈もなく、一応釘を差しつつもムスッと黙り込むしかないでいると、微妙な間を置いて、


「それで、なにが見えたのさ」


 右近から好奇心が過剰積載された視線が向けられる。

 正直、いい予感は全くしないが、隠し立てしたところで面倒事が増えるだけだ。


「さっきも言った通りだ。自称フェミニストがこんなに恨みを買っている訳がないだろ。少なくとも性格の部分の評価し直した方がいいのかもな」


 最も信頼のおける情報提供に「成程ね」と楽しそうに尖った顎を撫でる右近の仕草に、預真はまた始まったと溜息を漏らしながらも言葉を繋ぐ。


「それよりも、そんな便利なもんがあるのなら、日向といた眼鏡の女子の事もすぐに調べられるんじゃないのか」

「本当なら女子のデータは料金が発生するんだけれど……、君と僕の仲だからね。仕方ないなあ。いま見やすいようにモニターに繋ぐからちょっと待ってて」


 それは情報屋としての矜持というよりも、気の置けない知人に対する悪戯と表現した方が正しいだろう。恩着せがましい前置きを積み重ねた右近は、テーブルの脇にごちゃごちゃと絡みあうケーブルの中から選び出したコネクタで、携帯端末を直接モニターに接続すると、日向葵の背後に隠れていた少女の写真を呼び出して、例の如く解説を始める。


「彼女の名前は巻藤詩音。1年2組所属で葵ちゃんの幼馴染であり親友だね――」


 そんな基本情報から始まり、すらすらと読み上げられるのは右近の個人的な携帯電話から取り出した情報だ。学年にクラスや所属クラブは勿論の事、男子とは違って、身長体重からスリーサイズに至るまで、一体どうやって調べたのか、女子としては門外秘だろうプロフィールまでもがずらり並べられていた。

 しかし、右近の持っている情報はそれだけには留まらない。個人年表のようなデータの羅列に付随した関連情報として、日向葵との関係までフォローされていた。


「さっきの錦織昴の情報といい、入学して一ヶ月どうやってこのまでの情報を揃えられるんだ?」

「そこは人海戦術と情報交換ってやつさ。その為に新聞部に仮住まいさせてもらっていると言ってもいいのかな」


 半ば呆れ混じりに訊ねる預真に対して、右近はふてぶてしくも情報の入手先を暴露する。

 つまり、特別部員として新聞部と提携しているのは、学校に通う生徒のデータを集める目的もあったということだ。


「けど、データを見る限りでは動機になりそうな情報は無いね。二人の仲も良好に見えるし、見た目、危なそうな女の子には見えないんだけどね」


 二分割して並べられたプロフィールと二人の関係性に対するエピソードは、一見すると非の打ち所がない仲良しコンビそのものだ。

 但し、それは表面上の情報を浚った場合であって、心の中でどう思っているかはその人次第。

 結局、預真の見えるのは負の感情だけ頼りとなるもので、心を全て読める訳ではないのだから。それが発露しない内に解決することも珍しくはない。

 だから――、


「何もなければそれでいい。この巻藤詩音と『あの時の女』が抱いていた負の感情が似ているってのは、結局、俺の主観でしかないからな。お前としてはつまらないのかもしれないがな」

「何を言っているのさ。常々言っているでしょ。僕はハッピーエンド主義者なんだって、なにより女の子が泣いている姿を見るのは心が痛むからね。けどさ、確かにああいう大人しいタイプの子は内側に溜め込むからね。少し時間をくれないかい」


 どの口で言うのか。ツッコミを入れたい預真だったが、最後に添えられた言い分は共感できる。

 一人盛り上がる右近のことだから余計な事も掴んできそうだが、この男が一旦走り出してしまったら、止めるのよりかは適当にやらせるのが無難だろう。

 預真は頷き、


「どうせ。俺は巻き込まれるだけだろ」

「なにを言ってるのさ。厄介の種を拾ってくるのは預真の方が多いじゃない。だからきっちり働いてもらうから覚悟しておいてよ」


 返ってきた屈託のない笑顔に、またこのパターンか。と疲れたように肩を落としながらも、結局付き合いのいい預真だったりする。

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