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放課後とガールズトーク

 帰りのホームルーム日向葵は怒っていた。

 理由は決まっている。昼休みに出会った黒いマフラーをした少年に友達を悪く言われた事だ。

 親友を捕まえてよく見ろだの危ないだのと冗談にしたっても笑えない。

 だから絶対文句を言ってやろうと5時間目の放課に会いにいったのだけれど、なんだかんだで上手くはぐらかされてしまった。

 そのリベンジにと次の放課に突撃しようと思っていたのだが、授業を終えてみれば、残りはもう掃除とホームルームを残すだけだった。

 掃除までの短い時間に突撃なんて手も考えてはみたものの、今週の掃除当番は体育倉庫。隣のクラスに突撃している時間なんてない。だから、ここはぐっと我慢して、ホームルームが終わるのを待ってもう一度トライだ。

 葵は各種連絡事項を終えた先生が出て行くなり、バンと机を叩くように立ち上がると、斜め後ろの詩音の席に駆け寄って、


「行こう詩音ちゃん」


 謝罪は受けるべき本人がいなくては始まらない。詩音を連れて教室を出ようとするのだが、つんのめるような感覚と「待って」という制止の声に引き止められてしまう。


「やめておいた方がいいと思う」


 続いた声は弱々しい否定だった。

 慎重で弱気な性格は詩音のいいところであり悪いところだと葵は思っている。

 だけど、時には強気にいかないといけない時もある。

 だからこそ葵は不満を隠さず机にへばり付き、詩音を丸め込むべく「ええ~」と不満気に先の考えと矛盾したような懐柔作戦を取るのだが、どういう訳か詩音の抵抗は頑なで、

 そんな攻防を繰り広げている内に「何の話?」と割り込んできたのは、高校に入ってから仲良くしてもらっているクラスメイトの二人組。大須雫と上地亜照だった。

 葵は二人も仲間に引き込んでやろうと昼休みからの経緯を説明するのだが、話を聞き終えた途端、二人は真剣な顔で葵の肩に手を置いて、言い聞かせるようにこう諭してくる。


「葵っち、それは巻藤ちゃんの言う通りだよ。あの二人は本当にヤバイんだって」

「私達、同じ中学だから知ってるけど、いろんな人の弱みを握ったりしてやりたい放題って話だよ」

「そこまで悪い人には見えなかったけど」


 たぶん詩音もその噂を聞いていたんだろう。

 けれど、友人達から聞かされた二人の風評に葵は忠告の内容はともかく――一応、心配してくれて言ってくれたみたいだし――ポツリとではあるのだけれど反論してみるのだが、


「いやいや、単に何かの悪巧みに邪魔だったとかじゃないの。ホント葵っちはピュアなんだから。そんなだと悪い人にころっと騙されちゃうぞ」

「そうそう。ほら、いつもつけてるあの黒いマフラー。注意されないでしょ。あれも先生を脅して認めさせてるらしいよ」


 言われてみれば――、

 そう気付かされる一方で、一番に感じたのは葵らしい素朴な疑問だった。


「でも、何でまだマフラーつけてるのかな。暑いよね?」


 あまりに自然に着こなしているものだから違和感を感じなかったけれど、5月半ばのこの時期にマフラーをぐるぐる巻きにしているというのは季節外れにも程がある。

 意外過ぎる角度からの質問に友人達は僅かな空白をおいてから吹き出して、


「葵っちっては本当に変なところが気になるんだね」


 全くもって失礼な感想を添えた上で雫は怖い話をする時ようなおどろおどろしい調子で言ってくる。


「実は、あのマフラーの下にはヤクザとの抗争でつけられた刀傷があるんらしいんだよ」


 わざわざ首を掻っ切るようなポーズ付きで告げられたそれは葵からしてみたら冗談としか思えない話だった。


「それがホントだったらニュースになっちゃうと思うけど」

「やっべ、葵っちにバカにされてる」


 それは雫としても思わぬ反撃だったようで一本取られたとばかりに額を叩く。


「バカにしてないよ。でもヤクザってもっと東京とか大阪とかにいるんじゃないの?」

「ま、まあ、あくまで噂だからね。葵っちのゆう通りかもだけど。今日のお昼にも三年生のバンチョーに絡まれてたみたいだし、君子危うきに近寄らずってやつだよ」


 漫画やゲームなどで植え付けられたイメージからくる葵の疑問に、雫から返ってきたのは初めて聞く言葉だった。

 そして、えっと――、葵が戸惑いの色を浮かべていると亜照がさも当然のように訊ねてくる。


「孔子だよ。知らないの?葵ちゃん?」


 あれっ?もしかして知らないのって私だけ?

 そう思った葵が詩音に助けを求めるのだが、詩音は眉をハの字に笑うだけ。


「知ってるよ。コーシでしょ。ホントだよ」


 だからと知ったかぶってみる葵だったが、大きな瞳をくりんとさせた挙動不審なその様は意味が分かっていないとバレバレで。


「本当に葵ちゃんって」「本当に可愛いなあ」


 スキンシップ過多にもサンドイッチのように抱きついてくる友人達のむせ返るような爽やかな香りに包まれ、子供扱いされたように感じた葵は「もうっ」と振り解き、会話を本題に戻そうとする。


「それよりも葵ちゃん聞いたよ。またカップル成立させたんだって?」

「ってか葵っちってイケメンの先輩に言い寄られてんじゃん。いらないなら私達に紹介してよ」

「そうだよ。にっこり王子とくっつけてよ恋愛マスター」


 先手を取って女子らしくころりと話題を変えてくる困った友人達。

 葵は「もう、軽く言ってくれるなあ」と心の中で嘆息。じっと2人を見つめて、


「私が応援するのは本当にお似合いだなって思う人だけだよ」


 まだまだ恋愛には縁遠いなあと首を振りつつも、きゃいきゃい騒ぐ友人に押し切られ、結局その日の放課後をガールズトークに潰すことになってしまう葵だった。

◆誤字・脱字等のご指摘は感想の方にお願いいたします。

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