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五時間目の終わりと少女の乱入

 それは、五時間目というゴールデンタイムに現れた睡魔の誘い手である古典の教師が教室を出て行った直後のことだった。

 ねえねえ――と声をかけてきたのは自称親友であり、預真がこの学校で唯一親交を結ぶ高嶺右近だ。

 喜色に富んだその声色からもロクでもない予感がビンビン伝わってくるのだが、黙殺したところで結果は変わるまい。

 無視を諦めた預真が少々気がかりだった昼休みの顛末を挨拶代わりに応じる。


「それよりもお前。あの後どうしたんだ?」


 とはいえ、別に心配していたのではない――と言ってしまえば、ラブコメでいうところのツンデレのように聞こえてしまうのだが、そうではない。

 情報屋という狙われる立場にある右近は何かにつけて自分を騒動に巻き込もうとしてくるきらいがある。

 つまりこの質問は、いつ何時、厄介な事態に巻き込まれてもいいようにとの事前準備である。

 しかし、右近は何食わぬ顔で、


「僕の逃げ足にかかればこんなものだよ」


 自慢するだけのことはあって、本気を出した右近の逃げ足は陸上部ですら捕まえるのは困難なものだと預真は知っている。

 とはいえだ。


「逃げたところで何も解決していない気がするけどな」

「ふっふっふ。その点はノープロブレムだよ。放課後までには無事解決してるからね」

「また何か仕掛けたのか?」


 とばっちりは御免被りたいとばかりに預真から追加された疑念に、右近はチッチッチッと指を左右に振って「禁則事項だよ」とどこかで聞いた台詞をほざき、何も答えなかったにも関わらず、自分の方は逆に質問を向けてくる。


「それよりも聞いたよ昼休みの話、聞いたよ。なにか楽しそうな事に巻き込まれたそうじゃないか。しかも、君が女子を連れてるとか、僕以外の人と関わるなんて珍しいね」


 逃げまわっていた割には耳が早い。

 そう、あの後、預真は最後の言葉の意味を確かめんとする葵に追いかけられていたのだ。

 程なく5時間目の予冷がなったおかげで助かったものの、あのまま追い掛け回されていたらどうなっていたことか。

 何故か集まる野次馬からの視線の数から考えても面倒が倍増することは明白だった。

「ほっとけ」と毒づく預真に「冷たいなあ。親友なのに」と手を広げおどけてみせる右近。そして、「自称だけどな」と続く中学からのお約束に、わざとらしくもしょんぼりとした雰囲気を醸し出すポーズをとる右近だったのだが、すぐに気を取り直し、ズズイと前のめりになるのもいつものパターンだ。


「誤魔化そうったって無駄だよ。さあ、なにがあったか聞かせてくれたまえ」


 爛々と瞳を輝かせる右近に、もうこうなってしまっては梃子でも動かないと知っている預真は、不承不承、昼休みに巻き込まれた告白騒ぎとその顛末を話す。

 すると、右近はその話を携帯電話のボイスレコーダー機能で録音。几帳面にも日時付きのファイル名を打ち込んで、


「告白に巻き込まれただなんてまた楽しそうな事になったものだね。でもまさか、僕よりも先に君の方が赤い糸の伝言人こと日向葵ちゃんに出会うとはね」

「俺は恋の伝道師とか聞いたがな」

「まあ、二つ名は多いくらいの方が価値があるからね」


 またどこかの建築家みたいに大仰な名前だな。預真は肩を震わせる右近に不機嫌に返しながらも、何気なく呟いてしまった台詞に返された右近の無駄口を意味ないものとスルー。


「要するにとんだ天然ってことだな」


 そろそろ次の授業が始まる時間だ。右近が気にする理由は多少気になりはしたものの、ざっくりとまとめてこの話題を切り上げようとするのだが、


「馬鹿にしてる――」


 物言いをつけるように机の角から、ぬうっとせり上がったショートカットの女子に「うぉう!」と驚いたのは右近だった。

 さすがの右近でもこのタイミングでご本人は予想できなかったのか。

 何故かざわつく周囲を他所に日向葵は短い髪を揺らしこう続ける。


「赤い糸が見えるのは本当なんだから」


 抗議を表明するように眉を立てた精緻な童顔が前のめりに寄せられる。

 すると、何処からともなく声にならない悲鳴が発せられ、じっとりと粘りつくような憎悪の視線が照射される。

 まあ、体型は少し特殊だが美人だからな。そういう需要もあるだろう。

 しかし、この状況どうしたものか。

 預真が息が触れ合う距離にある真剣な眼差しの対応に苦慮していると、横から適当な声が差し込まれる。


「いやいや、僕は素敵な二つ名だと思うけどね」

「えっと――、誰?」

「僕の名前は高嶺右近。預真の親友さ」


 またコイツは――と、預真から胡乱げな目線を送られる右近が自主的に葵の疑問を解消する。

 そんな自己紹介を受けての「アズマ?」と首を傾げる葵のリアクションに、小さな疑問符を浮かべる右近だったが、すぐにそれを感嘆符にチェンジ。預真の方へと手を倒し。


「ああ、彼の事だよ――っていうか、お互いに自己紹介とかしてないのかい?」

「コイツが勝手に名乗っただけだな」

「コイツじゃなくて日向葵。だいたいアズマ君。君はね――」


 むっつりと頬を膨らませ昼休みと同様に預真に向けて小煩い文句を連ねる葵だったが、出会ってすぐに馴れ馴れしい葵のような人間は預真にとって苦手なタイプである。

 預真はその言い分を話半分に聞き流し、古典の教科書をしまって黒板横の時間割に目を向けるのだが、その視線を遮るようにまたしても美少女の顔が飛び込んでくる。


「無視しないで、ちゃんとお昼の事を説明してってば――っていうか、詩音ちゃんに謝るのが先だよ。さあ謝って」


 アメリカ産アニメのようなコミカルな動きで憤慨を表現する葵を、預真は密かに面白いと思いながらも。


「そういわれてもな――」


 相手の心情を傷つけたというのなら謝るのも吝かではないが、謝ったところで次にくるのは、葵も言った通り昼休みについ口走ってしまった忠告への事情説明だろう。

 しかし、それを他人に理解してもらうのは難しいと身にしみて知っている預真は返答に窮する。


 と、葵の背格好と周囲の視線も相まって、お手上げ状態のところに再び割り込んできた声は助け舟というよりも泥船だった。


「それで預真は何をやらかしたのさ?」


 昼休みの顛末はついさっき話したばかりだが、あくまで必要最低限でしかない。右近としては多角的な情報が欲しいのだろう。表面上の質問は預真に向けたものだが、その実、葵へと向けたものだった。

 すると葵はその単純そうな見た目の印象を裏切らず、身を乗り出して昼休みの事情を右近に吐露し始める。


「それがね。アズマ君ってばこんな可愛い子を捕まえて、危険が危ないなんて言うんだよ」


 別に明言した訳ではなく、あくまで注意喚起の意味だったのだがな――と、預真が心の中だけで反論をしながらも、確認の為に議論の中心であるの眼鏡の少女をチラリ見ると、彼女は集まる衆目にただただ狼狽しているだけだった。


「確かに清楚な感じの彼女が大それた事をするなんて想像できないね」


 本人を前にしてよくも真顔でそんなことが言えるものだ――。わざとらしすぎる右近のセリフに胸中でそう呟く預真だったが、その考えはこの場において少数派だったみたいだ。同意見とばかりに葵がサムズアップ。


「分かってるね高嶺君。詩音ちゃんはオススメだよ」

「葵ちゃん!?もうっ!」


 そう続ける葵のポカリと肩を叩くその光景は表面上和やかな日常のように見えるのだが、一連のやり取りを見ていた預真の表情が曇る。


「どうしたのアズマ君?」

「どうしたのさ預真?」


 そんな変化を目敏く見つけた二人の重なる声に――高嶺はともかく、この女。馬鹿なように見えて意外と鋭いのか?

 どうしても見た目やリアクションの印象に引き摺られてしまう預真は、正直な印象を胸の中に留め。


「ただ撤回する必要はなさそうだって思っただけだ。

 ……というか、そろそろ自分のクラスに帰ったらどうだ?」


 何か言おうと口を開きかける葵の機先を制し、それ以上の話を打ち切った預真は改めて教科書を取り出そうと机の中を覗き込む。


「まだ話は終わってないんだよ」


 そんな素気無い対応に尚も食い下がろうとする葵だったが、預真が会話を中断させたのは葵が考えているのとは別の意味もあって、


「いや、だってな……授業はいいのか?」


 預真が指を差すのは黒板のすぐ上に設置された壁掛け時計。時刻は授業開始一分前。

 そうしている間にもカチリと分針が一つ動き、やや遅れてチャイムが響く。

 その音に「理解したか」そう言わんばかりの預真が鼻を鳴らし、葵は今にも唸りだすようなリアクションをした後、ビッと指を刺して。


「次の放課もまた来るから覚悟しておいてよね」

「すいません。すみません。すみません」


 ほぼ一時間前に見たばかりのお約束をリプレイするかの如く走り去る。

 その小さな背中と礼儀正しい眼鏡の少女を見送った預真は『今日はそういう日なのか?』と胸中で小さな呟き作り、ようやく教科書を取り出すのだった。


「まあ、次はもう帰りのホームルームなんだがな」

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