エピローグ
明けて翌週、大山高校きってのモテ男・錦織昴の転校は激震となって学校中を駆け巡った。ファンによる嘆きが校内に響き渡り、一部の男子からは喝采をもって迎えられ、その影でひっそりと安堵を得た人間はどれくらいの数に登ったのだろうか。
それと同時に錦織の配下の者達は、何者かによってあのマンションで行われていたのとは別口の犯罪行為をリークされ、それぞれに見合った罰則が下された。
学校を去ることになった者も、二桁とはいかないものの、それなりの数に登ったのだが、同時期に発生した錦織ショックが彼等に下された処分の印象を薄くしたことは否めなかった。
こうして錦織昴が関与した悪事は一部関係者の心の内にしまわれ、右近が所属する新聞部も被害者の心的外傷を斟酌、真相は伏せられ、表に出せない情報から目を逸らす目的もあってか、例のマフラー脱落事件とそこから派生した傷の噂に引っ掛けて、錦織一派は知ってはいけない傷にまつわる何かを知ってしまったが故に消されてしまっただの、海外に送られただのと、新聞部のサイトには一片の真実を織り交ぜた噂話の考察と、錦織一派に関する根も葉もない噂話が飛び交うことになってしまった。
そんな新聞部によって拡散させた偽情報がきっかけなのだろう。それを補完するかのように預真の下には例の事件の際に先頭に立っていた三年の女生徒が顔面蒼白に怯えながらも謝りに来てしまい。その他大勢にとっては真実味が増すスパイスとなってしまった。
取材をする右近づてだがサッカー部に感謝を受けたのは預真にとって意外なことだった。
どうやら、錦織とその仲間達が起こす乱痴気騒ぎは、部室にまで及んでいたようで、真面目にサッカーの練習に勤しむ部員達からは様々な面で疎まれていたらしい。
そんな余談もありながらも、とばっちりを受ける形で注目を浴びる存在になってしまった預真が、一連の事件によって得たものは『人の噂も七十五日』また長く辛い日々が続きそうだ――というありがたい諺からくる諦念くらいなものだった。
一方で、険悪な中に陥っていた幼馴染の親友同士は、雨降って地固まるというべきか、ぎこちないながらも以前より強い友情を取り戻しつつあるらしい。
ある意味で依存心が強まったようにも見えるのだが、それも含めてが彼女達の関係ということなのだろう。
周囲の友人達も、男の影がなくなって本当に大切なものに気づいたと、そんな解釈でもしているのだろう。温かい視線で二人を見守るといったような雰囲気のようだ。
これで追いかけられることもなく、前のような悪意の視線にさらされながらも平穏(?)な毎日が戻ってきたのかと思いきや、預真は相も変わらず追いかけられる日々を過ごしていた。
しかし、その内容は以前と違ったもので、
葵曰く――、
『助けてくれてありがとう。でも、君にも本当の恋を見つけてあげるから覚悟してね』
ということだ。
つまり、預真の抱える事情を知ってしまった葵は、恋やら愛やらの力を持って預真を悩ませる異能をどうにかすることで恩返しをしようとしているのだ。
そんな訳でことあるごとにちょっかいをかけられる日常は未だ継続中。預真は今日も通学路で待ち伏せされて「一緒に行こう」などと誘われる羽目に陥ってしまっていた。
――余計なことを教えやがって。
結果的に美少女を引き連れての登校になってしまった原因を担った狐面に預真が心の中で毒づく。
仮にも葵は大山高校のアイドル的存在なのだ。
この期に及んで動機が云々を言うつもりはないが、だからこそ集まる敵意や嫉妬も半端な量ではなく、否が応なしにもその全てを把握できてしまう預真にとって、必要以上にフレンドリーになってしまった葵の態度も含めて、鬱陶しさが増したというのが正直な感想だった。
――気付かないのは本人ばかりか。
細く長いため息を吐き出した預真が無視を決め込もうとしていたところに声がかかる。
こんなタイミングで現れるのは性悪な狐以外にあり得ないだろう。
「今日も仲がいいねお二人さん」
「高嶺か」
右近の迂闊な発言を受けて激しさが増した悪感情を、預真は一点に集中させたように抗議の視線をぶつけるのだが、軽く受け流されてしまう。
唯一自称していない人の悪さは今日も絶好調らしい。
そんな反応も含めて右近を楽しませるだけだと知っているからこそ、預真はそれ以上の反発はしない。
だが、葵の方は意外にもこういういじられ方にあまり免疫がないようだ。
「高嶺君!? 本当にそういうのじゃないんだから、もう!!」
焦れば焦るほど逆効果、余計な誤解が加速してしまうと思うのだが、葵の性格を考えて、フォローを入れたところでドツボにはまるだけだと処置なしと断じ、他人のフリとそっぽを向こうとした預真の視界に不吉な影が過る。
それが自分への視線ならばいつものことなのだが、向けられているのが人気者の葵となるば話は別だ。
一応気にしておくかと、程度の差はあれ見覚えのある黒線を辿った預真が見つけたのは、こっちも見知った顔だった。
例の事件の中心人物である巻藤詩音だ。
彼女は長い黒髪がざわざわと動き出して見えそうな剣呑な光を眼鏡の奥に宿し、建物の影からこちらを覗き込んでいた。
その尋常ならざる様子に預真がまず考えたのは、天然のまた日向が何かやらかしてしまったのか?という心配だったのだが、二人の関係が修復されたことは聞いている。普段のテンションに戻った葵から原因は別と考えるのが妥当だろう。
だとすれば他に何がある?
悪意の行方で楽しそうに右近と話す葵の姿を眺めながら少し考え、もしかしてと思い当たったのは、預真からしてみたら信じられない内容だった。
「なあ日向、ちょっといいか?」
標準装備であるぶっきらぼうな声に、不満の色を隠さない葵から返される黒線にすがすがしいものを感じながらも、預真は顔を寄せ単刀直入に聞いてみる。(尚、同時に突き刺さる複数名の黒線照射は税金みたいなものと気にしないものとする)
「なになに僕に隠れて内緒話なんて見逃せないね」
すると、情報屋というアダ名を持つ男らしく、二人のやり取りに興味を抱いた右近がそう言って近づいてくるが、ただの確認だ。耳をそばだてたところで話は終わっている。
――とはいえこれは……、
さて、この男はどんな反応を見せてくれるか。
珍しく口元を微かにほころばせる預真が、興味津々目を輝かせてまとわりつく右近に答えたのは、どこかで聞いたことのある台詞を引用したものだった。
「お前の心配していた件はハッピーエンドに終わったみたいだぞ」
当然分からないだろうなと、あまり見たことがない右近の本気で首を傾げる反応に、預真が絡みつくような細黒線が飛ばされてくる校舎の影を親指で示してネタバラシ。
右近がその先に見つけたのは一人の眼鏡をかけた少女だろう。
だろう――としたのは、預真が見た時にはもう影も形も無かったからだ。
かろうじて彼女の動きについていけなかった長い黒髪が、ふぁさと流れ、少ししてから瞬き過多の艶っぽい赤面がひょっこり顔を覗かせる。
「ええと、これは何の冗談なのかな?」
詳しい情報の開示を求めるも、右近の脳内では既に答えが構築されていると思われる。
その程度に聡くなければ、入学して数日で、全生徒達から一目置かれる情報屋にはなれなかっただろうからだ。
だからと預真は言葉を濁して無駄な抵抗をする右近にきっぱりと言い切る。
「どうやら巻藤詩音はお前に惚れちまったらしいぞ。高嶺右近」
わざと周囲に聞こえるようにと声を張った預真の発言に、赤熱する細く頼りない黒線が預真に、そして、一部の不遇な恋愛弱者から殺意のレーザービームが右近に殺到する。
さすがの右近もこの圧倒的な視線の包囲網には為す術もないだろう。
そして、たじろぐ狐面の少年に止めとなる一言が女神の名を冠す少女から突き付けられる。
「私の親友だから大切にしてあげてね」
いかにも男ウケしそうな上目遣いで囁いた葵は、意味有りげな目配せを二人の間に伝わせてからダメ押しとなる忠告を追加する。
「じゃないと大変な事になっちゃうから気をつけてね」
葵からしたら軽い冗談だったのかもしれない。
しかし、預真から彼女が持つ負の感情の特徴を聞いていた右近にとってそれは、死神の姫君から渡される最後通牒そのものだった。
「預真ぁ?」
「意外とお似合いだと思うぞ」
「私もそう思う」
預真は情けない声を出してすがりついてくる自称親友を突き放す。
そして、親友である葵から出されたお墨付きを受けてか、モジモジとうつむき加減の詩音が近付いてくる。
カップル100%の最強のキューピットを前にして、一介の高校生に逃げ道など残されていなかった。
この数日間、散々な目にあわされたが、珍しく焦る高嶺が見れただけでも良しとしないとな。
預真は滅多に得られない報酬を眺め、久々の晴れやかな顔で校門を潜るのだった。
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取り敢えず一部完です。
続きは特に考えておりませんが、リクエストなど、反応を見て考えようと思っています。
もう一つの連載の方もありますので気長にお待ち下さい。




