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昼休みと告白

 とある知人の逃走劇に端を発した不可避の居心地の悪さから、逃げるように預真がやって来たのは、校舎と体育館を繋ぐ渡り廊下を北側に抜けた先にある小さなスペースだった。

 何に使うのか、カラーコーンやらタイヤがパンクした猫車やらがあるだけで、学期末の大掃除時期でもなければまず生徒が訪れないこの場所は、年中日陰だからなのだろう、コンクリート以外の地面にも草がなどが殆ど生えておらず、時間帯によってはまだ少し肌寒いこの季節、常時マフラー仕様の預真にとって過ごしやすく、ここを見つけて以来、昼時などにちょくちょく利用する隠れ家的なスペースとなっていた。

 まあ、場所柄、梅雨の時期や夏になればまた別の場所を考えないといけないかもしれないが、それはまたの話だろう。

 預真は一段高くなった体育館の基礎部分に腰掛け、母のお手製である各種変わり種サンドイッチを素早く胃袋の中に片付けると、のっぺりとした体育館の白壁に背中を預け、胸ポケットの携帯音楽プレイヤーをスイッチオン。

 いつものように音楽を聞きながら晴れ渡った空をぼーっと眺める。

 そよぐ風に雲一つない青い空、遠くで揺らされる新緑、少し前までの殺伐とした雰囲気から開放された預真の心が洗われていく。

 そうしている内にウトウトしてしまったようだ。

 目を開きながらもまどろみの世界を揺蕩っていた預真の意識にそよ風に乗ってアーティストとは違う女声が聞こえてくる。


「止めようよ葵ちゃん」


 気弱そうなその声に覚醒された預真は意識のチャンネルを白昼夢から青い空へ、その視界を声が聞こえてきた渡り廊下の方向へとスライドさせる。

 声の主は自分の方へと向かってくる二人の女子生徒だった。

 一人は短めの髪に活発そうなぴんと張った目鼻立ちが印象的な小柄な女子。

 もう一人は色白な肌に長い黒髪。そして黒縁のメガネと――まさに文学少女の言葉がぴったりな気弱そうな女子だった。

 体格とおそらく性格の方も対照的と思われる二人の登場に、見比べるというよりも確認するといった預真の視線が、落ち着きなく周囲を見回す眼鏡少女の視線とぶつかった。

 瞬間「きゃっ―」と短い悲鳴が零れ、続けて「ごめんなさい」と訳もなく謝罪を入れた眼鏡少女は、トランジスターグラマーな少女の影に全体的に大きいと表現できる体を無理やり隠してしまおうとする。

 ただ偶然に目が合ってしまっただけならそれまでなのだが、一直線にこちらに向かってくることから、どう考えても自分に何か言いたい事があるとしか思えない。

 とはいえ、彼女達とは面識がない筈だ。

 これでも預真は人の顔を覚えるのは得意な方だという自負がある。

 上履きの色から見て同じ1年生のようだが、なにか委員会関係などで用でもあるだろうか?それとも右近がまた何かやらかしたのか?

 預真は様々な可能性を脳裏に浮かべながらも、取り敢えずはイヤホンは外した方がいいか――、そう考えて、几帳面に折りたたんで胸ポケットにしまっていると、

 気弱そうな文学少女が止めるのを聞かず、歩み寄った少女がその小さな体に不釣り合いな大きな胸を突き出して預真の正面に立つ。


「何か用か?」


 先手を打って預真が訊ねる。

 やってきたのにもかかわらず。本人の目の前でごちゃごちゃと揉めてもらうのは精神衛生上あまりよくないからだ。

 しかし、眼鏡の少女にしてみたら機嫌を損ねてしまったと見えてしまったのか。


「すいません。すいません。すいません!!」


 いきなり謝られてしまった。

 しかし、預真としては決して機嫌が悪いとかではない。機嫌が悪く聞こえてしまったのだとしたら、喧嘩腰にも見える女子を前にしたこのシチュエーションと、思春期の訪れと共に授かってしまった低音による錯覚だろう。

 それとも彼女はあの不本意な噂を知っているのだろうか?

 預真がまた埒もない考えに耽っていると、


「ごめんね。邪魔だからちょっとどいてくれるかな?」


 小柄な方の女子からあんまりにもな声が投げ掛けられる。


「ええと。説明してもらっていいだろうか?」


 いきなりやって来てそれはないんじゃないだろうか。預真の声に小柄な少女は「そうだね」と手を腰に添え、何か答えようとしてくれるのだが、


「葵ちゃん。来ちゃったよう」


 背中に隠れていた眼鏡の少女が低い位置にある袖口を引っ張って小柄な少女の視線を誘導する。

 どうやら彼女達は誰かを待っていたようだ。

 渡り廊下に張られた半透明な波板に映る人影を見た小柄な少女――葵は、ズバッとそんな擬音が聞こえてきそうなキレのいい動きで振り返り、体育館にもたれ掛かっていた預真を「う~ん」と引っ張り起こすと、「早く隠れて」と物陰に押し込もうする。

 かたや預真はといえば、『そんな無理やり押し込もうとしなくても口で十分だ』と、そう言いたかったのだが、このタイミングでしっかりと握られた手を振り払おうものなら、転んだりして怪我をさせかねない。

 ということで已む無く葵のされるがままに、連れて行かれたのは、元々くつろいでいた場所を望む体育館の裏側にある教員用駐車場だった。

 そして2人の少女は、後からやって来るだろう人影を窮屈そうに物陰から覗き込む。

 特に気になる訳でもないのだが、どうしてこんな状況に陥っているのか、一応の為に確認をと、預真も彼女達の上に覆いかぶさるような格好で視線を追いかける。

 渡り廊下の切れ間からは一組の男女がやってくる姿が見えた。

 最近はこういうのが流行っているのだろうか、引っ張られているのは男の方で、


「よし。頑張れ」

「葵ちゃん。声が大きいよ――って、はわわ」


 思わず身を乗り出してしまう小さな体を引き止める眼鏡の少女の丸めた背中に折り曲げた膝でも当たってしまったか、男が覆いかぶさっているという状況に気付いた眼鏡の少女が動揺に体を縮こませたのは無視した方がいいのだろう。

 尚も進行する事態に預真を含めた三人それぞれ見守るような視線を送る中、ついさっきまで預真達がいたスペースまで男子生徒の手を引いてきた少女は、緊張の面持ちの男子を自分と向かい合わせに立たせ、すぅはぁと大袈裟な深呼吸を何回かすると、眉を立ててこう告げる。


「私とちゅき合って下さいっ!!」


 しゅばっと腰を90度に手を差し出す女生徒。プルプルと返事を待つ彼女の耳は真っ赤に染まっている。

 これは察するまでもなく告白というヤツだろう。

 だとすると慌てていた彼女達の行動にも合点がいく。

 つまり、この二人は現在返事待ちの状態で固まっている女子の協力者で、人気の少ないこの場所での告白をお膳立てしたものの、いざ現場に来てみれば邪魔な先客を発見。排除したとそんなところか。

 とはいえだ。相手側の対応一つで最悪の結末もありうるのが告白というもので、その場合、巻き込まれた側としてはどうリアクションしたらいいものか。

 現場から状況を把握。嫌な予想を過ぎらせた預真だったが――、そのもしもの思索は杞憂に終わったようだ。

 最初、伝えられた事実が理解できなかったのか、ぽかんとしていた男子生徒だったが、勇気をふり絞った少女の言葉がじわり脳へと染み渡ったようで、みるみるうちに顔を赤らめ、シャキンと棒立ちになり、「は、はい。よろしくお願いします」と了解だけを伝え返す。

 すると――、


「やったあっ!!」


 本人よりも先に歓声を上げて飛び出したのは葵だった。

 覆いかぶさるような預真に萎縮する眼鏡の少女によって更に押し込められていた体を、地面に叩き付けられたスーパーボールような勢いで射出させ、告白を成功させた女生徒に抱きついていく。


「ぐふっ!!」


 一方、抱きつかれた女子の方は、体が変な折れ曲がり方をしたように見えたのだが平気だろうか。

 告白を成功させた女生徒を心配する預真だったが、当の本人はそのダメージよりも嬉しさが勝ったようで、脇腹を抑えつつも、唖然呆然のお相手を他所に葵と手を繋いで喜びを爆発させていた。

 そして、この男子とは別にもう一人、動けずにいる人物がいた。預真の下でうずくまる眼鏡の少女だ。

 彼女はホッとしたような息を漏らしながらも、どこか鬱々と湿った眼差しを歓喜を爆発させる二人に向けていた。


 ――こいつは……。


 すると、まじまじと見られているのに気づいたのだろう。眼鏡少女はビクリと体を震わせてから、まるで心の底を覗くような預真の瞳から逃れるように、そそくさと預真の下から走り去り、


「も、もう、はしゃぎ過ぎだよ葵ちゃん」

「ああ、ごめんごめん」


 遠慮がちな言葉を口にさり気なく歓喜の輪へと紛れ込む。

 そして、1人残された預真はというと、葵に冷やかされながらも恋人同士になった二人が去っていったのを見計らい、無言で立ち去ろうとするのだが、


「ねえ、待って――」


 呼び止める声に振り返ったそこには向日葵のような笑顔があった。


「ありがとね」

「何のことだ?」


 傍観者の預真としては感謝されるいわれは何もない。

 はぐらかす風でもなく問いかける。


「待っててくれたんだよね」


 葵の一言に「ああ」と感謝の理由を理解した預真だったが、待っていたように見えたのは葵の誤解でしかない。

 正直それをわざわざ訂正する必要など無いのだが、それを正すのが玄道預真という少年である。


「ここから戻るにはフェンスを越えて駐車場から回り込むか、告白する二人の目の前を通るしか無かったからな。もう少し経かるようだったらそうしてただけだ。だから礼なんて言う必要は無い」


 そんな預真の台詞が遠回しな照れ隠しにでも聞こえたのか、葵はくすりと口元に微笑を作り。


「私、日向葵っていうの――」


 一方的な自己紹介。

 だが預真の返しも待たずに言葉を繋げる。


「これでも、恋の伝道師なんて呼ばれてる私だよ。もし君に好きな人がいるのなら、迷惑させたお礼だよ。相談に乗ってあげるから。いつでも来てね」


 聞きようによっては上から目線ともとれる言葉だが不思議とそんな意識は受けなかった。

 それはこんな短時間の接触からも読み取れる彼女の快活さが成せる技なのか。

 珍しくも馴れ馴れしい相手の対応に、預真は生来の人の良さが自己紹介よりも先に出てしまう。


「だったら、俺よりも先に聞くべき人間がいるんじゃないか。愛の伝道師を名乗るくらいならもう少し周りを見たらどうだ。でないと、いつかお前自身が危ない目に合うかもしれないからな」


 忠告を浴びせかけた預真は葵の隣の眼鏡の女子を見ていた。言外に彼女がそうだと示しているように――、

 しかし、友人に対してそんな暴言を吐かれていい気分をする人間などいないだろう。口走った後でそんな当たり前の事に気付いてしまった預真は、三十六計逃げるに如かず。台詞の意味を確かめるように立ち尽くす葵とオドオドするばかりの眼鏡の少女を置き去りに慌てその場を立ち去るしかなかった。

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