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葵の抵抗と仮面の下の顔

 葵が押し倒されたのはベッドの上だった。

 ゆったりと包むような反発はウォーターベッド特有のものだ。

 覆いかぶさってくる錦織に葵はどうにか抵抗を試みるも、無理矢理に吸わされた薬剤の効果で四肢は思ったように動いてくれない。

 むなしく空を切る右手を掴んだ錦織はこれみよがしに手の甲へ口づけ、キザったらしくも甘ったるい言葉を囁く。


「暴れると危ないよ」

「皆して一人の女の子を襲うなんて、こんなことしていいと思っているの?」


 もつれる舌で反発する葵が目を向けるのはベッドに転がる携帯電話だった。

 その画面には複数の少年に囲まれて泣き崩れる詩音の写真が映っていた。

 助けに来たのに情けない。

 自分の無力さに血の滲むくらい歯噛みする葵の体を錦織がフェザータッチで撫で回す。

 ゾワッと寒気のような感覚が葵の小さいながらも凹凸のはっきりした肢体を駆け上がる。


 手足は動かないのにこんなところだけ敏感なんて――、


 葵はそんな怒りも乗せた険しい視線を放つのだが、錦織は表面上は無邪気に見える爽やかな笑顔で軽やかに受け流す。


「この状況で他人の心配かい。ますます興味深いね」

「私、こう見えてスポーツ万能だから先輩一人ぐらいだったらどうとでもなりますから」

「薬にやられて上手く動けないのにかい?」


 錦織に鼻で笑われ「それは――」と口篭ってしまうのも当然だ。口にした反論が強がりにしかみえないだろうことは葵自身が誰よりも分かっていた。

 しかし、こうなったら有無を言わせぬ反撃を絶対に食らわせてやろう。葵がそう決意したところで呼び鈴が騒がしい音を立てる。

 錦織は葵の体を弄る手をベッドについて、綺麗な顔を至近距離まで近づける。


「他の子達も来たみたいだね。でも、ちょっと準備に経かりそうだから少しこっちの準備を進めておこうか」


 整髪料だろうかシトラスの香りと一緒に再度這い上がってくる手が、悔しさに打ち震える葵の体をじっくりと嬲るように撫で回す。

 普通の女の子だったらここで目を瞑って涙を零していたかもしれない。

 しかし、葵は錦織のような男が押し付ける女の子らしい女の子ではなかった。

 何もしなくてもどうせ奪われるのなら、とことん抵抗してやろう。数瞬前の決意を実行に移すべくくっと歯を食いしばって恐怖を押さえ込んだ葵は、ファーストキスを奪おうと近付いて来る錦織の顔に対し、根性だけで首だけを起こし、すっと通った綺麗な鼻筋に思いっきり噛み付いた。

 人間の体の中で一番強い筋肉は咀嚼筋だという。葵がそれを知っていたかと言えば違うだろう。ただ悔しさに奥歯を噛み締めた時に発揮された力が葵にこの反撃を思い当たらせたのだ。

 薄いゴム膜に包まれたプラスチック板――そんな歯触りと共に何か化粧品でも使っているのだろうか、ケミカルな甘みが口の中に広がり、微量の鉄臭さがその後を追いかける。

 数秒遅れて「ぎゃあ――」と人気者らしからぬ情けない悲鳴が左耳付近で爆発する。

 錦織は女子を女子とも思わない男の力で噛みつく葵の顔を強引に引き剥がす。

 ひっくって返りジタバタ藻掻いている隙にゆっくりと起き上がろうとする葵だったが、吸引させられた薬剤が現在進行形で体の自由を奪っていっていようで、生まれたての四足獣よろしく上手く立ち上がれない。

 そうこうしている間にも錦織は痛みから立ち直り、薄っぺらくも爽やかな少年という仮面を脱ぎ去って、裏の顔を剥き出しにする。


「畜生ッ!!この女――、少し優しくしてやったと思ったらつけ上がりやがって、テメエみたいな馬鹿女は俺の下でアンアン喘いでりゃそれでいいんだよ」


 どこが優しくよ。


 動かない口の代わりにと胸中で文句を炸裂させる葵が、ようやく四つん這いにの状態にまで立ち上がったところで、錦織はスポーツマンとは思えない細腕で起きようとする葵を強引に押し戻し、勢いそのまま、胸の谷間をむさぼるように顔を埋める。

 今度こそ完全にマウントポジションを取られ、気持ち悪くも服の上から胸の真ん中を舐め回される感触に、押さえ込んだ怖気が再びこみ上げてくるけれど。


 泣いてなんかやるもんか――、


 葵は眦を吊り上げ震える声でささやかな抵抗を試みる。


「それがアズマ君達の言っていた本当の先輩なんですね。最低です」

「君はその最低な男に処女を散らすのさ」


 よだれの糸を引かせて顔を上げた錦織はそう言うと、再び胸元を顔を埋め、噛みちぎるように濃紺の制服を引き裂いた。

 溢れだすのは白の柔肌。引き裂かれた制服の下に覗く淡いブルーの下着が彩りを添えている。

 だが、葵の表情に屈辱の色が灯らない。その目にはただ非難の視線を湛えるだけだった。

 そんな態度が気に喰わなかったのか、錦織は不機嫌を隠すことなく鼻を鳴らし、


「立場が分かってないようだね。これからどうなるのか現実感がないのかな?」


 へそに落とした指先を滑らせ胸の谷間をなぞり上げ、葵の顎先を跳ね上げる。


「そろそろ始まってる頃だから、これから君が味わう現実ってやつを見せてあげるよ」


 嬲るような言葉を乗せた唇をいやらしく歪め、ベッドサイドに置いてあったリモコンを天井からぶら下げられるように設置されたモニターに向ける。

 わざわざ馬乗りの体勢からくるりと回転、子供をあやすときのような膝枕状態に移動すると、葵の頭を持ち上げて画面を視界に捉える位置に誘導する。

 その画面は薄暗い部屋と蠢く人影が映っていた。


「もう、暗過ぎだよ。これじゃあ上手く映らないじゃんか。

 ええと、あの部屋の照明って携帯からでも操作できたよね?」


 錦織が体を伸ばしてどこからか手繰り寄せた携帯電話でいくつかの操作を行うと、光が瞬き、それに合わせるように薄闇の中の人影がビクンと体を仰け反らせる。


「さて、どうなってるのかな。今回は初参加の奴もいるし、いい感じでぐっちょんぐっちょんになっちゃってるのかもね」


 さすがの葵もこれには耐えられなかった。

 もしもこの人影が詩音だったとしたらと、最悪のイメージが脳裏に過り、反射的に顔を逸らそうとするのだが、錦織はそんな葵の抵抗に満足したよう微笑みながら、極上の嗜虐を楽しむ為にと葵の顔を固定する。


「んじゃ。御開帳――♪って、これちょっとオヤジ臭いかい?」


 そして、若干のタイムラグの後、じんわりと明るくなった画面に映し出されたのは、お世辞にも綺麗と言えない毛むくじゃらのお尻だった。


「汚っ!?あいつ等は何やってるんだ!?」


 ビクンビクンと震えるお尻を目にした錦織が声を荒らげ、葵の頭を膝の上に乗せていることも忘れ、立ち上がる。

 きゃっ――と短い悲鳴を上げてベッドに倒れ込む葵を無視して、監視カメラのリモコンをモニターに向ける。

 すると、映像が画面端を動く影を追いかけるようにゆっくりと横移動。扉の前で何やらやっている3人を捉えた。

 その直後――ピコっと電子音が聞こえ、密室となっていた部屋の扉が開かれる。

 ゴトリと鈍い音につられて見れば、そこには見知った男の子が二人立っていた。


「お前達どうやってここに入ってきた!?」

「えっ、普通に開けてもらいましたけど」


 2人の姿に安心の息を漏らす葵の横で、錦織からの質問にさも当然とばかりに返答したのは道化師のような笑顔を貼り付けた右近だった。

 しかし、錦織からしてみたら右近の言葉はこそが疑うべき現実だったようだ。


「入れる筈がないだろ。指紋認証付きオートロックなんだぞ。登録したヤツが触らないと内からも外からも入れないようになっているんだぞ!!」

「指紋認証といっても、先輩だけって事はないですよね。そんなのいちいち面倒くさいし、何かの事故で閉じ込められた場合に出られなくなっちゃいますから。だから、先輩と仲がいい小久保先輩ならばもしかしてって思ったんですが、ビンゴでしたね」


 信じられない事実を目にするような錦織の声を受け、預真が閉まりかけの扉に引っかかった右腕を足先で小突く。そして、これだけでは分かり難いだろうかと微妙に開いた扉を全開に、全裸で倒れる少年の姿を見せてくれる。

 それに対する「どうやって?」という余裕を失った錦織の口元から零れた呟きは、男達を倒した方法だったのだろう。


「巻藤さんのおっぱいに見とれて隙だらけのところを背後からこれでビリッとですね。小久保先輩や金城先輩から僕のことを聞いて対抗して買ったんですか?思ったよりも強力なやつですね。ちょっとお借りしましたよ」


 ヂヂヂヂヂと右近が電流を走らせるのはスタンガンだ。

 その口ぶりから、置かれていたのだから使ってもいいというのが彼の言い訳らしいのだが、葵にとってはそんな事はどうでもよかった。右近の口から告げられた名前に気持ちが逸る。


「詩音ちゃんは?」

「隣の部屋にいるよ。ショックが大きくて今は動けないみたいだけど、まあ、いろいろな意味で無事だよって言っておこうかな」


 最優先事項の簡潔な答えを聞けた葵がホッと胸を撫で下ろす。


「しかし、生体認証もある意味で改善の余地ありですよね。まあ、これ自体オモチャのようなものみたいですが」


 他方、続く右近の指摘は正しかったのだろう。錦織が顔を歪めて「貴様……」と唸る。


「じゃあ残る葵ちゃんを返してもらいましょうか」


 そんな睨み合う二人を尻目に、1人取り残された預真が漏らした「俺がいる意味あるか?」という心からの独り言を葵は聞き逃さなかった。

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