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少年の計画と少女の結末

 夕日も随分と傾いた頃、錦織と詩音の二人は大山高校のほど近くに建つ高級マンションのエントランスにいた。

 決して大きくはないのだが、セキュリティは万全で外観も含めスタイリッシュなデザインで統一されたこのマンションは、高校入学を機に自立した精神を持ってもらおうと錦織の父に買い与えられた彼の自宅マンションだ。

 そう、葵による昼休みの強襲を受け、タイミングを図っていた錦織の企みがついに実行に移されたのだ。

 とはいってもその内容は、預真達の動きに警戒しながらちょっとしたお茶会を口実に詩音を自宅に連れ込み、彼女を餌に葵をおびき寄せるという単純なものだった。

 よって作戦の成功いかんは錦織の手際にほぼ全てがかかってくるのだが、錦織にとって少女を自宅に連れ込むなど造作も無いことだった。

 ただ、二人きりのシチュエーションを作り、サプライズがあるとか甘く囁やくだけで少女達は簡単に乗ってくる。

 その際に他の女の子達は先に行って準備をしてくれていると付け加え、警戒心は解くのは有効な手段だ。

 苦労があるとしたら、二人きりという状況を作るべく他の女子達にいろいろと工作仕掛けたことくらいだろう。

 つまらない。

 そんな心根など一切表面に出さないまま、錦織は素敵な一時に胸を躍らせる少女を自宅マンションにエスコートするという簡単な作業をこなす。

 錦織にとって詩音など葵を手に入れる道具に過ぎなかった。

 ただし自分の価値を知ってしまった途端に浮かれ気分が一変する。その瞬間だけはどんな女の子も素敵に見えるものだ。


「私――やっぱり。帰ります」

「まあまあ、皆もすぐに来るから、ね」


 沢山の靴が並ぶ玄関から伸びる廊下を抜けて、一つの目的だけに設えたプレイルームに入るやいなや、踵を返そうとする彼女の心情は当然のものだろう。

 何しろ誘われてきてみたものの、待ち受けていたのは賑やかしい男女の語らいの声ではなく。舌なめずりが聞こえてきそうな狼の群れなのだから。

 大人しそうな少女の初めての冒険もここまでくれば冷静になるというものだ。

 しかし、いまさら悔やんだところで手遅れだ。罠にかかった羊に逃げ道など有りはしないのだから。

 このプレイルームには、外からは勿論、内からも指紋認証が必要なオートロックがついている。

 とはいっても、こういう細工が得意な友人に作ってもらった玩具みたいなものだが、

 すぐに抜け出せないという点では十分な役目を果たしてくれている。


「それじゃあ。さっそく始めようか」


 錦織は室内の異様な雰囲気に、詩音から向けられるすがるような視線を無視、周囲に指示を飛ばす。

 目的の餌が檻に入った時点で面倒な芝居をする必要はなくなっていた。

 別にバレたってかまやしない。この女が大人しい性格だということは誰の目から見ても明らかだからだ。適当に裸でも写真にとって脅せばそれだけで言う事を聞くだろう。

 それにだ。何がいけなかったのか、正直なところ、鬱陶しくまとわりつくこの眼鏡女にはいい加減辟易していたところだ。

 むしろ、この眼鏡女が抱いていた幻想を粉々に打ち砕いてやるものまた面白い。

 けれどそれは所詮とっておきのごちそうのオードブルにすぎないが――、


 錦織は正義感を持つ女性を脅すには、自身が汚された映像よりも、親しい人物の弱みをチラつかせた方が効果的だとこれまでの経験から知っていた。


「昴君。本当にやっちゃっていいのかよ。どう見たって処女にしか見えないけどよ」


 ほぼ完了した計画の完成図の幾つかを想像して悦に浸る錦織に、そう問いかけるのは同じクラブに所属する小久保という少年だった。

 しかし、その声に戸惑いはない。零した心配は今にも泣き出しそうな少女を思ってではなく、錦織の、そして自分自身の趣味嗜好を知っていての質問だからだ。


「別に僕に処女信仰とかそういう趣味は無いからね。これまでもそうだったじゃん。強いて言うのなら、僕は純粋に何かを信じている相手からその何かを奪うのが好きなんだ。彼女の場合はもう奪ったようなものだからね。その絶望する顔だけで満足さ。それに僕ってば眼鏡の女が嫌いなんだよね。だから、後はいつものように君達で好きにしていいよ」


 そこにはいつも爽やかな美少年はいなかった。恵まれた容姿に恵まれた環境、生まれ持った幸運にどっぷり浸かり歪んでしまった鬼畜生。錦織昴の本来の姿がそこにはあった。


「錦織先輩?」


 その時の詩音が何を思って名前を呼んだのか錦織には分からない。しかし、興味が失せていた少女の姿を視界に映すきっかけにはなったのだろう。錦織は飽きて使わなくなったおもちゃでも見るような無機質な視線で詩音を一瞥すると、冷酷な処分を下す。


「じゃあ、おびき寄せる準備を始めようか。脱がせちゃってもいいよ」


 至極当然とばかりに出された指令を受け、待ってましたと無数の手が詩音に伸びる。

 嫌っ――とその手を振り払おうとする詩音。

 だが、野獣と化した少年達に囲まれたこの状況で、か弱い詩音にどんな抵抗手段があっただろうか。


「少し目を瞑ってりゃすぐ終わるからよ」

「そりゃお前だろ」

「まあ、つまりこういうこと」

「バラされたくなけりゃおとなしくしといた方がいいっすよ」


 悪意の洪水が詩音を翻弄する。

 もし今の彼女に預真と同じ力が備わっていたのなら、視界全てが漆黒のラインで覆われていたのかもしれない。

 それ程に見苦しくも卑しい狂乱がそこにあった。


「先輩、カメラのスタンバイOKっす。早く剥いちゃって下さいよ」


 カメラを構えた少年が愉悦に口を歪め発したその声に、詩音を絡めとる少年達の引っ張る力が強くなる。

 後悔に押し潰されそうになりながら大粒の涙を目元に溜めた詩音が、必死に制服を繋ぎとめようとする姿を見つめる錦織の顔には薄っすらと笑みが浮かんでいた。

 そして、圧倒的悪意の前では詩音の抵抗など無に等しい。

 買って間もない制服がブチブチと音を立てて引き裂かれようとしていたその時だった。

 リンゴーン――と重厚感漂うインターホンが鳴り響いた。

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