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元大物政治家と悪辣な狐

 預真が好奇の視線にさらされる一方、学校を早退した右近が制服のまま訪れたのは、今吉市郊外に建てられた、絵巻物などに見るような武家屋敷を思わせる平屋の大豪邸だった。

 アポイントがない状態での来訪ということで一悶着あったものの、入口まで同行してくれた知人の口利きと、とある資料の提示によって誤解(・・)無事(・・)に解けたようで、今はどこの重要文化財か白の波打つ石庭を望む客間に通されていた。

 時代を感じさせる古めかしいガラス戸から見渡せる流麗な風景を臨み、右近が『こういうのもまた新鮮だなあ』と出されたお茶をしみじみすするっていたところ、錦織家の雰囲気に合わないアニメチックな着信音が聞こえてくる。

 右近はすぐに携帯電話を取り出し、送られてきたメールに目を通す。


「これはちょっと急がないといけないかもだね」


 そう呟いた右近は新聞部から届けられたメールがオートで預真に転送されるのを確認し、それと同時に幾つかの指示を各所に飛ばす。

 そうして待つこと数分、ここはTPOに合わせて女中とでも呼べばいいのだろうか、地味な色の和服を着込んだ二人の女性に案内されて着流し姿の白髪のご老人がやってくる。

 政治家時代の映像は過去を振り返るテレビ番組などでも度々見かけたりもするし、ある程度のプロフィールも頭に入れてきた。だが、雑多な情報から受ける認識を改めなければならないだろう。やって来た老人を見て右近は考えを改める。

 70を越えた年齢にもかかわらず一本筋の通った姿勢、その容姿を含めたその佇まいは脂が乗り切った中年男性のそれと変わらない。なによりも瞳の奥に宿るギラギラとした光が、気を引き締めていかなければならないと右近に思わせるのに十分な威力を秘めていたのだ。


「君かな?私を呼び出したというのは、額田君の紹介ということだが」

「ええ、すいません。急を要していましたので、少々強引な手を取らせてもらいました」


 政治活動の中で鍛えられたのか、静かながらも力強い声に右近は思わず唸りたくなる衝動を抑えて、その鋭い視線に恐れること無く、普段通り人を喰ったような態度を展開させる。

 それは不快感だったのか、右近の年齢らしからぬ落ち着いた雰囲気に訝しみに近いものを感じたのだろう。片眉をぴくりと反応、錦織太一はお付の女中を怯えさせながらも、上座の位置に据えられた一人掛けのソファーに腰を下し、一介の高校生に向けるには大きすぎる圧力を強くして、ぬうっと前に乗り出した。


「それで、君の目的はなんだね。なにやら孫の不祥事を持ってきたらしいのだが、家の者が私に遠慮したのだろう。口を濁すばかりで要領を得ないものでな。説明してもらえるだろうか?」


 あからさまな態度を取る錦織太一に対し、右近は涼しい顔をして、


 ――まあ、当然の反応かな?


 錦織太一は政治家時代からそういうスキャンダルじみたゴシップは嫌いだと聞いている。普段ならば圧倒的に相性が悪い相手だが、今回、正しい側に立っているのは自分の側だ。

 現状における立場を頭の中で再確認。図々しくも溜息一つ吐した右近は、


 ――じらしたところで機嫌を損ねるだけかな。それに、部長達からの情報を考えるとスケジュールもカツカツだしね。


 観念したようなフリを見せ、一気に懐に切り込んでいく。


「まずは見てもらわないと始まらないのですが、この情報というか、動画というのが、少々人目に憚るものでして、できたら彼女達には席を外していただきたいのですが……」


 目的はどうあれ、たかが高校生同士のつまらないゴシップと軽く考えているのだろう。自分を飛ばして直接お付の女性達に促す視線を送る右近に、懐疑的な目線を向ける錦織太一だったが、


「お孫さんの自宅マンションというのですか?そこで行われている変態的所業について錦織先生はご存じでしょうか?」


 話を円滑に進める為、右近はあえて無視できないワードを台詞の中に散りばめることによって交渉のショートカットを図る。

 彼は数十年に渡り政治の世界で生きてきた方だ。政党によっては未だ同世代が現役の議員であり続ける年齢を考えて、頭の回転が衰えたとは言わせない。

 提示された幾つかの情報を精査して、こちらの提示した他言無用がどれくらいのレベルのものか察してくれるだろう。

 そんな右近の目論見通り、錦織太一は目配せだけで女中達を部屋の外へ追い出す。

 その人影が部屋と回廊を隔てるガラス戸から消えるのを待って、右近は学生鞄からタブレットを取り出す。


「では、先ずこれを見ていただけますか。本当に困った性癖(・・)の持ち主でして僕達も少し困ったことに巻き込まれているんですよ」


 性癖という言葉をあえて強調しながら持ち出した映像は、被害者と新聞部からの情報提供を受けた右近が、独自の諜報活動によって入手した錦織昴主催のとあるパーティーにおけるノーカット映像だった。

 情報をくれた被害者側のプライバシーにも配慮して、ほぼ全面に渡り、大事な部分にはモザイクがかけられているものの、音声はそのまま使われ、何が行われているかは一目瞭然だった。


 ご老体に見せるのには少々刺激が強すぎた映像だが、まあ、これはこれで中々得られない経験だろう。


「先輩がおられるこの部屋に見覚えがありますか?」


 眉をひそめて体を固くする現在も政治力を保持する元有力代議士を目前に、心苦しくも楽しい時間の幕開けた。

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