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決壊と決裂

 果たしてそれは渦巻く感情が恋する少女に与えた力だったのか。

 圧倒的な運動能力の差があるにもかかわらず、葵が詩音に追いついたのは、皮肉にも仲違いのきっかけとなってしまった少年と初めて出会った体育館横のスペース追い詰めてからだった。

 息を切らして膝に手をつく詩音に対し、葵は息切れ一つしていない。

 だが、葵は動けないでいた。

 どうしたらいいのか分からなかったのだ。

 詩音と友達になって以来、本気で喧嘩をしたのは何度あった。

 だが、その度に葵は、他の誰かが見たのなら強引とも思える方法で二人の間に生まれてしまった亀裂を修復してきた。

 しかし、今回ばかりはどんなに強引に手を引っ張っても、お菓子による賄賂作戦も無駄だと分かっていた。

 何故なら、この状況を生み出したのは、詩音の気持ち知りながらあえてその気持を無視していたのがきっかけで、葵自身、幼い頃からの親友が傷つかないように、自分が嫌われても仕方無いと覚悟していたからだ。

 その証拠に、いまの葵には詩音から送られてくる『好き』という感情が見えていなかった。


 ――どうにかしなきゃ。どうにかしなきゃ。どうにかしなきゃ。


 頭の中では同じ言葉がリフレインするだけで、場を取り繕うアイデアの一つも出てこない。

 そんな重い沈黙の中、先に口を開いたのは意外にも詩音の方だった。


「葵ちゃんは私が先輩の事好きなこと知っているんだよね?」


 静かに放たれた質問が葵の心臓を大きく揺さぶる。

 葵は詩音から誰が好きだという主張をされたことなかった。しかし、詩音には自分の生まれ持った力の事を伝えてある。

 それは普通の友達に言っているような赤い糸というあやふやな表現ではなく、本当の意味での葵の力だ。

 もし、その力が本当だと証明するのなら、詩音の主張に葵は首を縦に振るしかなかったのだ。


「うん」

「…………だったら、だったらなんで葵ちゃんは私のことだけ応援してくれないの!?小さい頃に好きな人ができたら私の力でなんとかしてあげるって言ってくれた、あの約束は嘘だったの!?」

「それは――」


 詩音の自分勝手な叫びに葵は口篭ってしまう。

 葵は錦織が持つ性質を本能的な意味で覚っていた。

 しかし、それは葵にしか知覚できない不思議な力によるもので、確証の無い勘のようなものだった。

 そして、詩音にとってそれは残酷な真実と成り得るものなのだ。

 だからこそ、だからこそだ。あえて言わなければならない。

 葵は少しでも嫌われることを恐れてしまえば、どもってしまいそうになるその言葉を詩音を想い口にした。


「詩音ちゃんとあの人の間に赤い糸が見えないからだよ」


 それは葵にとって優しい真実だった。

 それは詩音にとって裏切り以外のなにものでもなかった。

 自分を引っ張ってきてくれた感謝も親愛も何もかもが裏返る。

 これまで築いてきた二人の絆に傷痕しか残さない呪言が詩音の口から溢れ出す。


「葵ちゃん本当は錦織先輩のことが好きなんでしょ。それで私をあの人とくっつけようとしてるんでしょ。それとも高嶺って人に何か言われているの?私の不幸を見て楽しんでるの?」

「そんな、違う――」


 詩音の口から吐き出されたのは支離滅裂な言いがかり以外の何ものでもなかった。

 自分の方になびいてくれない錦織。訳の分からない二人組。そして、自分勝手な親友。積もりに積もったストレスが詩音の被害妄想に拍車をかける。

 最早それは純然たる悪意の発露だった。

 葵が躊躇いがちに伸ばした手が今度こそ完全な拒絶によって弾かれる。

 葵を睨みつける詩音の瞳には憎しみの炎が灯り、つい数分前まで本当の友達だった気弱な少女の姿は何処にもなかった。あるのは嫉妬に狂った女の貌だけだった。

 そのギャップに固まってしまった葵に残酷な一言が投げ掛けられる。


「赤い糸?そんなの誰も信じてないよ」


 葵も皆が心の底から信じてくれていない事は知っていた。

 けれど、詩音だけは、親友の彼女だけは信じてくれていると思っていた。

 いつも優しく語りかけていた彼女に自分の力が否定をされるとは思っていなかった。

 葵にとって詩音の言葉は衝撃的なものだった。

 もしかすると、この決裂はもっと早くに訪れていたのかもしれない。

 絶望に囚われる葵だったが、次に放った詩音の言葉が彼女を残酷な現実に引き戻す。


「私、先輩に告白する」

「駄目だよ。絶対に良くないことに巻き込まれちゃうから」

「それも赤い糸が見えるって超能力が教えてくれるの?矛盾してるよ。根拠もなく先輩を悪く言わないで」


 反対する葵に詩音が向けるのは軽蔑の眼差しだ。


「私を友達にしてくれた葵ちゃんはどこにいっちゃったの?」


 それは身勝手過ぎる物言いだった。

 少なくとも友達という名の下、庇護を受けていた側の人間が言うべき台詞ではなかった。

 だが、逆に言えばそれは、彼女が心の底から葵を疎んでいるという以外の何ものでもない証明でもあった。

 一端流れに乗って滑りだしてしまったエゴイズムは、詩音の理性を上回り、ついには決裂となる言葉を作らせてしまう。


「詩音ちゃんなんて大っ嫌い。――絶交よ」


 涙すらも流せずに立ち尽くす葵を一人残して、詩音はひんやりと薄ら寒い空間を後にした。

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