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意気込みと空回り

 今日こそは絶対とっちめてやる。そう意気込んでいた葵だったが気が付けばもうお昼休み。


「葵ちゃん廊下を走っちゃダメだよ」


 軽い昼食を済ませた葵はいつもの通り詩音をオプションに付け、各種運動部から即戦力として勧誘されたダッシュ力で恒例となった追いかけっこを繰り広げていた。

 目的は預真が言った詩音への暴言を訂正させること。

 けれど一方で、相手が男子だとはいえ運動能力に自信を持っている自分がここまで追いつけないなんて悔しいにも程がある。なんて思いもあったりして、尚のこと力が入るというものだが、

 追いかける預真は逃げ慣れているというか、入学してあまり経ってもいないというのにも関わらず、学校の隅々まで知っているようなルートで逃げまわり、姿を捉えることすら難しい。


 ――まあ、見つけたら見つけたで、全速力ですぐに逃げられちゃうんだけど。何?アズマ君ってばメタル属性なのかな?


 とはいえ、本気で逃げているように見えて、職員室の前や人の多い場所ではペースを落としてくれたりする。


 ――皆は怖い人だって言うけど、意外といい人なのかも。


 ここ数日の追いかけっこを経て葵の中での預真の評価は随分と改まっていた。


 ――でも、だとしたら、詩音ちゃんのあの話も……。ううん。そんな事、詩音ちゃんがする訳ないよね。


 葵はふと過った友達への疑いを頭を振って追い出して、速度のギアを一段あげる。


 ――引っ張り回しちゃう詩音ちゃんには悪いけど。本人がいないと謝らせられないもんね。


 そう、全ては捕まえてしまえばいいことだ。

 いや、捕まえたとしても、この前みたいにはぐらかされてしまうかもしれないけれど。


 ――やっぱりアプローチの方法を変えた方がいいのかな?


 考え事をしながらの追走が祟ったか、階段へと続く角を曲がった直後、急に進路を変更した預真の動きについていけない。


 ――何?フェイント?


 戸惑いを見せる葵の前、ステップを踏むよう脇に避けた預真の影から男子生徒が飛び出してくる。

 しかも、男子生徒はまるでタックルでもかけるかのような勢いで迫ってきていた。

 余計な事に気を取られていなかったのなら簡単に避けられただろう。

 何を考えているのか進行方向を塞ぐ形で直進くる男子生徒に、一瞬弱気に囚われそうになった葵だったが、


 ――大丈夫。今からでも多分避けられる。


 葵は瞬時の判断と持ち前の反射神経でカットバック。ギリギリのところで少年のタックルを回避する。

 だが、引っ張られていた詩音はそうもいかない。


「えっ!?」


 突っ込んでくる少年を躱した直後、背後で聞こえたか細い疑問符に、自分の失策に気付く葵。

 だが、時既に遅し、

 少年と詩音の肩が勢いよくぶつかり、スタッカートの悲鳴が発せられる。

 詩音を支点に遠心力が生まれ、葵も振り回されるように一回転。手をつないでいるは二人共にバランスを崩す。

 葵自身は滑るようにしゃがんで勢いを押さえるも、運動が苦手な詩音は勢い余った体をコントロールできない。

 そして、よろける詩音が向かう先には短い階段と踊り場があって――、


「危ないっ!!」

「チッ」


 届かないと分かっていながら手を伸ばす葵の横を、舌打ちと共に駆け抜けた預真が詩音の体を抱きとめる。

 が、再びの悲鳴が廊下に響き、勢いがつき過ぎた二人の体が下り階段に消えてしまう。

 目の前で起こったあり得ない光景に、葵は僅か茫然自失となってしまうも、すぐに自分を取り戻し、へたり込んでいる場合じゃないと立ち上がろうとする葵。

 だけど、放心状態からの回復は思いの外、上手くいかず。

 そこに「大丈夫かい」と手が差し伸べられる。

 反射的に応じてしまう葵。

 だが、その手の延長線上にあった顔を葵は知っていた。

 最近のしつこくつけ回してちょっかいをかけてくる金髪の男子生徒だ。

 名前は確か錦織だったと思う。

 葵は彼のことを初めて見た時から警戒していた。

 彼の『好き』という感情が薄っぺらいものだと知っていたからだ。

 とはいえ、礼を述べて一度伸ばしかけた手を引っ込めるのは失礼だ。

 最低限の常識でもって葵は錦織の手を取って、


「私は大丈夫。だけど詩音ちゃんは?」

「ああ。彼女ならそこにいるけど」


 必要以上に関わらないようにとすぐに手を離そうとした葵が、立ち上がるなり錦織の誘導を受けて階段の下を覗き込む。

 そこにあったのは体を絡み合わせる預真と詩音。

 スカートはまくれ上がりパンツが丸見えになってはいるものの、下になっている預真がクッションになったようで、詩音には怪我が無いように見える。


「詩音ちゃん」


 葵の呼ぶ声に詩音がむっくり体を起こす。

 それと同時に下敷きになっていた預真の顔が詩音のお尻に潰されてしまうけれど、


 ――大丈夫だったみたい。後でアズマ君にはお礼を言わないと。


 ホッと胸をなでおろし、しかし、詩音の怪我にばかり心を捕らわれていた葵は気付くことが出来なかった。

 いつまでも手を離さない錦織にも、そして、その光景を目の当たりにショックを受ける詩音にも――。

 だからこそ、次いで口から出た言葉は日々のスキンシップを良しとする葵からしてみたら何気ない一言だった。


「スカートの中に顔を入れちゃうなんて、アズマ君のエッチ。責任を取ってもらわないと、ねぇ、詩音ちゃん」


 それは何でもない青春における恥ずかしい失敗の一コマだった。

 けれど、それが想い人の前で起こったものだとしたら、恋する乙女にとっては絶望的な出来事だといえるだろう。

 錦織から離れた葵が詩音を起こしてあげようと手を差し伸べる。

 しかし、詩音は出した『その手』をなかなか取ろうとしてくれなかった。


「詩音ちゃん?」


 俯き動かない親友に葵は心からの心配で覗き込み、そこでようやく詩音の目元の光るものに気が付いた。

 葵はただ詩音だけを見ていた。

 けれど、詩音が気にしていたのは階段の上で柔らかに微笑む金髪の美少年だった。

 この視点の相違は、葵と詩音――二人の対極的な精神性が生み出したすれ違いの産物だったのかもしれない。

 次の瞬間、差し出していた葵の手がいつかのように打ち払われる。

 その音に目を覚ましたのはどっちだったのだろうか。2人は共に大きく目を見開く。

 だが、それも束の間の空白でしかなかった。

 すぐに目を鋭くする詩音だったがその視界に想い人の姿を見つけ無理矢理に笑顔でも作ろうとしたのか、泣き笑いのような表情を浮かべ、しかし、自分でも上手くいっていないと分かったのだろう。泣き出しそうになるのを堪え切れない顔を隠し逃げ出してしまう。

 一方、葵はそんな親友をただ見送るしか出来なかった。


「追いかけなくてもいいのか?」


 そんな葵に預真は残酷な結果が待っていると分かってはいてもそう言わざるを得なかった。

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