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詩音と葵、すれ違う二人

 巻藤詩音が錦織昴を好きになったのは本当に些細なきっかけだった。

 それは入学して一週間くらいたった頃、幼馴染の葵に引き摺られて部活巡りをしていた時のことだった。

 大山高校には生徒は必ず部活に所属しなければならないという校則がある。

 とはいえそれは形式的なもので、適当な文化部に席を置いておけば帰宅部も許されるという類のものだった。

 詩音も文芸系の緩い部活に入り、たまには部活動をしてみるのもいいのかもなど気楽に考えていた。

 それを葵が校則を真に受けて、無理矢理に体験入部などに連れ回していたのだ。

 気が乗らないのなら断ればいいだけの話なのだが、気弱な詩音にとってはそれができたら苦労はしないというのが本音のところで、結局なすがままされるがままに葵に振り回されるというのがいつものパターンだった。

 その日も葵に引っ張られ、幾つかの部活を回り、最終的に連れて行かれたのはダンス部だった。

 体験入部を申し込むなり葵は注目を浴びていた。

 スポーツ万能な葵にとって部活の時間こそ本領を発揮できる場所だった。

 逆に詩音は足手まとい。

 どうしてこうまで違うのだろう。

 マイナス思考に囚われながらも、詩音は決して葵から離れようとしなかった。

 彼女には葵以外に友達がいないからだ。

 いや、友達ならばいるのだが、それも葵を介した友達ばかりで、彼女が居なければ何を話したらいいのか分からなくなるという程度の、つまりは知人以上友達以下の関係でしかないと詩音は思っていた。

 詩音は葵のおこぼれに預かって学校生活を無難に切り抜けているとそう自己評価していた。

 言い換えるのならそれは一方的な依存関係といってもいいものだった。

 だからこうして時々疲れてしまうのは仕方の無いことで……。

 溜まった鬱屈をリフレッシュしようと、詩音は楽しげに踊る輪から外れ、体育館の片隅で休んでいた。

 しかし、気が付けば葵の姿が見当たらない。部活動に没頭するあまりテンションの上がってしまった葵は詩音の存在をすっかり忘れて次の部活見学に行ってしまったらしい。

 逆に逸れてしまった詩音は手に持ったポンポンに居心地の悪さを感じながらも、どうしていいのか分からない。

 返したらいいのだろうか?

 でも、ステージ上では新入生に見せるものなのだろう。

 既に演技のようなものが始まっている。このタイミングで抜ける自分は嫌な女の子だと思われないか。

 負のスパイラルに嵌り、伏し目がちにオロオロとするだけの詩音に声をかけてくれたのは一人の男子生徒だった。

 第一印象は怖い人。けれど顔立ちを見て詩音はなんとなく理解する。


 ――外人さん?


 そう、彼は綺麗な金髪が不自然でない西洋風の顔立ちをしていた。

 愛読する少女漫画のキャラクターのような美少年の登場に詩音の心は舞い上がってしまう。

 かたや錦織はといえば、少し前まで美少女といた女子が困っている状況を見て、優しくしてしまうのは必然の打算だった。

 だがそれは、詩音からしてみたらそれは大きな出来事だった。

 口下手で大人しく唯一幼馴染以外の友達ができない。入学直後の不安しかない状況でこんな風に優しくされたのは初めてだったからだ。

 一瞬で心を許してしまったのも仕方のないことなのかもしれない。

 そう、有り体に言って詩音は恋をしてしまったのだ。

 そんな詩音の惚れっぽさを、お手軽――と人は言うかもしれないが、丁度その頃、詩音が失恋したばかりだったというのも、その惚れやすさ原因だったのかもしれない。

 それは一方的な片思いだった。

 幼い頃、年上の従兄弟との間に結ばれた無邪気な婚約を信じて、そうなるものばかりと思っていたのハズが、この春、その従兄弟が高校の卒業を機に自分を差し置いて結婚してしまったのだ。

 詩音は思い込みの激しい少女だった。

 裏切られたと憎んだりもした。

 だが、幸せそうにする従兄弟の姿に、なにより、自分よりも遥かに大人っぽい相手の女性を見せつけられて、お似合いな二人だと、自分に自信が持てない詩音の心はあっさりと敗北を認めてしまったのだ。

 そんなぽっかり空いてしまった心の隙間と入学直後の不安に苛まれていた詩音が、ふらっと現れた王子様に恋心を抱いてしまったのも仕方のないことだったのかもしれない。

 けれど、錦織の周囲には自分よりもきれいで年上のガールフレンドが沢山いた。

 そもそも想いを告げられるハズが無かったのだ。そんな勇気が自分にあったとしたら従兄弟を奪われることなどなかったのだ。

 詩音の主張は見方によっては自信過剰ともとれるものだったのだが、詩音は本気でそう思い込んでいた。

 そして、それが出来ないからこそ今の状況があると詩音は信じていた。

 だから詩音は新しく生まれたこの感情も密やかな片思いで終わらせようと思っていた。

 しかし、あろうことか錦織はなにかにつけて葵にアプローチをするような行動を取ったのだ。

 周りには多くのガールフレンドがいるというのにだ。

 従兄弟の時は自分には到底敵わない思わせてくれる大人の女性だった。

 だが、今度は自分と大して変わらない葵が選ばれている。

 確かに葵は運動ができて、面倒見も良くて、友達も多くて、その明るい性格から男子達の間でも人気も高い。けれど、自分だって勉強なら葵なんか相手にならないし、顔はともかくスタイルだけなら負けていない。

 見慣れているからこその客観的な評価、いや、少々頭の出来が悪い葵の受験勉強を見てあげた際に生じた、一方的な上下関係の逆転からくる過小評価だったのかもしれない。

 なにより、二人が付き合ったのなら横で見続けなくてはいけないという未来図を想像すると、詩音には自分が惨めなものに見えて仕方がなかったのだ。

 かといって、実際に行動を起こせる訳もなく、最終的に詩音が選んだのは消極的な解決方法だった。

 葵が錦織と付き合わなければ惨めな思いをしなくていい。

 だから、思い切って葵の気持ちを聞いてみたのだ。

 すると葵は笑顔でこう言った。


「無い無い。先輩とつきあうだなんて絶対ありえないよ」


 親友の言葉を聞き心底安心する詩音だったが、しかし葵の言葉には続きがあった。


「詩音ちゃんもああいう人を好きになっちゃ駄目だよ。不幸になっちゃうから。でも、詩音ちゃんってああいう人とのお話が得意じゃないから心配ないか」


 笑うように葵が言った何気ない忠告は、預真からもたらされた忠告の原因となるものだったのかもしれない。

 詩音は葵の力について聞かされていた。

 本気で信じていた訳ではなかったが、数々のカップルを作り上げてきた彼女の言葉は、詩音にとって死刑宣告そのものだった。

 知っていて言っているんだと詩音は葵を疑った。

 そして、邪魔をするなと言っているのだと、勝手に憤ったのだ。

 原因は友達になって初めて抱いてしまった反発心。

 恋心から派生した醜い嫉妬の炎による依存心からの脱却だったのかもしれない。

 だが、詩音に反発を実行に移す勇気は無かった。

 そして、その思いは今も詩音の心の中で燻り続け、そんな心情を知ってか知らずか、葵は詩音の心を見抜くような言動を放った少年に夢中だった。


「ま、待ってよう」

「詩音ちゃんの為なんだから早く早く」


 急かされれば急かされる程焦ってしまう詩音の準備が整うのを待たずに、葵は背中を押して背中を押して教室から押し出す。

 葵の笑顔が詩音には自分を誂って楽しんでいるようにしか見えなかった。


「行こ」


 どんどん先に進んでいく葵に引っ張られる詩音は足がもつれて転んでしまう。


「もう、しょうがないんだから」


 笑顔で手を差し伸べる葵の表情には悪気が見られない。

 励ましている風な態度が逆に詩音の心を刺激した。


 ――しょうがないのはどっちなの!?


 心の中だけだったはずの叫びは行動になってしまっていた。


 ――私、応援してくれなくて、自分ばっかり楽しんで。


 白熱する叫びが覆った視界が晴れた先には、勢い良く弾かれた小さな手と驚いた顔があった。

 詩音は自分の失敗を自覚する。


「ご、ごめん。怪我しちゃって触られたら痛いと思って。だから……」


 我知らず言い訳の言葉が口からはみ出し、何故か心がジクジクと痛んだ。


「ううん。私の方こそ気が付かなくて、ごめんね」


 葵が浮かべた悲しい笑顔を詩音は見ていなかった。

 それは恋心が生み出した嫉妬と言う名の胸のうずきか、それとも、友達に向けてしまった怒りに対する罪悪感だったのか。

 気まずい空気を引き摺ったまま、葵を追いかける詩音は遠からず訪れるその瞬間まで、大切な自分の本心は勿論。葵の優しさにも気付くことができなかった。

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