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母と息子の一幕

 話の続きが気にならなかったといえば嘘になるが、錦織昴とその一派に関する情報は心配してくれる聖香の前で堂々と話すには少々きな臭い内容だったらしい。

 その後、錦織の件は話題に登ることもなく、誘われるがままに電子ドラッグとも揶揄されるストラテジーゲームに興じ、右近は意外と気に入ったらしいロシアンドーナツを手土産に帰っていった。

 そして、母子二人になったリビングに訪れるくつろぎの時間、


「家でくらい脱いだらどうかしら?暑いでしょ」


 聖香が指摘するのは首に巻きつけられたマフラーの事だ。

 右近は気にしなかっただろうが、まだまだ来客があるかもしれない時間帯、自宅に帰ってまで気を使う必要は無いのだが、染み付いた癖というのはなかなか抜けないものだ。

 とはいえ、外せと言われてしまえば抵抗するのも馬鹿らしい。預真は素直にマフラーを外し、軽くたたんで傍らに置く。

 と、ふいに伸びてきた聖香の指先が、顕になった首の傷跡をついっとなぞる。


「傷、消えないねえ。漫画で読んだけど怨念のこもった傷は消えないってあの話、本当なのかしら?」


 母の口にした冗談のような台詞は言い出しにくい本題へのワンクッションだったようだ。

 モジモジと高校生の息子を持つ母らしからぬ素振りを見せた聖香は、珍しくも真剣な面持ちを浮かべて言う。


「でね、母さん調べてみたんだけど、手術すれば消すことはできなくても傷を小さく――」

「別にいいよ。お金がかかるから」


 聖香は最後まで言い切ることが出来なかった。

 預真が途中で言葉を挟み、その申し出をきっぱりと断ったからだ。

 しかし、母としては息子の将来が心配なのだろう。

 続けて、


「遠慮すること無いのよ。慰謝料の残りとか貯金もあるから」


 母の言葉には嘘は無いと思う。

 だが、預真には手術で消えないという確信があった。

 預真はこの目の力を得た小学生の頃、その醜い世界耐えかねて自分で両目を傷つけた事があったのだ。

 いま思えば馬鹿なことをしたと猛省せざるを得ないことなのだが、当時はそれ程もまでに追い込まれていた。

 結果は失敗に終わった。

 自ら目を傷つけるという恐怖から傷が浅かったというのもあるのだろうが、血で染まる視界が瞬き一つでクリアに戻ってしまったその時は、いよいよ自分が化物になってしまったと恐れもした。

 おそらく首の傷も、何らかの不思議な力が働いているのではないかと預真は考えている。

 高いお金を払って傷を直したのにその傷が全く同じ形で浮かび上がってきたのなら、母の落胆は言葉に言い尽くせないものになってしまうのではないか。

 預真は自分がどうこうというよりも聖香の為を思ってその申し出を断ったのだ。


「本当に俺が傷を隠しているのは他人に不快な思いをさせない為だから。それに暑いといってもきちんと夏用のマフラーも用意しているから。冷却シートとか隠せて案外いいんだよ」


 だからこそ食い下がる聖香に預真はあえて苦労を知恵で補うメリットを披露する。

 功罪相半ばするということではないが、傷を隠すことで便利な面があるということも知って欲しかったのだ。

 それでもマイナスの部分の方が圧倒的に多いのだが、本人にそこまで言われてはしつこくするのも鬱陶しがられてしまうと思ったのか、聖香はちょこんという擬音が似合う動きでソファーに座り直して、


「そう?――分かったわ。でも、どうにかしたいと思った時は言ってね」

「大丈夫だよ。俺だってまかりなりにもアルバイトをしてるんだから」


 あくまで母としては心配だという本心を伝え、注ぎ直したお茶を手に取る聖香。

 だが、ふと預真の言った事が気になったのだろう。カップを持ったまま聞いてくる。


「そういえばあっくんのアルバイトって右近君の紹介なのよね。どんな仕事をしているのかしら?」

「私立探偵の助手――みたいなのかな?」

「さっきの話もそうだけど。大丈夫なの?」


 預真の取る笑って誤魔化すのが得策とばかりの不信な態度に、聖香は「ふ~ん」と胡乱げな視線を送りながらもゆったりとソファーに小さな体を預ける。

 そして預真はそんな聖香を見て思う。随分ゆったりとしているけど、まさかこのドーナツもどきが今日の夕飯なのだろうかと。

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