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玄道家と創作料理

 大きめの商店街と下町のような住宅街、そして自然公園に挟まれた公共機関が密集する区域に建つのが預真たちが通う大山高校だ。

 そこから徒歩で15分、近くに小さな商店街のある住宅街の外れに預真の家はある。

 母方の実家の敷地内、道路に面する場所に建てられた狭小住宅だ。

 一階は母が営む理髪店、その二階が母子二人が暮らす住居部分となっている。

 今日は月曜日、止まっているレジメンタルストライプを横切って裏に回り込んだ預真と右近の二人は、ハードウッドの外付け階段を登り、申し訳程度に作られたウッドデッキ通り抜けた先の二階玄関から家の中へ入る。


「おかえり――♪」


 リビングに入ってきた二人に元気へ声をかけてきたのは預真の母親である聖香だ。

 室内に流れるダンスナンバーに合わせて短い髪を揺らすエプロン姿に「おじゃまします」と軽く会釈をする右近に、預真も「ただいま」と続く。

 肩に担いだ学校指定のスポーツバッグと羽織っていた学生服を自室となっているロフトスペースへふわり放り投げ、幼い頃からの習慣を済ませるべく、シンクの前に立つと雨音のような音が聞こえてくる。どうやら聖香は揚げ物の真っ最中だったらしい。

 漂う甘い匂いに何を作っているのかと気にしながらも、手洗いうがいを済ませた預真に、


「暇だったからドーナツ作ってみたんだけど食べる?」


 網杓子片手にタオルを差し出しながら聖香が聞いてくる。

 預真はタオルを受け取りながら、その問い掛けをリビングのソファーいる右近にパス。

 すると、微妙に考える間をおいて「いただくよ」の声が届き、


「じゃあ。ちょこっと待っててね。いま揚げ始めたばっかだから」


 聖香が鼻歌交じりにそう答える。

 コレ俺を挟む必要はあったのか?預真はそう思いながらも冷蔵庫のから取り出した水出しの冷茶とグラスを2つ手に持って、机を挟んで右近と対面する位置にあるソファーベッドに腰を落ち着かせる。

 すると、そこでは準備万端、起動状態のタブレットを開いた右近が待っていて、


「じゃ、早速、始めよっか」


 どうやらドーナツが完成するまでの間に用事を済ませることにしたらしい。10インチの画面に各時間の放課にでもまとめたのか。紐付きの動画や情報がふわふわと浮かんでいた。

 そもそも右近を自宅に招いた目的は今朝の襲撃の詳細を聞く為だ。帰る道すがら、日向葵を狙う例の学園の王子様・錦織昴に関する情報は聞いたのだが、今朝の襲撃事件の裏事情などはまだということで、わざわざ寄ってもらったと言うよりも、押し掛けられたと言った方が正解だろう。

 とはいえ、誠に遺憾ながら襲われる側としては聞いておいても損はない。


「で、なんで俺がちょっかいかけられなきゃならないんだ?」


 葵につきまとわれている預真だが、その動機が好意ではなく敵意からであることは誰の目から見ても明らかだ。

 まあ、相手が女子との関わりが薄い男子達からというのなら、理由はどうあれ葵ほどの美少女に追い回される立場に嫉妬するのも理解できなくもない。だが、葵とは違った美少女達を何人もはべらせている錦織が怒りを向けるというのは道理が通らないのではなかろうか。

 預真はそんな風に考えていたのだが、右近としては違う見解のようだ。


「自分が葵ちゃんにあしらわれているのに、他人が追いかけられているのが気に入らなかったみたいだね。 何しろ一度ならず二度までも大勢の目の前で袖にされたんだから、彼のプライドが傷ついちゃったんじゃないのかな?」

「それだけのことであの人数をけしかけてくるなんて、八つ当たりの度を超えているんじゃないか?」

「そういう人だと割り切るしかないね」


 集められた情報に基づき組み立てられた推論に、率直な意見を返された右近はやれやれといった風に肩を竦めて言う。


「なんでも欲しいものは手に入れないと気がすまない性格みたいだからね。お坊ちゃんらしいと言っちゃえばそれまでなんだけれど。甘やかされて育ったんだろうね。思春期になってその我儘が女性関係までに及んだという訳さ」


 贅沢な――という言葉で済ませられる話ではないのだが、人付き合いのあまり得意ではない預真が思わずそう評してしまうのは仕方のないことなのかもしれない。


「恋人がいようが、本人が嫌がろうが関係なし、むしろ自分を拒否する者を実力を持って屈服させるのがお好みみたいだね」


 だが、追加された情報に預真は今度こそ「最低だな」と声に出して、


「巻き込まれたこっちはたまったもんじゃなかったが、怪我の功名でもないが、逆に納得できたこともある」


 貰い物の古めかしいローテーブルに置かれたタブレットをピンチアウト。


「巻藤詩音から感じた不吉の原因はコイツで当たりだな」


 拡大された画像は先日の取材と称した覗き行為の一瞬を切り取った静止画だった。

 日向葵に話しかける錦織昴を熱っぽく見つめる巻藤詩音。いかにも青春ストーリーにありがちな構図だが、右近の指摘を受けて改めて視力を凝らした預真は3人の間に黒線で形取られた歪な三角形を見つけたのだ。


「なーる。だとすると、こっちの資料が役に立つかもね」


 かたや右近には預真が見ている景色が見えていない。

 しかし、預真の視線や言葉から読み取れる情報でそれを補うことにより、預真の見ているものがほぼ同じレベルで理解できていた。

 そして、右近が「ちょっといいかい」とテーブルの上に置かれたタブレットを持ち上げ、追加情報でもあるのか、操作しようとしていたその背後から声が掛かる。


「あら、綺麗な金髪。ハーフかしら?イケメンねえ」


 声の主は、ステンレスのキッチンバットにこんもりと大量のドーナツを山にした聖香だった。

 そして、母親という生き物はどうしてこうも子供達の企みに関して勘が鋭いのだろう。


「なぁに、また変なこと企んでるの?危ないことは駄目だからね」


 にゅっと目を三角に身を乗り出してくる。

 中学時代、預真が右近に巻き込まれる形で関わることになった騒動の中には、聖香にも伝わるようなものもあった。

 迫力のないふくれっ面の母にとっては、預真は元より右近すらも子供扱いだ。

 しかし、右近はそんな聖香の心配にも呼吸をするように嘘をつく。


「一般的な諜報活動ですよ」

「なら良し」


 正直、平然と下手な嘘で誤魔化すなど人としてどうかと思うが、それは納得する方にも言えることで、一体どの辺りに満足したのか「うんうん」と頷く素直過ぎる母親に、預真が頭痛を感じるように眉間を揉み解す。

 そんな預真を横目に、聖香は頭上にハテナマークを浮かべながらも、ウエイトレスよろしく持っていたアルミバットを小さな食卓の上に置いて「食べて食べて」と勧めてくる。

 そして、タブレットを閉じた二人が向かうそれは――形状的にはドーナツというよりも、


「サーターアンダギーってヤツですか?」


 とりあえず手に取ってみた右近が、まじまじと観察した上で料理名を確認したのは、聖香の趣味を知っているからだろう。


「インターネットで調べてねちょっと面白そうなレシビがあったからアレンジして作ってみたんだ」


 預真の母親である聖香の趣味は料理である。

 だがそれは、枕詞としてアレンジとか実験とかの言葉が付属するもので、

 二人はキッチンカウンターに行儀悪くも腰を引っ掛ける聖香に見守られ(逃げ道を塞がれたとも言う)、レシピがあるものならと躊躇いがちに口に運ぶ。

 そして、味や触感を確かめるようにゆっくりと噛み締めたそれは――、

 ドーナツなのに甘くない。

 いや、生地の甘みはたしかにある。

 だがその奥に潜む、この塩辛いホロリと解れる食感はなんだろう。

 瞬間、追いかけてきた潮の香りに預真の脳裏に想起されるのは流氷漂う北の海。


「どうかな?結構美味しくできたと思うけど」


 グルメ漫画のような時空に飛ばされかけた預真の意識を現実へと引き戻したのは聖香の問いかけだった。


「うーん。マズくはないんだけど。なあ?」

「そう?僕は美味しいと思うよ」


 味を問われて歯切れ悪くも無難な答えを返す預真に対し、右近が下したのは意外にも高評価だった。

 対象的な品評に首を傾げる預真に訳知り顔の聖香がかじった中身を覗き込んで言う。


「ああ、あっ君のはほっけの干物で、右近君のはノーマルのウインナーだね」


 聞こえてきたおよそドーナツとは結びつきようがないワードに、預真は耳がおかしくなったのかと聞き直す。


「ええと、なんでドーナツの中にほっけの干物が入っているんでしょうか?」

「ほら、あっ君ってアメリカンドッグ好きでしょ。アレの家庭用?のレシピでね。調べてる内に明太子入りとかいろいろ見つけたの。だから、冷蔵庫の中に余ってた昨日の残りのほっけも、四角く切って入れたら合うんじゃないかな~って思ってね。ほら、フィッシュアンドチップスみたいな感じで」


 微妙に丁寧になってしまった預真からの質問に、さも当前の事を言うかの如く答える聖香。

 確かにフィッシュアンドチップスは淡白な白身を使った料理で、コーティングされる衣も同じように甘みを持ったものが無いわけではないのだが、さすがに干物を入れてしまうというのは違うだろう。

 預真としてはそう考えざるを得ないのだが、


「いや、僕は普通に美味しいと思いますよ。というか、預真はもっと頭の柔らかいタイプだと思ってたよ。こういうのダメなんだ。美味しいのに」


 ノーマルを食べ終えて問題のドーナツ?を平然と口に運ぶ右近に見て、預真はローマの独裁官が宣った格言を捩ったような台詞を脳裏に過ぎらせるも、現実ではむしろ右近や聖香の方こそがマイノリティな思考の持ち主だという事を知っている。

 そうだ間違っているのは自分ではない。

 預真はそんな常識を心の中で語ることで、すぐに動揺を心の奥にしまい込むのに成功するのだが、


「何か失礼な事考えてるでしょう」


 そんな心の裡を見透かすように睨みつけてくる聖香に「別に」と、預真は揺り戻しを起こした動揺を無理矢理寝かしつかせ、

 顔に出ているとは思えないが、高嶺といい母さんといいどうやって見抜いているんだろう?

 今後の為にも調べておいた方がいいのだろうか。

 預真は真顔で問い詰めてくる聖香にそう考えざるを得なかった。

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