8(8/8)-アヴトリッヒ家の華麗なる食卓-
###8(8/8)-アヴトリッヒ家の華麗なる食卓-
「三度めはないわよ?」
「ぅ…………」
エリルリアによる尋問じみた問答は、
ついに今日で三回目を数えた。
「口ごもってるんじゃないわよ。」
「ぇ、ぇぅ、へぅ……」
この時点で、ルーの瞳には涙が潤み始めていた……
のであるが、
尚も人当たりのきついエリルリアの詰問は続いて、
「へぇ、じゃなくて、はい、でしょ!」
「ぇ、ぇぅ、ぇぅ、ぇぅ、はぅ、ぁぅ…………」
つまるのところ、
八つ当たり、である、というのはエリルリア自身も感じていたことであるが、
(あーあーあー、アタシの爪も、このままじゃ、のびっぱなしじゃないのよ…………)
かくにも退きがたい事情は彼女にもあるわけである。
「……あーあー、こんな愚図な子に好かれる珍しいやつは、やっぱりそいつも愚図なのが似てるから……なのかしらねぇ?」
「!」
……ルーの怒りが頂点に達した!
達したのであるが、そのことがまず最初に作用するのは、ルー自身の、その涙の水門が決壊すること……であった。
「ぅうぅっ、ぅえっ、うぇっ……えぇぇうっ、」
……
「えうっ、えぇん、っええぇんっ、えぇっ、ぐすっ」
ぷるぷると身体を震わせ、見開いた目は、エリルリアを見ていた。
その眼をつむらせて、ルーは、泣いて、泣いて、泣きに泣いた。
(ユウタ…ユウタぁ……ごめんなさい……)
ともだちの、ユウタ。
だいすきな、ユウタ。
そのことを守れない、自分。
自分の気持ちを、抱いている思いを、向けている愛を、だいじな感情を、守れない、自分。
もしかしたら、でもない。……ルーは悲嘆した。無力な己のそれ自身に。
友情も、好意も、彼が自分に掛けてきてくれた厚意の数々にも、
これまでのそれに何も返礼を返せないどころか、
今起きているそれへの棄損すら! 自分は戦うどころか、立ち向かうどころか、守るどころか、
それらをすべて……ボロボロにされている。
口が立つこの意地悪な叔母に、いいように啄まれている。
さながらカラスが生肉を嘴で啄むような、その一連だ。
その一連というのが、なにもなんら阻止ができずに、己というのを餌にされて、啄まれている。…
その相手への侮辱を、泣いて見過ごすことしかできない、自分。
いろいろなものへの、力およばなさ、怒り、悲しみ、……
それが、悔しくて、悲しくて、つらくて、ただ、悲しくて。……
(ユウタ…ユウタぁ…たすけて……)
はらはら、ぽたぽた、と、涙はルーの両目から垂れ落ち続けた。
とめどなく、止むこと無く、流れ続けた……
斯様に、なきじゃくる、ルー。
「……泣けば許されるとおもってんじゃないわよ!!!」
「びえぇええぇん!! うぇぇええぇええぇん!!」
さらにキツい言葉を掛ける、エリルリア……
そうして、ルーも泣くことの激情をふくらまして、さらに、泣き続けた。
「ぐすっ、ぐすっ……」
屋敷の廊下の隅に、うずくまって、丸くなって、
ぺたり、と座り込んでいる、ルー。
あれからさらに三十分拘束されて、やっと先ほど解放された。
気力も精神力も使い果たし、
肉体的な疲れも、相当に蓄積されている。
だが、それでも涙はとまらない……
「……おお、ここにおったか、ルーや」
「! お、おじいさま」
そこに、廊下の奥から現れたのが、ガーンズヴァルである。
「ルーや、……すまんのう、」
「あぅ、ふ、ぇ」
ガーンズヴァルは、己の肩に掛けていたブランケットを、取り外し、
この寒くて冷え冷えとした廊下でうずくまる、ルーの背中に、そっ、……と、やさしく、掛けた。
やられて、傷つき弱ったルーにとって、なんとも言えぬ、仄温かさがそれには帯びていた。
「いぇ……、いいかえせない、ボクがだめなのです。ぐすっ、……叔母さまも、何時もそういってるの……」
「……ルーや、ルーやは、少し気心がやさしすぎるのう」
「そぅ、で、しょう、か、?、ぐすっ、……」
顔の涙をグーにした両手で振り拭って、ルーはガーンズヴァルに、そう返事をして……
「あっ!」
その事の発見に、
目を見開いた、ルー。
みると、
指に包帯が巻かれている。
ガーンズヴァルの、指にである。
「おじいさま! そ、それ……」
「うぬ? おお、これは、……」
見たことがないわけではない。
たまに、みなれているものである。
こないだまでは、自分の指でもそうであった。
メイドによって、指の伸びた爪を、ナイフで削いで貰ったのだろう……
そして、それに多少、失敗が加わった、と。
(ツメキリが、あれば!)
ルーは、そう考えた。
「おじいさま……きょうは、ボク、もう部屋にもどります……!」
「? そうか、ルーや……」
涙を浮かべることも忘れて、ルーは決意した顔で、
廊下を自室へと向かっていった。
(あしたこそ……)
(ユウタ…………)
ルーは、自室へと帰って行った……
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