1(1/8)-アヴトリッヒ家の華麗なる食卓-
###1(1/8)-アヴトリッヒ家の華麗なる食卓-
さて、翌日にルーテフィアの再度の来訪が果たされる前の、その前日。
――その日の夜の、アヴトリッヒ家の夕食の席でのこと。
「むふ~、! 見てください、おじいさま、おばあさま、イリアーナ、タチアナ、!」
「すごい……あの畜生顔おとこ、やりますね!?」
「……わたしがきるよりも、きれい……」
メイドたちが感心するのは、ほかでもない……
現代日本の道寺橋家にてニート青年ゆうたによって丁寧に施された、
つめきり……の、その仕上がりについてである。
「手動?の機械、をつかって切られたのですよぅ! こう、カチャカチャ動くのですよぅ、それをつかって、こう、ぱちぱち、ぱちっぃん! と!」
「おぉ~!」「……なるほど、」
おこさまらしい身振り手振りを、
うれしさのままにぶんぶん振り回しながら交え、そう説明したルーと、
感心しきりのメイドどもである。
「ふむ……ユウタァ、とやらめ、我の孫に、こうまで手厚く……」「そうじゃのう、ガンズヴァル……」
ルーの祖父と祖母……ガーンズヴァルとその細君も、感心しきり。
「ふーん、」
その中にあって、厭、その疎外にただひとり自らを置いて、
一人、胡乱げな表情で一連を見ているのが、ルーの、叔母……
安い葡萄酒の入った手元のグラスを呷り、
ふはぁー、と息を吐きながら、
「……、、、」
「?……、なんでしょうか、お、おばさま、? 」
ルーの叔母さん……は、その剣呑な眼光と雰囲気に萎縮したルーの、おびえた誰何に、顔の眼鏡を光らせて、
「あんた、そのツメキィリっての、その男から貰ってきなさいよ、」
「え?」
ルーも、その他一同も、唐突なその叔母の発言に、場の様子が固まった。
「え、え、えっ、えっと、でも…………」
常日頃からこの叔母に虐げられているルーである。
そのルーは、
とたんにみるみる内に、顔に汗をいっぱい浮かべながら、である。
そうして緊張しながらも、この己とこの叔母との関係性の中であって、
最大限にして、精一杯の抗弁をした……のだが、
「デモも決起もないわよ。
あんた、なんのつもりで、そんなケガなく綺麗に爪を整えてもらえるだなんて、そんな贅沢やってきたわけぇ?」
「だ、だ、……だって、だってぇ……」
「アタシもそんな贅沢、してみたいなー、
愚姪、あんたはねー……」
「これ、エリルリアや、待たれよ。」
みかねたガーンズヴァルが、仲裁(取り持ち)の声を一声した。
であったが、顔から脂汗をかきながら、垂直に立ったまま石のように硬直している状態のルーに、尚も叔母のエリルリアは胡乱げな目を向け続ける……
そうしてルーの身振りは、さらに硬直した。
「不錆鉄でできた、手の中にはいる大きさの手動機械ぃ??」
「ぇ、ぇ、ぇぅ、……」
「ずいぶん高価そうなもので、もてなしてくれたんじゃないのよ、あんたなんかちんちくりんが、よっぽど気に入られたのね?」
「あ、ぁ、あぅ、ぁぅ……」
「これ!」「む……」
仲裁する声を掛けるその細君・エリルローズと、うなるしかないガーンズヴァルである。
この家庭では、この気難しいエリルリアがこうやってルーテフィアのことを威圧し、一方的にいたぶるのが、
誰からの仲裁も不発になってしまうのが、
もはや日常の光景の一部と化しているのであった……
「あんたなんてどーせたいしたこと出来ないんだから、たまにはこの叔母に、いい働きをしたらどうなの?」
「!?」
「これ! エリルリア!」「むぅ……!」
その日常劇は、いつもルーテフィアには、決まって、微笑みを向けてくれない……
それが、ルーの、日常。
(あ、ぅ、ぁぅ、ユウタぁぁぁぁぁ…………たすけて…………)
つい先ほどまでの、ゆうたとの楽しい時間を、思い返す……そうしながら、ルーは心の中で泣きはらすしかない。
肉体の方は、
ルーは目に涙を貯めて端から涙を零しながら、
なんだかそれの前まで軽く感じていた尿意も無くなるほど、水分を体外へと失われていくのを感じながら、
絶望の声を心の中で呻くしか無かった……
「つめきり、ねぇ、」
「男が、ルーに、ねぇ……かいがいしく、ねぇ」
心も体も泣くしかないルーに、さらにたたみかけてきたのはエリルリアであって、
「あーあー、いいなー、いつの間にかそんな男たぶらかしちゃって。」
ぐぴり、と、エリルリアは今度はボトルから直接、葡萄酒を呷りながら、
「アタシの下僕にしてやろうかしら……?」
「!」
(ボクのユウタに、なんてそんな、ひどいことを!?)
愕然としたルーであったが、今度ばかりは怒りに着火した……
(如何に叔母さまとはいえ、ぼくの、ボクの、ボクの、ぼくの、ぼくのっ、たいせつな、たいせつなユウタを、ユウタのことを、色目かけてきやがって! そんないいぶりで!!!!)
(ボク、ボクは、ボクはどんなにいたぶられても構わないよ。だけど、だけど…………!)
(ユウタはボクの、ボクの、なんですから!!!!)
(ゆるさない!!!!!)
そう決意したルーである。
ずずっ、と、鼻水を大きくすすって、目を上げて、
決意を声にだして、ついに今度こそ、この家庭内における長年のパワーバランスの膠着に、翻意を翻そう……として、
「お、ぉ、ぉ……」
……
「ぉ、ぉ、ぉ、お、おぉ、ぉお、」
「ぉ、おば、おばっ、おばさ、ま…………」
………………
「………………」
…………
「…………」
「……。」
……、。。。。
「どうしたのよ、アンタ?」
「ルーや……」「ルー? どうしたのかのう?」
(…………、、、、)
(……………………。。。。。。、、、、)
(…………ゆぅたぁぁ……、ごめんなさい。…………
いいかえすどころか、おこることさえ、ぼ、ボクには、できないぃぃぃ…………えぅぇぅえぅぇう…………)
泣き呻くしかないルーである。
一方、その原因たる当のエリルリアは、ひょうひょうとした態度と面持ちで、
「まったく、愚図な子…………」
「これ! エリルリア!」「むぅ…………」
そうとまで、遠慮もなしにいってのけた。
「これはしつれーしました、おかーさま、おとーさま、……」
一方…………
なんら悪びれることなくエリルリアは不敵に嗤うと、
「……でも、“欲しい”でしょ? おとうさんも、おかあさんも」
「……!」「む、ぅ……」
「……あの……、」「エリルリアさま……その、」
「なぁによぉう、ホムンクルスが主人に言立てするつもり?」
「! ぅ……」「……ぅ…………」
いつもは万事慌ただしく荒事も雑事をこなすメイドたちも、このエリルリアには逆らえない……。
「んじゃあ、あんた、明日でもいいから、やってきなさい?」
「ふぇっ?! は、ぃ……」
そうして、方針とその実際は、おおまかに決まった……エリルリアによって、ルーに求められる形で。
(ユウタ……ボク、だめな子です…………)
ルーテフィアは、心の中でしくしくと泣くしかなかった……
一方、
「まったくかーちゃんめ、本当に家族会議をやるとは……」
――ゆうた、こら! お父さんに目を合わせなさい!
「ヘイヘイヨ……」
ややかまい方がうっとうしいくらいで、
体罰とかスパルタ教育とは無縁の、
至ってやさしいご両親の下に生まれ育ったため、
ゆうたも、のびの~びと今晩のこの説教を聞き流している(そして親たちもそれを許容している)
そういう次第である。
「親父よぅ、楽しみにしてた焼き肉セット遣っちまったのはあやまるからよぅ……」
――肉の問題じゃないんだ。
ならあ、どうされすってので?
――メシの話はそうだが、そうすると、ゆうた、おまえの話を聞くと、そのご家族方は、毎日のごはんにも苦しむほど生活が切迫しているんじゃないか!
いちいち怒鳴らないでくだち……それで、それがどうしたと?
――だからな……
…………
………………
………………
夫婦同士だけあって、この父と母は、似ている。
話の行き来が坩堝と化して、話の終着点が行方不明となってしまっていた。
そんなお父上のご説教を聞き流しながら、ゆうたはあさっての方角をみながら、
(これからの俺の日常生活は、どうなるのやら??)
そうとだけ、暗唱した。