イメージテキストその五:アンブッシュ・月夜の畦道にて、
夜、
二つの雲の狭間から満月に照らされる大地。
その地表の、緑の生い茂った、農道のあぜ道。
レムリアの村のその外れで、シミターの機体が、茂みに潜み伏せる(アンブッシュ)形で機のシルエットを隠していた。
機の体勢を、東の方角へと構えて。
待ち伏せているのだ。
いや、その形容も正しくはない。
今週中で三回目になる停戦の再開と中止は、仮の停戦監視線の敷かれたこの村の近くでの、散発的な戦闘を招いていた。
その仮の停戦線というのも、
この三回目の中断を踏まえた現在いま、
本格的な敵との分断ラインへと、形質が変化しつつあった。
レムリアの村には、エルトール国国防軍の、最前線の司令要員の駐屯所が構築されつつあった。
そんな中にあって、
この部隊にシミターが供されたのは、本来はその実戦証明と性能の確認を、国防軍本体が、自ら自身たちでの採集と評価の為の研究蓄積を、求めていたからに他ならない。
だが、今この時に至っては、
その性能にアテ込んで、臆病な司令部要員たちが、己らを守るための、使い勝手の良く便利で体の良い、護衛代わりに運用されているというのがその実情であった。
「どうだ、キサマは初めての実戦だが、もうこのクルマ(・・・)には慣れたか?」
「え? ぇえ、えぇ、はい……
慣れると言うよりも、慣れさせるしかない、というのが、正直なところの感想です……」
「フム、キサマは器用なごまかしができないやつだな……
わたしも同じくだ。こちらも嘘は言えない性分でね。」
はぁ、と答えることも、前席操縦手の兵士は躊躇われた。
なにせ、今日一日中付き合わされたのである。
しゃれたユーモアにそう何度連続としてもてなし返す才はないと自分でも任じていたし、
なおかつ、人を食ったような人格の、この上司の相手は、もう疲れた……
話題の持ち合わせも、もうしばらくの間、新聞ともご無沙汰の自分には、そんな物はないのであったし、
そのことも考えてみると、自分には、出所の怪しい新兵器であるこの機体……C.V.T、シミターへの適正と、この上司への適正、
その二つの適正がないのではないのかと、ノイローゼぎみに考えがよぎったりもする。
(つくづく運が無いか、この俺も、このシミターも)
そう思って毒づいたのは、その当の後席コマンダーの、上司……とぞんざいに言われた、この車長の男も同様であった。
二人の暗唱は、可笑しいことに内容もそのまま、被さったのである。
( 最前線で、新人教育の促成栽培。無理矢理の実戦投入で無理矢理、知見を得ようとする。
なんの拷問だ?
後方で鳩ぽっぽ(リンクトレーナー)を使うのが、より充実した教育を施せるだろうに……
この機体に掛ける熱意と思惑と現状のところの評価というのが手にとれるかのようだ。
直接命がかかってる分、村の本営の奴らの方が、まだこのこいつ(シミター)にマシな評価をしているだろうよ。
そしてそれに乗せられた、この俺の人事査定というのもよ、 )
即物的な方法では解消の難しい苛立ちで
いらだっているのもあるから、今日一日中、この前席操縦手をいびり倒していたというのがその実際であった。
(まったく、お偉方め、この俺にこんなケッタイなシロモノを任せて、どうとしようというのだ!?)
こちらの男はというと、いかんせんこないだの開戦からのめまぐるしい戦いの連続によって無理矢理に戦争処女をこじ開けられたのもあるが、
そうでなくとも、平時から偏屈さで知られるところの人物評であった。
果たして、常識とはその人の身につけてきた偏見のコレクションだとは、誰が述べたことだろうか。
そんな車長の男も、自らに任され与えられた、この奇天烈な新鋭兵器のこなし振り方というのを、イマイチ定められずに居た。
階級の高さは、すなわち一定以上の思念旅行の随想の自由を制限する枷でもあった。
なので彼なりの偏屈さでこの現状の己を省みて、
そのまま、自らの処世と重ね合わせてのことなのかも知れない。
車長の男も、シミターのゆりかごを与えられただけの、迷える赤子の一人であった……
まあそれはともかく、
(…………――‥‥‥………………)
この場に、シミターは四機いた。
まだ、このシミターC.V.Tの運用法とその常則は目下のところ研究中であるため、
この四機編成を二機の分隊を二個ととるか、
三機一個小隊に司令機の一機が追加で加わったものととるか、
当の部隊を構成する部隊員自身らも、頭を悩まし、未だ判断つかぬるところの問題であった。
まだ村の方の本営に、予備機ともう一つの分隊分として、三機が存在している。
そちらの方は、村の本営の直接護衛の分として、温存と安置が図られていての処置である……
つまり、合計で、七機、
そのシミター機が、はるばるアブトリッヒ領から産地直送で、量産試作相当の先行生産機のそれが、まわってきた、ということである。
機体と乗員は、三機が先行して到着していたのを、しばらく運用していた……車長の男は元々はそっちの乗員で、
追加で一週間前にアヴトリッヒ領・領都のトレーニングセンターを出発してから、一日で到着した残り四機とともにこの村を本拠に、ここ近日の不穏な現況に、その都度の対応と対処を図ってきた。
その際、自分の機のドライバーと、慣熟度向上の為にスワップしたのである……
今日に至っては、
今から四十五分前に本営の警備機と交代する形で出動がかかり、
そうして今まで、このここで、警戒についていた。
この場の四機は、この農道のあぜ道に、チェック・ポイントを置くような形で、
全機がアンブッシュして隠れ伏せている。
シミター機の降着姿勢を応用した、
姿勢変形による車高降下の為の運用法のひとつである…
…これは製造元で、すでにやり方が研究されていた。
したがって、この部隊のオリジナルということでは、ない。
昼間であれば、美しい田園が、この道の左右に広がる。
道の村側、村の向こうには、緑豊かな森がある。
道の、敵国側には、綺麗な湖が存在する……
土の露出したあぜ道に両脇を造るように、何本かの木立と、背の育った茂み。
それらの中に隠すように、機体は降着姿勢の可動を用いて、伏せられている。
「!」
司令部からの暗号符丁通信が入ったのがたった今のことである。
内容はこうだ。「鳴子を敵が通過した。」……
通行を検知するトラップに、関知があったのである。
しかも、そのときの判定は、味方友軍のものではない……
「ジャミングは?」
「地表経通の相手からの探知はできてないはずです……」
「そのようだな、この俺の魔法力のセンスでも、機の感覚は伝わってこない。」
機のセンサーでも探知が入り、裏付けが取れた。
司令部直属の偵察のワイバーン航空騎兵による、敵部隊の捕捉があったのが、先ほどという事であった。
それを受けての、この警戒配置の実施ということである。
そのとき、上空に、閃光のいくつかが打ち上がった。
味方側からの、噴進魔導棍(攻撃用ロケット弾)…………ブラストログの斉射迫撃である。
おそらくはこちらに向かってくる敵の、その支流根元に相当する地点への、数減らしの為の迫撃であろう。
西側からブラストログが垂直に近い角度に立ち上り、そこから弓なりに軌道を描いて、東側の真っ向へと向かっていくのが見えた……
月が照らす夜の闇を、
白ばんだ炎光と光条が、流れるように彼方へと墜ちた。
続いて、第二射めが加わる。
先ほどと同様に打ち上がった炎光が、粒のような光点の集合になってからその同数の光の筋の通過となって、
そして……遠くからの轟音……炸裂音……の連続となった。
秒としないうちに、そんな一連が、ここではない遠くの戦場の音として経過がされた。
この場の人間たちには、音や光を通じた間接的であるが共通の体感として、その経過の一瞬がもたらされた。
……同様の経過をしたらしい敵方であるが、しかし、それ故に、彼らなりの判断がされるものであった。
「車長、陸上の敵反応、まだこちらに前進してきます」
「後ろに下がろうにも爆裂と炸裂の地獄だろうからな……
部隊各機、機体の電源と火器官制を立ち上げろ、
すぐにでも攻撃できる用意をつくれ。」
車長であり部隊長の男は、機体光学系の望遠をつかって、あぜ道の向こうの藪の奥に、神経を向けた。
……
…………
………………、
「みえた、……」
同じ望遠視界のオーバーライドを見ていたのか、先にそのような言葉を漏らしたのは、果たしてドライバーの兵士の方であった。
「ム……」
数は……影の大きさは、……歩兵級…………それから、ゴーレムの駆動音…………歩行の反応…………それが複数………………
歩兵はまばらだ、……随伴歩兵だな……
「ば、バルカン……とやらの管制は、こちらがやればよいのでしょうか?」
「ドライバー、キサマは操縦にすべて集中しろ。……バルカンは適宜操作だ。基本、射撃周りは俺がやる…………」
車長からのぞんざいな言葉である。
しかし、永劫かのように時間の一分一秒が経過するそんな感覚のこの瞬間に、
果たして自分は、いつまでシミター機の機体を伏せさせておけば良いのか……
と、ドライバーの兵士は虚の中に居るかのように、そう思った。
「前方、距離1500、光線光!」
不意に、相手の敵方たちが、行動を開始したのがそのときであった。
暗夜の暗闇に、赤色のレーザー光が、点るように続く……
放射されたそれが、左右へと何度も、目を泳がせるかのように走査される。
これは、光魔法の一種で、目標や異物を発見する際に行われる、捜索手段のひとつであった。
魔法としての難度はそこそこあり、それをこうも安定して、運用することができるのは……
「……索敵用のレーザー・サーチだな、…………とすると、相手には魔道士か、戦闘ゴーレムが存在する、」
「こ、この機体で倒せるのでしょうか……?」
「不安に思うか? このデカい獲物を持ってても、」
そういって、車長はおどけたように機のマニュピレータの右腕を微動させた。
その巨大な手に握られているのは、これまた巨大な、ライフル……正確には、九十ミル・コッカリル砲と通称される、シミター用の大型携行火器の、その姿であった。
「自分は……まだ、撃ったところも見たことがありません、」
〈自分もです、〉
〈私も……〉〈じ、自分もであります!〉
「…………」
車長であり指揮官である男は呻いた。
そういえば、今日のこの面子どもは、全員後から来たペーペーどもなのだったなあ、と……
(お守りじゃねえんだがな……)
うめき声が出ていたかは男以外の通信の相手に聞こえたか聞こえなかったかだろうが、そのようなうめきの内容は、男は歯と舌の根を食いしばることで、それを防いだ……
……
その男の動揺はともかく、
その推定・ゴーレム戦力相当からであろう
光線の瞬きは、なおも続いた。
「ゴーレム・デザントだよ、
おおきいのが、すぐに来る!」
大声を出したわけではないつもりだったが、口が荒れがったのは、果たして腹積もりの外であったろうか。
……
そうもしない内に、闇夜の向こうから、“敵”が這い出てきた。
…………
シミターたちも、機体の腕部を微動させて、それらへの射撃の即応と、照準の準備を執ったのはそのときであった。
「交戦開始線に達した敵から、優先して射撃する……」
〈は、はい、……〉
「距離1300、――今!」
ドォウンッム!
――一体目の装甲ゴーレムの機体を、繰り出されたコッカリル砲の弾丸が、一撃で真っ二つにかち割った。
〈い、一体め、〉
「二体めがきたぞ、次、今!」
ドゥンム! ――二発目のコッカリルの弾体が、
ガルバーニの機体の胴をめちゃくちゃに打塑し陥没させ、撃破。
〈二体め!〉
「三体目がじきにくる! 次、もうすこし……今!」
ドオォッム!
そして三発目の弾丸……
敵機の機体は、みたび、撃破された。
「歩兵がたじろいでるぞ! バルカン、射撃開始!」
〈了解…………!!!!〉
四機の機体から、バルカン砲の銃火が噴かされたのが、その瞬間であった。
放射された四門のバルカンの火線が、ゴーレムが撃破されたことで硬直した敵の歩兵たちに、塗りつぶすように銃撃されていく……
こうして始まったこの夜からの戦闘で、
正式編成された中ではこの第一個めのシミター小隊は、
敵侵攻部隊のその大半を、このレムリアの村近郊での戦いで、損壊せしめることに成功していた。
一連の戦いが終わったころには、
夜は更け、明朝の朝日が、
山間の稜線の群青から、シミターたちへと、降りそそいでいた……





