3(3/17)-異世界っ娘がやってくる-
###3(3/17)-異世界っ娘がやってくる-
森の奥の祭壇……
「……、、、、」
祭壇の上にそれだけが浮かぶ扉の前で、
ルーはその部分を凝視していた。
なにということはない。勝手口の扉のドアノブ部分を、である。
しばらく見つめるのが続いた後、
恐る恐る……ルーテフィアはドアノブを掴んで、そして……
「……あっ!」
手をかけて回す。
すると、ガチャリ、と音を立ててドアノブが回った……
このとき勝手口の扉の突破は、ルーテフィアにとって幸運なことに
あっさりと叶うことができた。
「むふ~、♪」
まずは第一関門の攻略には成功した……それによって得た自信がルーの行動を大胆にさせる。
扉を開いたルーテフィアは、
勝手口の向こうの室内をきょろきょろと伺って覗いた後……
「さぁ、ぼうけんのはじまりです♪」
いわば現代日本の礼儀も作法も知らない異世界人たるルーテフィア。
その異世界人からしてみれば、
ただ目立つ特徴としては純住居型なだけのこのダンジョンが、目の前の扉の向こうとして用意されただけであるわけだ。
当然、だんじょんに靴を脱いで……という心の持ちようを、持つ筈もない。
ぺたぺた、どか、……どかどか、
土足のまま……いつもルーが履きこなしているブーツのまま、
その日本住宅の家の中へと上がり込んでしまった。
みしり、みしり……
あまり体重の重くないルーテフィアだが、
しかし硬質なブーツの底で、年代物で使い込まれた、床板のフローリングが悲鳴のようにきしみを上げた
「なんだか、この床板うすいかんじがするなぁ。
ヤスブシンってやつなのかのかな?」
とんとん、とブーツの足裏で、床板の感触を確かめる……
「やっぱり、あんまり頑丈じゃないような……なんだか踏み抜いちゃいそうだなぁ…………
……でも、ま、いっか!」
ルーにとっての……
異世界のだいいっぽめ、
というのはそのように相成ったわけである。
そうした経緯を過ごしたのち、
「ほぇー…………」
ルーは、目の前のモノに、見たり触れたりしながら、その場で惚けて(ぼけて)いるしかなかった。
なにせ、
これだけ、へんなものや、かわったもの、よくわからないもの、
が一堂に会したショールームなんて、まあ屋敷の方の宝蔵庫には……
「ぅっ、ぇぷっ、――ごほんごほん……ぅぅっん」
……やめよう、あそこにはルーは苦い思い出があった。
それはさておき、この扉の向こう側。
ルーテフィアというこの小さな異邦人にとってはそれ相応の、のっけから面食らうシロモノが、たくさん待ち受けていたのだから……
ルーの目線から見えるモノは、
いわゆる現代住宅のキッチンの様子だ。
これが、なかなか興味をそそられる。
「ふふーん? ふむ、ふむ……うはっ?! ぉ、ぉうっふ、なるほどぉ……ふむふむ、フム。」
第一に遭遇したのは、なにやら謎の素材でできている…
…慎重に、材質に指を触れさせて、
“自分の異能”を使って確認してみたところ、
指を当てたときの反応は、
なんと、自分たちの世界では物珍しい不錆鉄などですべてが作られている!……
そんな、台所の銀色のあつらえ物と、
同じようにステンレスや、軽白銀……アルミでつくられた、台所の用品など。
それらがふんだんに使われ、整然と清潔にされ、いつでも使えるように準備が置かれた、そんな、この家のキッチンの光景である。
ルーにとっては、まるで宝箱の中身だ。
その中にあらわれたルーテフィアは、なにも気に留めることなく
ぺたぺた、ぺたり、とあちこちのアレコレを無邪気にさわったり見たり触れたり。
「これは……?」
そんな用心の気のない延長で、
試しに目についた物を、さわってみようと思ったルーテフィア。
試しに触れて……
「わっ?! 生水だ!!」
じゃああああああああああ…………
蛇口に触れて回したところ、出てきたのは透明な……“ただの水”。
「でも……、ふつうの水じゃない……?」
目聡いルーテフィアはやがて気づいた。
わずかに、成分の手応えが違うのが“わかる”のだ、
ふつうの、自分の知る「ふつうのみず」に比べたら、
薬品と思しきものの添加はあるとすれ、
不純物は取り除かれたうえで菌類は滅菌されていて、なんだか安全そうだった。
そう思ったルーテフィアが、水に指先を触れさせながら、
少し思い当たりを考えた後……
「あっ! あのとき、飲ませてくれた水と同じ……」
思い当たることに行き当たった。
あの親切な旅商人さん……が、
あのとき水筒で飲ませてくれた、水とおなじだ!
「あっ……」
そうすると……、やはりここが、あの旅商人さんの?
「おうち、なんだよね……?」
そう思い当たると、ルーテフィアは、
胸の奥のどきどきとした感情とわくわくという感情が、
いっぺんに脈高く胸を打つのがありありとわかった。
「むふ~……///////」
かんがえていると、なんだかほっぺたがあったかくなってくる……
待望の感情……というのが言い表すのに当てはまるだろうか。
あの奇妙なやさしいその人物に、また会えるかも知れない、
という気持ちの。
「――……――」
こころの気持ちが、じんわり、と暖かになる感じが、
いま、ルーに去来していた。
自分のケガした指に、あのばんそうこう、という物を巻いてくれた、
その時の記憶が、ルーの中で、よみがえった。
ふっ、と目を閉じて、そのときの、相手の真剣さを……
まぶたの裏で思い返す。
「ゆうちゃんさん……」
自分の受けたご恩を、かならず。
このちいさなルーの小さな決意である。
でも、もしかしたらそれ以上の感情と大切さが、自分の心の中で暖かく満ちていて…
記憶の形になっていたそれがよみがえった今、
湧き出るように、心の泉から染み出ていて……
とくん、
……だばだばだばだばだばだば……
「あっ、」
不意に、現実に引き戻されたのは止めどなく続く水音に、であった。
まあそれはそれとして……なのだ。
どうしよう、
「あぅ……、」
蛇口を閉める、栓の向きがどっちがどうなのか、わかんなくなってしまった……
「え、えぇっと、水を止めるには、どうしたらいいんだろう……?!
え、えぅ~~……――」
じゃあああああああああああああああああああああああ……
どばどばどぼ、
…………
「ま、まあ、いいでしょう。もしかしたら、あの金属に触れてしまったことによる、ボクの起こした奇跡かもしれませんし!
放っておけば、奇跡は止まって水も止むはず。
そ、そうだったらいいなぁ……」
そういうわけで、水の出続ける蛇口は放置されることとなった。