幕間…縁起物、覆水に帰らず…-500円のファンタジー-
###幕間…縁起物、覆水に帰らず…-500円のファンタジー-
* * * * *
「…」
……
「……」
………
「へぅ~!? へ、へんなもの、もらっちゃったよぅ…」
おうち…屋敷に帰った後、ルーは惑っていた。
「こ、これは……サカナ?」
珍妙な見た目の……それにしても、なんであろう?
丸々と太った黄金色のサカナ、それがこの菓子の見た目であった。
なにやら布でも紙でも鉄でも木でもない、よくわからない材質の、包装?包み……
しいて言うなら、固化した樹液に似たようなものが、このくらいの、紙の如き厚みであったならこうなるであるかのような。
先日の“ぺっとぼとる”の事が念頭にあったこともあり、ルーはこれは簡単に解くことができたのだが、
……出てきた肝心の中身というのに、ルーは面食らった。
「…きれいな、焼き色、ですね?……」
それは、見るからに見事な黄金色で、
「かりかりで、さくさくしてそう。……」
ちいさな爪の先、ちいさな指の腹、ルーは己のそれで確かめて、触ってみる…
香ばしく焼き上げられたそのモナカ皮の外皮は、
包装が、内部に窒素充填されたアルミ蒸着フィルム製のフレッシュパックだということもあって、
まるで焼き上げたばかりのごとき、新鮮さと状態品質の完璧さを今もって維持し、持って得ていた。
「……いい匂い、が、します……」
……くぅぅぅぅ……
「はゎ、……/////」
あまりに上品なその香味に、おなかの食欲というのは正直でもあろう。
はたして、ルーの警戒感というのはほぼ解けかけていた。
しかし、それでも、怪しいものには用心しなさい! という、
敬愛と尊敬をしている祖父からのいいつけを、思い出して、
今すぐには、と、……躊躇した。
……それでも……
「……そ、外側だけ、ほ、ほんの少しだけ、かじる、だけなら、いいよ、ね?」
鼻の先を近づけて、……匂いを嗅いでみる。
「ぁぅ~~~~……//////」
たまらない!
焼き菓子の匂いだ。
もっとも、このちいさなルーはそのようなものを食べたことは物心付いた後には特別な時以外に殆どなかったので、そのことへの思い当たりというのは、まあ記憶の底にしかなかったわけなのだが……
それでも……いい匂いだ。
なんともおいしそうな雰囲気が感じられる、そんな様子であった。
「…………、、、。。。、、」
、、、、。。。。。、、、、
「たべちゃおう。うん。」
ルーはとうとう、誘惑に負けた。
「も、も……もし、これにかたどられているのが、深海のアクマたちのシンボルであったらダメなものでしょうが、
そ、それでも、この、へんな? い、いや! ふ、ふしぎな、この食べ物というのに巡り合えた幸運に!
て、天の女神さま、天使さまに感謝を捧げながら……
い! いただき、ま……」
小さな両の手のそのちいさな指の先で、大切に大事に小さくそれを掴んで、
そして、おくちを大きく開けて、あ~ん、とさせながら、その最初の一口を齧ろうとして……
食べようとして……
「い、いただき、ま!」
ひょい、とその黄金色の鯛が取り上げられたのがその瞬間の時のことだった。
がちん!
「へう゛!?」
肝心のそれが、寸前で、その人物に取り上げられてしまったのだ…
…結果、勢いよく齧りつこうとしたその白い歯の先が、
空を切って、がちん、とかみ合わさって……
「え、えぅ~~~~~っ!!」
悲しいことに、かみ合わさった前歯の先が、ちいさなルーのその赤くて小さな舌の先を、ほんの多少ではあったが……やや齧ってしまった!
その痛みでルーは、悶絶していた。
「う、ぅええええ~~~~~ん!!」
「ルーや! 泣くのではないぞ…こんなことで……」
「へぅっ?」
声の主を振り向いて、ルーはその相手に、畏れかしこまった。
「お、おじいさま!」
「ルーやよ、今日もまた、裏庭の探検に行っていたとか」
「そ、それは……へぅ……」
普段の沈着冷静で寡黙な表情にはあまり表さないが、この祖父は心から優しい。
ルーに対しては、さらにそうなのである。
なので、ルーも、この祖父の機敏を知りえている。
こうなっては、余計なごまかしは、祖父が悲しむ……なので、だめだろう。
「ご、ごめん、な、さいっ、」「うむ……」
翻って、ルーの機敏の大概の事にも快い祖父である。
ルーは率直に謝罪しようとして……
「!? お、おじいさま!!」
「なんだこれは?」
遅れて、ルーは把握した。この状況をだ。
先ほど食べようとしていた、あのサカナの形の焼き菓子。
それが、祖父の手の中に、取り上げられてしまっている。
老いているとはいえ祖父の身長には届かない。
今のルーの身長では、取り返すこともかなわない……
「!! サカナ……これは……」
「え?」
かつての勇者としての予感に、背に冷たいものが走った、…とはこの祖父の後日の弁ではあったが……
孫を一瞥したのち……祖父は、
「?!」「…フム」
ひょい、っと。
「……やけに美味そうな匂いで焼けて燃えるのう……うぅむ……」
「あ、あぁっ?!」
黄金色の鯛……福福鯛は…
取り上げた祖父は、傍にあった暖炉へと、その焼き菓子を、放り入れてしまった!
……ぱちぱち、ぱちぱちぱち……
まるでルーへの別れのあいさつかのように、暖炉の火の中に放り入れられた福福鯛は、
ぱちぱちと音を立てながら、灼けて燃えて、炭と灰にと、姿を変えていった…
「あ、あぁあ……」
暖炉があるここは、屋敷の食卓の間であった。
そんな中で、やけにおいしげな香りと匂いを立てながら、
福福鯛は……灰にへと変わっていった……
「う、ぅうっ、」
(りょうみんさん……たびしょうにんさん……)
このお菓子?を渡してくれた、あの去り際、別れ際のその姿を、ルーは涙で潤む瞼の裏で思い出そうとしていた。
……去り際のその顔の表情は、今日は見ることができていなかった気がする。
それでも詫びと謝罪の念を思おうとして、
そうして幻視として見えたその横顔は、ひどく悲しんでいるものが想像できた。
「うぅうっ……うぇええええあ~~~~~ん! びえーん!!!!」
「どうした、ルーや?!」
申し訳なさでいっぱいになったルーのこころは、悲鳴のように涙を体の目から流させた。
一方、焼ける福福鯛からの立ち込める香りに、そうしたのはやや惜しいとは思っていた祖父は、
その突然のルーの落涙に、戸惑うしかなかったのであった……