12(12/18)-黄金色の森の向こうへ-
###12(12/18)-黄金色の森の向こうへ-
「そうじゃなくて!」
ビシィ! というツッコミがようやく入ったのは俺がトドの形態模写を繰り返す事24回、それが25回めの大台に乗りかけたその時に、男の娘がハッっとなった様子で声を上げたのがその瞬間だった。
「えぅ~~~~~っ………!!! ………こほん、こほん、こっほん、こほっん、……ふぅ、」
俺を遮った男の娘は、しばしの憤怒の表明を経過して、一息分の息払いをして呼吸と形勢を立て直した後、再びニコニコ笑顔を顔に張り付かせていた……数秒の虚無の表情を経た後に、
んでもって、俺にその表情を、ピタリ、と合わせた。
合わせられていた。
「りょうみんさん、りょうみんさん、」
こんどはなんぞやか?
…とフレンドリーに応答しようとした俺は、そいつの顔を見て、のけぞった。
ああ、確かにフレンドリーに笑顔を向けてきてくれてたではあろう。そう、“笑顔”を。
……
ロックオンされている状態だった。セーフティーが解除された状態の相手に……
その表れか、
『くりかえしになりますが、ボクって、この土地の領主の孫なんですよね?』
何故疑問形になる?
と思いきや、
『ボクのお礼……そんなに聞きたくないのかなぁ? ボクへの臣下の礼儀もおかしいなぁ? 妙だなぁ? あれれ? このひと、おかしいなぁ? おっかしーなー……』
なんと! 実力行使に出てきやがった。おぉー怖ぇぇ――……
なんていう軽口は叩いていないのであるが、というか今のは全部、男の娘がぶつぶつといった独り言を偶然、勝手にも俺イヤーが聞き取ってしまった全容である……のだが、どうにも聞き取れるような声色と喋り口で男の娘は言ったような気がする……俺は恐怖に縮みあがった。不敬なことを俺ってしたぁ???
というのを ニコニコニコニコニコ と止めどない笑顔で顔をあふれさせつつあったこいつには、故意じゃなかったけど、もうできましぇぇん……
というかぁ、俺ももう限界であった。トド芸やり過ぎて脇腹つっちまったった……体力的にもエンプティ。なのでもうとっとと帰りたい気分なのであったが、
そんな俺の状態はつゆ知らず、目の前のこいつは、まだ話を続けようとしていた。恐ろしい想定だが、大方先程打ち切られた段落からの続きであろう。
さて、一方の貴族っ娘も被害は大きいようである。
顔はそのままに、しかし目に陰が落ちていた。
そんな様子で、こてん、と首を傾げたり、手を小さな顎に添えてなぞったり。それらの一連は、顔の表情はニコニコとしながら、である。
『いつものお返事聞きたいなぁ……聞きたいのになぁ……』とか、『おじいさまならいつもどおりなのかなぁ?』だとかだとかと、
うんうんと何事かをつぶやき言いながら、おそらくは、“どう見栄を示せば、この領主の孫のとてもえらいじぶんに、目の前の恩人改め不届き者はひれ伏すのだろう、領主のやるとおりのいつもの礼儀に対して、こいつは、領主に領民が返す通りの、いつもの定形の返事をなぜ返してくれないのだろう――”……というような事らしいのを、何か暗唱するようにひたすらつぶやいている……練られる譫言が口の中から漏れ聞こえている。
大真面目に分析と対処を練っている様子だった。
いつ解放されるの?
もうやだぁ……俺もう異世界人にエンカウントしたくなぁい、恐ろしすぎるぞ異世界人んぇぃ……だとかだとかと、どうにも思考が混線してしまう。
駄目だ。もうさぼっちゃおう。申し訳ないけど。
逃げようにしても、貴族権限を持つコイツに下手をしたら、俺の人生はここでゲームオーバーになりかねない。それは嫌だ!なので適当に適切に、相槌を打っていこう……という作戦を今立てた、俺。
気を取り直して、顔を上げて男の娘の顔を見る。へその向きも合わせる。傾注の姿勢を俺は取った……座りながらだけど。
そして顔を上げたその瞬間、俺はのけぞった。
男の娘はにこにこ顔をしていた。にこにこにこにこにこ、と。しかしよく見ると、よくよく見なくても…どうにも眉が……怒りの形に釣り上がっている。
目じりも強張っていた。俺に対する怒りの表れであろう。
跳ね上げたままの眉尻は、取り繕いのニコニコ笑顔では隠しきれていないのであった。
そんで最後にようやく、話の続きを始める準備が終わったのだろう。
とってもえらいのであるおうちの威光と見栄を(虚弱な)胸で誇りながら張って身体で示したのだろうこの貴族っ娘は、エッヘンとした顔と数割増しになった尊大な口調で、再び当人的ステキ語列の開陳を始めた……のだが、もうたくさんや。げんかいだった。
「りょうみんさんりょうみんさん、」
へい、…へい?
「りょうみんさん、いや、領民の方。」
へ、へい。……
「えっふん! こほんっ、こほん、……さて。
…この、辺境伯アヴトリッヒ家の物として、僕に食べ物を恵んでいただき、お礼を申させていただきます。くりかえしになりますが、まず、それへの御礼を。」
は、はあ、……
「ええ、とっても大事な、とってもおいしい、美味なご馳走でありました……そして……ボクは、あなたに、お礼を申し上げなければなりませ……」
はぁ、さいで、
また長台詞始めるの???とは言わんが、そんな俺の態度に揶揄される物を感じたのか、軽くあしらわれた結果、かちん、ときたらしい。
「………――――~~~~~~ッ!」
懲りずに長文を述べようとしていたのか最初は見事なほどのすまし顔をしていたのだったが、俺が力のない返事をした途端、ひくり、と口角をひくつかせて、そのまま数秒ほどぴくぴくとさせた後に、目を見開いて、眉を怒らせた表情で、俺に顔をずいっ、と突き出した。
反応が始まってからの一連の所作は、わずか数秒以内の事であった!
……のだが、
「えぅー! ボク、が御礼を言ってるのに! なんですか、その態度は……――!?」
“?(ニチャア…)”
「ひっ?!!」
じ――っ、と見続けていた俺の目と顔にかち合った瞬間、コイツはひっ、とかと悲鳴を上げた後に、仰け反って、地べたに手と尻をつけた。
そのまま、目を見開いたまま、怯えながら後ろに後ずさったりもした。
謎の恐怖生物に遭遇してしまったかのようでもあるが、よっぽどに不意を突かれて、驚いたらしい…のだが。
「な、なんなのですかっその、目つきと顔の、表情はっ……」
……おい、もしかして、チベットスナギツネみたいな、とかって言うんじゃないだろうな??
それは俺の小学生時代についた、最初の渾名だったんだぞ? たしか次が野犬で、その次が飢え死にしそうな家畜オオカミだったんだぞ。
しょうがないだろ、疲れている時にはこんな顔になっちまうんだよ。
そんな事言ってみろ。俺の方が泣くぞ!? 泣いていいのか!!?? だとかと思ったのだが、
こいつは真ん丸に見開いた瞳に、それから、うぇぇぇ……ぇぇ! とかとうなりながら、涙をいっぱいに溜めてうるませると、
「とっ、とっても、とってもおいしかったんですよぅ?!
この地の領主であり、かつての“でんせつのゆうしゃ”でもある、あの、おじいさまを持つ、このボクが、うまれて初めて食べたような、とってもすごいご馳走だったんですよっ?!」
は、はぁ、……
「それなのに、なんで、最後までボクの御礼を聞いてくれないんですかぁ! お礼が言いたいのに、言いたいだけなのに、なっ…なんでっこんなぁ、 よっ、よくわかんない怖い顔もしてくるしっ 」
こいつの方が、逆に、先に撃沈したらしい。
わぁあん! と、
泣きだす寸前の顔でショックを受けたような表情になった、コイツ。実際に泣きかけてもいるが。というかぽろぽろと泣きだしてもいるが、
それで駄々っ子が嫌嫌をするみたいな、そんな風に、ばたばた、と暴れ始めた。
反応が始まってここまでの所為も、わずか数秒以内のことであった。……
とにかくも泣かせてしまった、俺。なんだかなあ。
後、聞き捨てならない台詞をさらりと吐くんじゃねぇ。
「うわーん!びえーん!!!!」
ああ、嗚呼、まぁ……お可愛いこと。