9(9/18)-黄金色の森の向こうへ-
###9(9/18)-黄金色の森の向こうへ-
白米の件は衝撃だったらしい。
これも食べられるのか? と思ったらしく、
からあげの傍に添えられていたしょうゆの小袋を分けるための、ビニールのあの緑色の奴……バランさえも喰おうとして、慌てて俺が、こいつが噛み切ろうとしたそれを、こいつの噛み合わせかけた上下の歯の間から咄嗟に引き抜いた位だった。
そんな具合で、それから数分もする頃には、コイツは白米とからあげの残りを残さず食い切った。
弁当の完食だった。
「ふぅ、……ふう、ぅ、う~ん……っ」
満足した様子で、目の端には涙を浮かべながら、こいつはしばらく目を細めていた。
腹に十分に飯が行き渡った様子で、――コイツの実体は三枚目どころか、こんなのでは大ボス同然の七枚目というやつだったわけだが、――
しかし依然として変わることのない儚い美少女フェイスは、最初の辛気臭さが晴れて取れた、ような気もする。
「うぅん……、うっ。 、」
………
「けぷっ」
一息ついたあたりで、ゲップも出た。
直後、とたんに顔を真っ赤にして目に涙を浮かべたコイツだったが、まあそんな光景も笑えるものだとして面白がれた物だった。
確か欧米人は、オナラがセーフでゲップがアウト、なんだったっけ?
まぁ俺はというと、そんな律儀に恥ずかしがるコイツを余所に、姿勢を崩し、お手元の付属の爪楊枝で歯のお手入れをしていた所である。
そうして歯の掃除が終わった後、爪楊枝を半ばから折ってお手元の覆いに突っ込んだ後、だ。
水筒の水を、外したキャップが兼用となっているカップに注いでやって、コイツに渡してやった。
恐る恐る、というか、怪訝な様子でカップを受け取ったコイツだった。
なにしろプラスチックという物があるかどうかの異世界だろう。それで外装がおおわれた、熱を保温するタイプの水筒だから、まあわけのわからないものを見る目であるのは当然だろう。
が、中に入っているものを一口、コイツが口をつけて確認したら、その様子が一変した。
ごくごくごく、と勢いよく飲み干した後に、心底驚いた顔で、しばらく呆然としていた。
遅れて、ぷはぁ、と息をついたのが分かった。
俺はその手の器をひったくって、
もう一杯を注いでやった。
これも勢いよく飲み干して、そして三杯めを俺は注いでやり、それも飲み干して、――という一連を経た後に。
今は互いに座った姿勢で、向き合っている状態である。
俺は片膝を立てたあぐら座りで、異世界っ娘の方は、見事なぺたんこ……あひる座りで。
「あの、……こほんっ、その、」
さて、今現在に至るまでにも、こいつの萌え♡ムーブには多少の推移があった。
水を飲んだ後はしばらくニコニコしていた訳だが、その間にも向けられていた俺の視線とそのゼロ座標に気づくや否や、び、っくぅ!?……と全身を跳ねさせて驚いた後、
なにか恐る恐る、といった様子と気配の表情で、今は俺に正対している、コイツ。
しばらく、あっ、あ――……とかと、口を開いては閉じて、をくりかえし、
「………」「………」
そして今に至る。
――そのまま数分が経過したかのような果てしない体感時間の流れを経て、
また数瞬、逡巡した後、緊張した面持ちで、意を決したのだろうコイツは口を開いた……が、
「そ、率直に、お礼を申しさせていただきますっ。」
ためらいがちに発された最初の声。
緊張と……それから? まるで威厳を出そうとしているのだろうか……おそらくは幼い顔立ちで厳しい気配を必死に出そうとしている…のだろうか、
それが合わさったのだろうが、しかしその瞬間の顔の表情は、まるでおしっこを我慢しているようにしか見えない。
紅顔した頬は朱に染まっていて、言葉の最後を言い切る瞬間は滑舌が怪しくもあった。
……が、
「このお礼は、なんといったらいいのやら……――」
ん?
その様子であったのに、なぜか急に突然、スポットライトのスイッチが入ってその身が照らされた気分にでもなったかのように……異世界っ娘の気配が変わった。
劇の舞台に上がった役者のつもりであるようになのか、ぎゅっ、と両手と腕で己の身体を羽交い締めつつ――
怪しいたどたどしさの芝居がかった口調で、口上を読み上げるようにして、とにかくそのような言葉を述べはじめた。
その瞬間の顔と表情は……頬の口角は自信に溢れる笑みを堪えるようにひくひくさせながら釣り上がり、
長いまつげのまぶたはしっとりと、まるで悲話の逢瀬が叶ったお姫様か王子様かのようなそんな素振りで、長年の思いが織り積もったが故だろうか如くの、眼裏の潤みを隠すように…閉じていた。
まあ一言で言えば恍惚のさなかってやつだよ。あるいは放尿の快感に浸っている瞬間の人間の顔ってあんなんだろうね、と思わせてくれるような、そんなある意味、絵になる見事な表情でもあった。
その一部始終を目撃した俺は目前のこいつに、俺は、ドン引きする暇も無しに困惑するしかなかっ……訂正、ドン引きしていた。
そんな怪しい気配の朗読劇は、なおも続けられて、
「恩を授けてくれた貴方は、このアヴトリッヒ家の係累の、僕からの感謝の礼儀ある言葉と礼節を名誉ある御礼として与えましょう。それを誇りとして、貴方はこれからも、良き領民として僕のために、いっそう……――」
出だしはつまづいたが、しかし途中からは長回し、という奴であった。
まるで謳うかのように、半ばからは――ずっとずっと言ってみたかったセリフを今、念願叶って口に出しているかのような気配がにじみ出つつ、そんな片鱗を恍惚としてか、身体と顔の端々をむずむずさせながら――すらすらとそんな台詞を詠唱しながら、なんかナルシズム的に閉じていた瞳を開いた時、
そこで目の前のこいつは、はてな? の目と顔を俺に向けた。
コイツはにこやかな笑顔だった。だが俺は違ったらしい。コイツの笑顔も固まった。
どうにも俺の顔と表情が、要領を掴んでいないものと受け取ったようだ。
実際には、なにいってんだこいつ? というのが俺の本音である。
それが怪訝な表情となって、俺の顔面に大写しになっていたらしい。
「それで ? 」
と、リアルの口で言ってしまった。
まずもって…………あんた、貴族さまなの? というのを、今知ったばかりであって、それからの謎もますますわからん。
考え無しの俺は、それを口に出してしまった。
「……はい?」
男の娘(仮)は、その言葉を聞いて、茫然と固まった。