6(6/18)-黄金色の森の向こうへ-
###6(6/18)-黄金色の森の向こうへ-
はぁ、っとため息を吐く。目の前のこいつへの、当てつけだ。
そんな俺は、憮然とした表情、という奴を最大限まで意識した顔で、されど次の瞬間…にへらぁ、と、顔がにやけてしまった。
好物のからあげ。それがぎゅうぎゅうに目いっぱい入った、特盛大盛りのからあげ弁当である。
輪ゴムも外し、それの蓋に手を取りかけて、
「あっ、あのっ」
指をくわえて、こいつが、ふたたび俺にへんじを求めてきた。
「………」「えっと、その、えぇっと、」
ここって異世界だろ??
なぜ、言語が通じるのだろう、とも思ったが、それに気を留めることもなく、そいつは言葉を続けて、
「その、その、それ、って、ごはん、ですよね?」
「………」
うるせぇ、俺は弁当を喰うの!
そう心に決めて、ぱかっ、と、蓋をひっぺ剥がす。
「ぁ……!」
目の前のこいつが息を呑んだ、ような気配が伝わってきた。
まあそれもどうでもいい。
下を向く俺の眼前にあるモノは、温くなっちまったとはいえ、まだ出来てから時間の経っていない、それ。
大振りのからあげが七つも入った、安いうえに味もおいしくて定評のある弁当屋の、自慢の売れ筋商品の、その一つ、“特盛からあげ弁当”であるからだ。
もう一つのお手元を迅速に手に取って、覆いから外し、そして割る。
小鉢代わりのポケットに載せられた口直しのポテサラをまるごと取って一口で食べ終わると、
こっからが本命の、でっかいからあげ。その一つ。
それをひょい、っと持ち上げて口に運んでやり、かぶりつく。
かりっとした香ばしい揚げ衣に、ジューシーな鶏モモ肉の油が弾ける! 風味はしょうゆ味とガーリックの二種、これはしょうゆの方だ。
半分ほどを一口で齧り付いた後、まだ口の中に入っている間に、銀シャリの白飯を割り取って、鳥の油と肉の味で存分に口内調味しながら、数口を口に突っ込む。
ん~ん、うまい!
「ぁ、ぁ……――」
ん? 目の前の小娘ならぬ小僧はというと、
「……はわぁ……」
……唖然とした表情、というやつであろうか?
それでいて、そのうえ目を大きくまんまるにして、潤ませていて、口に手を当てて、ぼうっとしている。
で、目を大きくまんまるにして、潤ませていて、口に手を当てて、ぼうっとしている。
見ると、口の端からはよだれがとろけ出てもいた。ぽたり、と落ちるそれ。だが残念だったな、この弁当は俺のもんだ!
「ぁ……ぁ、………ぁっ……」
悪ぃな子供よ、この弁当二つは一人前用なんだ。そんな冗談も頭の中で、次の瞬間にはからあげ弁当のおいしさの感動によって、はるか果てへと押し流される……
そのまま俺は弁当をかっ喰らった。
半分になったからあげを口の中につっこみ、そしてそのからあげで白米を喰らう。
次はガーリックのからあげだ。それでまた、白米をかっ喰らう!
そうして四つほどからあげを口の奥へと流した頃には、もう白米は無くなっていた。大盛りにしておいたんだがな。
だが、こっからが俺の楽園タイムだ。
おたのしみとして残しておいた大振りのからあげを、一つづつ、丁寧に、じっくりと、味わっていくのだ。
ぐふふ、さぁて始めるかい。
そう思惑を為して、一つ目のからあげを口に放り入れ、歯と歯茎と鼻孔と喉と唾液と口内全体と舌の先から奥付け根の末尾までの全てで味わいつくしたのち、ごっくんと飲み干し、さらに二個目へと箸を伸ばして……
「………、ぁ」
再び、目の前のこいつに目が合ってしまった。
地べたとキャンプシートの境界に両手を二脚の突っ張り棒のように置いて伸ばして、その二軸で支える形で、胸の谷間なんて出来ようもない残念なそいつの胸元から続く、そいつの頭の顔が、俺の手の弁当の手前まで迫っている。その光景だ。
なんとも残念なことに、目の前のものを“とてもおいしいもの”と認識してしまったらしく、よだれが垂れ落ちるそいつの口と、そいつの大きな瞳は、この俺のかわいいかわいい♡からあげちゃん♡を照準して離れない、そんな様子だった。
目が、ぎらぎらしていた。きらきら、を、通り越していた。
そんな何日もろくに飯を喰えていない、とかじゃあるまいし、というような、或いは何十日も…数年単位も、なのかもしれないが、
そんな、しゃれにならない迫真の、血気迫った表情で、そのうえ、切実そうであった。
そのからあげを俺の口まで持ってきかけたその時に、それを追尾してきたそいつの顔と瞳が、俺の目にも飛び込んだ、という次第である。
こいつ、いい加減に、…
……
「……口開けろ、」「! ぇ……」
そいつがなにか言葉を発しかけて、口が開いたその瞬間に、掴んだからあげの半分側を、箸の先が入らないようにしながら、突っ込んでやる。
ぽすん、と。置くように、
「?!、!?、もが、もぐ、……んっぐ、……」
そいつが口と歯で捉えたのを感触で確認して、からあげから箸を放す。
つっこんだのは、ガーリック味だ。
目を○×と白黒させながら、そいつはもがもがと咀嚼もままならない様相からなんとか口の中に大きなからあげを収めきると、
そこから、もぐ、……もぐ、もぐもぐ、と咀嚼と賞味を味わい深く、じっくりと、じっくりと、まるで離乳食明けの幼児か、老衰した老人が頑張って固形食を食んでいるかの様子で、長い時間を掛けながら、日が暮れてしまうんじゃないか、というくらいの時間をかけて、もぐもぐと咀嚼していき、噛みしめて、さらに噛みしめて、恐らくは味が咽の底に通って落ちた後くらいまで続けて喰い食んだ後、
そこではっ、と目を見開いて、さらにその後、ほっぺたを赤く染めながら、目の端には涙の粒を溜めて浮かべて、満足した様子で、
まったり……とした、恍惚とした表情となった。
そんな永きにわたる経過と経緯と推移を挟んだのち、ようやく、ごくり、と飲み込んだ、ようだ。
「……、はわぁぁぁ……っ――」
しばらくそうやって昇天か沈没していた後、
「……」「………」
不意に、無言になって、
「あの、」
控えめな言動とは裏腹に、
がばっ! っと、そいつが俺の目前に顔を突き出してきたのはその時だった。