幕間:アリエスタの追憶(2/4)
まだ雨が開けてから、少ししか経っていなかったのです。
それで、お外で土遊びをしようとしたら、
お互いに、土とどろんこまみれになって、
わたしのドレスも、
ルーテフィアさまの正装も、
どろんこだらけで、ぐしゃぐしゃになっちゃった……
「あぅ、メイドにおこられちゃう……」
「あああ…、そうですわね……」
おたがい顔を見合わせながら、でも、そのままどろんこの上で、ふたりで座り込んじゃいました。
……そうしてから、何時くらい時間がたったでしょう。
「 わたし、人間じゃないんだって。」
「 そうなの、?」
わたしは、不安がひとつありました。
でも、それを聞いたルーテフィアさまは、
「そんなことないよっ!
アリエスタちゃん、きれいな色の髪だよ!
おめめもとってもきれい!
ボクのだいすきなみずうみの水の色をした、ガラス玉みたいに!」
(はじめて、ほめられた……、、、、、//////)
なんてことでしょう。
いずれも、その時までわたしが気にしていた、魔族であるお母様譲りの、魔族ゆえの私の体の特徴。
それを、ルー様は、褒めてくれたのです!
(るーてふぃあさま、なんて素敵なひと!!!)
わたしは、感動してしまいました。
いままでのわたしのコンプレックスを、否定とかごまかすとかなだめるとかではなく、褒めてくださったのですから!
(それも、きれい、って! とっても綺麗って!)
そんな方は、今まで合ってきた人たちの中で、初めてのことでした。
たしかに、お父様やお姉さまはそう言ってくれたことがあったと想います。
でも、家族以外からは、はじめてのことだったのです。
それが、その時の今までまで、わたしが経験したことがなかったことだったのですから……
「………そしたら、」
……そうすると、ルーテフィアさまも自身のことを仰ってくれて、
「 ボクもね?
なんだか、ふつうのにんげん? じゃないんだって。」
「 え、?」
「ものや人にさわるだけでね? なんだかへんななにかが、いっぱいたくさん、みえたりきこえたりしちゃうし、
あたまのなかがそれにいっぱいになっちゃって、風船みたいにわれちゃいそうなかんじになって、
おやすみしたときも、ひとばんじゅううなされるの。
ボク、うまれてから、わるいゆめしかみたことないの……」
「……そうなのですね……」
「おじいさまは、これのことを、“まおー、の、のろい”って呼んでて……
あ、あれ? ……あっ!
あ、あわわ、このことって、ボク、ほかの人に言っちゃいけなかったんだった!!!?
い、いまのこと、聞かなかったことにしてくださいね!?!!!」
「うふふ、そういたしますっ」
そのときのわたしは、
そのときのルーテフィアさまの様子を微笑ましいものとして、笑いかけながら、うなずくしかありませんでした。
これのことにしても、
私は、取り乱してしまったルーテフィアさまのことを、
可愛らしい! と思うばかりで……話の深刻さはわかってませんでした。
「そ、それで、」
そこから、ルーテフィアさまは続けて仰られて、
「あのね、もしかしたら…… ゴルフレッドは、ボクのおばあちゃんかもしれないんだ!」
え、……え?!!!!
ゴルフレッドというのは、ガーンズヴァルさまの愛馬の魔馬の一頭のことです。
魔王退治の戦いのころから、ずっとガーンズヴァルさまのお側にいます。
そのゴルフレッドが?!
「そ、その、るー、さま、……いきものといきもののつがいの間で、あかんぼうができる、そのしくみと原理はごぞんじなのですの?」
「 ? うーぅん……なんか、いのちの神秘ってことだよね。なんども、“視た”ことがあるから、どういうことかはわかるよ!
だけど、それって言葉にしようとすると……そうしようとするたびに、おうちのみんなに怒られたことがあって……
なんだか、“オトナの話”ってやつなんだって。
…だから、うーん、なんとなくわかるような……でも、よくわからないような……」
(ルーテフィアさま、背伸びされちゃって……可愛らしいっ)
いま思えば、その当時のわたしは、なんと能天気だったことでしょう。
……恥ずかしながら、
この時は、まだわたしは、ルーテフィアさまの本当のことの深刻さを、知らなかったのです……
けれどルーテフィアさまは気丈に仰られるのを続けて、
「 ごめんね、なんというか……説明?ができないや。
でも、あかちゃんって、渡り鳥さんがはこんできてくれるか、玉菜のなかからでてくるんでしょ?
ボク、本で読んだからしってるんだ!」
(あ、そこはそう、家庭教育、というやつがなされているのですわね……
で、でも……いくら魔馬とはいえ、馬ですわよ、馬!!!
がーんずゔぁるさまは、そんな性癖だったなんて……?!)
でも、けれど、
(あ、でも、まてよ、
わたしと同じ、半魔族、かもしれない……?
そうしたら、わたしとおなじで、長生きしてくれる!)
能天気なことながら、でも、けれど私はそう考えました。
半魔族であるわたしと同じ半魔人かも知れなくて、
そうだから、もしかしたら、常人と比べては長命であろう私の生涯を、終わりの最期まで共に歩んでくれる方……
今思えば、そんな身勝手な考えでした。
けれど、そのことが、世間知が足りない子供だったそのときの私なりに、
やり場のない畏れを悩んでいた私にとっては、代えがたい……確かな一筋の光明だったのです。
「 ふふー、ん。すごいでしょ!
ボク、なんでもしってるよ! おじいさまのたっくさんある本をね、まいにち読んでるんだ!
むずかしいほんも、大人向けの本も、たっくさん、いっぱい、いろんなのを、読んでるよ!」
(す、すてき……、、、/////)
わたしも本が好きでした。
だから、趣味も合うなんて! と有頂天になってしまった私は……
「じつは、わたしも、本が好きなのですの!」
「ほんとっ!?」
そうなのですわ!
「わたしは、──、──、──、……こういう本を読んできましたのだわ!」
「あれ? しらないほんばかりだ!
そしたらね? ボクが読んだ本は、──、─、──、こういうのがあって、、それで、ボクがだいすきで、特にすきなのがね……」
……
(むむむ? なんだか、ふるい本ばかりですわね。)
ルー様のおうち……辺境伯アヴトリッヒの家が、もうこの頃から、あまり余裕のない懐事情だった、
というのを私が知るのは、このときからまだしばらくしてからのことです。
「おじいさまの冒険の記録、これが、やっぱり、いちばんっ♪」
けれど、そう語られるルー様のその横顔は、わたしには……とっても眩しくて。
「きょうはね? ボクのいもうとの、産まれたことのお祝いなのっ」
「だけどなんだか、ボクの産まれた時よりも“豪華”みたいな感じで……ひがんで? なんかないけどね? ほんとだよっ?」
ルー様……
「まあ、きにしてもしょうがないねっ。そうしたら、ありえすたちゃん、行こうっ!」
「ふぇっ?! ど、どちらに……」
「ボクにとっての、とってもすごいもの!
いっしょに見てみたいんだ。だから、いっしょに来て、ありえすたちゃん!」
「あ……」
わたしの手を取ってくれたルーテフィアさまの、その手のひらの温度と感触も……そしてそれから……
……わたしは今でも、その時のルー様のすてきな笑顔を、忘れることは出来ません……
………