鏡の地平 (4/9)
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「他部隊から苦情が来ています。」
「ほぇ?」
「当基地は託児所ではありません、わかりますね?」
「はぁい、…」
いつぞやかと同じ、ブラインドで遮られた薄暗い部屋の中……
「やっぱり、怒らせちゃったのかな?」「おこらないほうがどうかしてるとおもうよ…」
翌日、ラキアは大目玉を食らった。
自分たちの魔法少女隊の指揮官も交えて……基地司令からの、直々のお言葉ということである。
……しかし、基地司令は言葉短めに、切り上げさせてくれた……
「むー、」
場から開放された後、
ラキアからすると、納得がいかないのは何故であるのか。
「ふーんだ、あの俺ちゃんさん、わたしのこと、チクったんだ。
今日は見に行ってあげない!」
ぷんすかするラキアである。
まあ、毎度の自分の来訪が喜ばれるものかは……さておいて、
基本、エルトール軍のみならずこの世界の軍事兵科のなかで、
魔導科の人間、というのは極めてちやほやされて贔屓がひっきりなしとなりそしてもてはやされる、
そうした貴重な兵科というのも理由としてあるのかもしれない。
なにせ、特に高等な戦闘の実用に耐えられるほどの才能を持った人間は、
このアリスティリーゥでは、およそ、一般には、百万分の一、の確率でしか、出生は確認できないのだ。
それであるのだから、特別扱いがデフォルトである、というのが、
その内部の構成人員からすると、当然となっていた。
そうなのだ。魔導科なんてのは、
戦争が始まるまでは、お婿さんが来るまでか、自分が嫁に行くまで、一時的にいるだけの、
国家公営の、名家良家の子女たちの花嫁修業の場のようなものとされていた、それほどなのである。
……もっとも、この現状を是認としているモノは、果たして不満を持つものも少なくない。
裏では、この帝政エルトール国の第四皇太子・フレズヴェルキンが主導して、
“人工的、ないしは後天的に、魔法少女を生み出す研究”……というのがされていたのも、
軍の内部では公然の秘密、というものであった。
……まあそれはともかく、
斯くして魔法少女というのは、その魔導科の中でも、折に折をかけて、特別扱いがなされている。
それというのは兵営での日々の生活でも同義であり、
寝泊まりする部屋は階級の如何に問わず最初から士官待遇であり、
一般兵とは風呂もトイレも別、
それは食事に際しても同様であり、こうして、将校級の食事が出される。
「 えー!ニンジンきらーい!」
ラキアは呻いた。
己のランチプレートの上に、不倶戴天の敵たる、緑黄色野菜の、ニンジンが!
……下士官以下の一般兵が、
クロムギの炊き上げ、それから薄切りサラミソーセージ、
さらに僅かな塩漬け肉が風味づけに入っているだけの、カブと豆の煮込みスープを飲めるのが、
軍に入ってのなによりのごちそうの贅沢、……と言われる中であって、
果たして……ちゃんとした、コカトリス肉のステーキと、それから新鮮色味野菜の乳酪ソテー、
それというのが、ひとつのプレートに乗っかって、こうして出てくる、というのだから……。
今この時、この瞬間、ラキアたちは、アラート待機についていた、
というのもこの高待遇の理由の一つであろう。
この魔法少女たちは、基地の防空を任されて、スクランブル任務の待機を行っていたのである。
特に、空を飛んで戦うのは、特別なことなのである。
一般的には龍騎兵か、
等級は一つ降りて、亜竜……ワイバーンを用いたワイバーン騎兵、
さらに等級が数段下がって、巨大な鳥類……巨鳥類、それらを用いた、
軽空戦、対地攻撃、爆撃、それから輸送等……に従事する、
それというのが、飛空艦などの機械化飛空兵器を除いた場合の、
ワンマンユニットとしての、兵器としては最小構成単位たる、それらなのである。
しかし、魔導科、魔女、魔法少女というのは、それらとは一線を画する。
……かつて、蒼天を翔んで駆けることの許されていたのは、
鳥と龍以外には、天界の御使いの天使と神々のみ、
……そうとされていたと、神々の伝承で語られているところである。
しかし、忌むべき魔族との戦争は、人間の人類たちにも、空を駆ける術がいる…
…神々たちからの思し召し。
そうとして、人間に、天から、魔法や魔術といったものが下賜された。……
……主神・ガッドシルヴァとその娘の女神たちを崇める、
この西大陸世界で最もポピュラーな、主教、とされる正教教会の聖書ではそうとなっている……
……しかしこれですら、一部の独自研究を進めているという“人理原理派”からは、
由来が定かではないと言われていて、
それならば、魔族や魔神や、他の宗教や宗派の魔道士はなぜ、どうやって空を飛べているのだ?
というのは、幼きころのラキアの疑問とされるところでは有った。
しかし、
……神の教えを疑うなんて、この、あなたは、悪魔の子として生まれたのですか!……
……敬虔深い母に、幼き頃にそう言われながら、ほっぺたをはたかれたことを思い出して、
ラキアの心はふんにゃり、……となった……
……ともあれど、今の自分は、魔法少女である。
して、魔法少女とは、なんぞやか? ラキアが密かに謎と考えていたことのひとつである。
魔法少女とは?
そして魔法少女と一口に言っても、由来や起源や進化してきた過程とその派生分岐があまりにも多すぎる為、
詳しい詳細は割愛する……が、
……──!─……
「アラート?」
鳴り響いた警報に、アラート待機の面々は、即座に、その続きの行動を取った。
一分一秒の遅れが、己たちの魔法少女たる、その沽券に関わるからだ。
ラキアちゃん!
「やった☆ 人参のこしちゃっても、スクランブルのアラートならおこられないよねっ!」
ラキアは、己の魔導機が待機している格納庫アラートハンガーへと、喜んで走っていった。
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「なんでぇ、俺たちシミター隊の、援護はいらねぇ、って話じゃなかったんですかい?」
「……状況が変わりました。」
……それから、一時間も経っていない経過の後、
「魔法少女隊が、敵航空部隊と接敵して、交戦。
そして交戦が開始されて三十分以上がたった現在、
ラキア少尉が撃墜されて、
現在、装着している魔導機が損傷して、自力での帰還は難しい状態です。」
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