鏡の地平(3/9)
「まったく、どうなってんだ?!」
そんな、ともすれば嘲られるような様相に晒されて温和でいれるほど、
果たして今、
戦場で“灰燼の畜鬼”と渾名されて、
絶好調と油が乗りに乗っているシミターの搭乗員達というのは、
そう暢気な性分はしていなかった。
「魔法科部隊のおハイソな嬢ちゃん共は毎日見物に来やがるしよ、
おれらは動物園の見せもんじゃねー!っんってんだ!」
「ねえねぇ!」
「んわぁ!?」
整備員らに入り混じって整備点検をやっていた、
このシミター搭乗員の兵士のひとり…
…ナヴァル・レンギンス…
…はそう聞こえるように怒鳴ったわけであったが、
果たして怒鳴りを向けたはずのその魔法少女らに、
逆に声を掛けられる、ということは、想定していなかったらしい。
「……なにかとおもえば、その嬢ちゃん共じゃねーか!」
「そうだね! わたしたちのこと、覚えてくれてうれしいよっ」
だったら、言わんとすることはわかっておるだろ。
「きいてるよ! キミたちとは仲良くなれそうな気がして!」
「……、、、。。。、」
……話が噛み合っているのか、そうじゃないのか、
「……ゴッホン、
おれらもな、ヒマ、しとるわけじゃーねーのよ、
おわかりか?」
「おかわりならほしいです! ゴハンの!」
「ズコッ、…あーのーなー?」
「はーいー?」
(マッタク、いい根性してるぜ……)ナヴァルはそう怨嗟の声をボヤくように上げつつ、
「はーぁ……あのな、此処は軍の基地で、幼稚園だとか保育所だとかじゃあないんだ」
「知ってるよ!」
「……、
それならわかるだろう。御前は軍人で、おれも軍人なのよ。
ちったあ責任感のある立ち振る舞いを心がけたらどうなんだ?」
「ほぇ?」
「……ッ……
ごほん、オホッン! ……特に、お前ら嬢ちゃん共は、このエルトール軍の中でも、
最上級かつ指折りのエリート……魔導科部隊の、その直属の隊員ってことじゃないか。
こうなりゃ、三択だ。
敵にやられてヤロウの木っ端どもに股に剛直をねじ込まれるか、敵を倒して生き延びるか、
それとも!……自分たちの実家に、逃げ帰るか、だ。」
「……」
「……帰れる所なんて、ないですよっ」
「なんだよ、」
「もっと上級の、良いところのお家だったり家系だったり、親兄弟姉妹親戚というのがなにかしらの権力を持っている、というようなそうしたお嬢さんたちは丁寧に保護と安全のための隔離と隔絶がなされて、
早々に切り捨てられたのが、この、私達。
さながら順番が押し出されて、突き出されてしまった、
そうした不幸なおんなのこたち…であるのだよっ。
わたしたち、かわいそうだよね?」
「……知らんよ、
都合はどうあれ、アンタたちも、! 俺らと同じ、エルトール軍の軍人だろう。
だったら、もらってる給料分の働きはしないとなあ。」
一瞬表情と話の喋りに陰りを見せた魔法少女…ラキアとイーリェ…に、
自分は同情を向けるほど、まだ気をおまえたちに許したわけじゃあない、とナヴァルはそっけなく、返した。
「……そっか、」
魔法少女は、そうして、ひとつ、続けたかった言葉を……飲み下した。
「……ところで、俺ちゃん、おれって自分のこと言うの、かわいいね?」
「あ?!……なんだあ?オレが、オレのことをオレ、ってよぶのが、そんなにめずらしいのかぁ??」
「うん!」
「…はーぁ…」
「???」
早く帰らんかね、とナヴァルはぼやきを呟こうとして、
「ねぇっ!」
そこに、さらに魔法少女らのひとりのラキアが、言葉をかぶせた。
「ねえねえ、」
「なにさね、」
「おれがおれ、」
「うん、」
「おれはおれ、」
「ああ、」
「おれならおれ、」
「あ゛?」
「おれのおれはおれでおれ、おれならおれで、おれはおれ。
…くすくすくすくす…」
「はあ!?」
なんだか、猛烈に腹立たしくなってきた。……ナヴァルの独白である。
「バカにすんなら、とぉっとと、けえれけえれ!」
「わーい!おこったー!」
……堪忍袋がとうとう切れたナヴァルに、魔法少女らの内、片方は楽しそうに、嬉しげに?
そうはしゃぎながら逃げていき、
もうひとりの魔法少女は、
ご迷惑をかけてごめんなさい、というような身振りを示した後、同じくもうひとりを追いかけていった……
そのまま去っていくか、と思いきや、
ラキアは、途中で足を止めて振り返り、
無垢な表情を…先程飲み下した言葉を掛けようと、
ナヴァルに向けると、
“……ねえねぇ、おれちゃんさん!”
「あ?」
“……生き残ったら、貴方を、わたしのふぃあんせ、にしてあげるっ!”
“え゛っ?! ら、ラキア、ちゃん…?”
「は????!」
“だからおれちゃんもいきのこってね! じゃーねー! またねー!”
“ら、ラキアちゃんー!”
「はぁ……っ、」
魔法少女らの去り際でのことだ。
ラキアの方は……終いには、そんな爆弾発言まで繰り出した、ときたもんだ。
「……あー、」
……不条理極まりない。
なのに、おいてきぼりになったかのような気分になったのは、ナヴァルの方である。
「はぁー、なんなんだ、本当に…」
「身も蓋もないひとって、怖いねえ。ナヴァルさんよ、」
「リレンス車長…、そーだなー…それにくわえて、ガキときとる。」
車長と呼ばれたリレンス……階級は同じだが、ナヴァル機の後部座席の車長を務めている……
は、そういいながら皮肉げな表情の形をつくってみせた。
ナヴァルはさらに言葉を返しつつ、
「あんなんで戦闘に出て、本当に大丈夫なのかね…?」
……この日は、敵襲はなかった。