鏡の地平(2/9)
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…5日後。
敵国、センタリアとの最前線地帯に設けられた、
エルトール国軍の、アルフィア基地。
国境線に沿って続く長大な戦線地帯の内、
その内の南東戦線にこの基地は立地している……
最前線での前哨基地ということではあったが、
出来てまもないこの基地は、多分に実験的な試みが行われている、最先端の実証現場という意味も持っていた。
折からの局所的な精霊風の影響で、
暦の上での季節だとか四季とか言うのは、今年の今月とて、とうの昔に脱調してしまっている。
なので、この地域は以前から、熱帯かのような湿気と気温にさいなまれる、
そのような厄介な気候の土地であった。
他の戦線のエルトール軍のほとんどは冬服支給なのに、
この基地のエルトール軍兵士らは、夏服の着用が標準となっている、それほどまでのくらいだ。
故に、エルトール国軍の標準型の、
局地対応とするならば寒冷地型とするのが基本とされる、
従来型のランナバウト……自走型戦闘モービル……の類いでは、たちまち不調に陥って、
配備されたとしたら、ものの数日でオーバーホール待ちのジャンク・ヤードに並ぶのは必定、とされる土地柄でもあった。
しかし、そうした環境こそが、まさに、「都合のいい」、その条件を満たせている、ということであった。
故にして、このアルフィナ基地は、俄に実験場としての注目が高まっていたのである。
まあ、それはともかく……
日が高い、昼頃のことである。
基地内の通用路を、
……ホウキにまたがって、移動する人影が、2つ見える。
いや、なにといっても、まさか悪童の魔女ごっこの遊びかのように、地面の上を走りながら……といったようなものではない。
空を飛んでいた。
本当に?
それを疑うモノというのが例えばいたとしても、
果たして、基地内の他の一般の兵士たちにとっては、この数日の内で、見慣れたものとなりつつあった。
なぜだか、一様に呆れているかのような様子では有ったけども……
ともあれ、これが、このアリスティリーゥ世界の西大陸世界における、ポピュラーな魔法使い……
特に今、宙に浮いて、滑空して飛んでいるのは少女が二人というのだから、言い得てそのまま、魔法少女ら、ということであった。
……しかも、ただまたがっているわけではなかった。
一本の長いデッキブラシに、二人乗りで! 果たして乗り合わせて空を飛んでいる、と来たもんだ。
事故防止の観点からエルトール軍の魔導科部隊の標準では、平時に置いては禁則とされる、
そのような違反条項ということである。
しかし……用具入れ内の空いているホウキの数をごまかすため、という理由にて、
こうして二人がかりの空中散歩として、相成った。
そんな魔法少女らは、
居並ぶ施設群の内、とある格納庫の前で、降りた。
「シミターだ! やったー!かっこわるーい!」
格納庫の中に安置されているその灰色の機体を指して、
少女らの一人……ラキア・コーニングは、
その不穏な発言の内容とは裏腹に、
顔の表情と声を明るく喜びに沸かせて、そう溌剌とさせた。
格納庫の中では、
数機のシミター型機の整備点検が実施されているところであった。
今現在は、こうして可搬式門型クレーンに構造物の大半を吊り下げて、
そうして構体を宙に浮いた状態で、機体の胴体・四肢の取り外しであったりとか、
その内部の駆動用人工筋肉のメンテナンス・張替えだとか、
火器類・配線系統類のチェックだとか、
そうした作業が、…整備兵の作業員らは、熱暑でバテていながら…
やや遅れたペースながらであるが、行われている、そのさなかであった。
そんな情景を、まるで見物人のように見に来るのが、この魔法少女ら二人の、言い得て見るなら、暇つぶし。
それに他ならなかった。
既に、基地内のめぼしそうな場所は、赴任からたった4日の内に、知り尽くしてしまったのだ。
そうした中でありながら、唯一、かわらず面白いものとして少女らの好奇心を向けられ続けていたのが、
この、シミターの運用風景なのであった。
特に、こうした機械品類の整備というのは、じぶんたち魔法少女の所属する魔導科部隊においては、
戦いに際して、
自分たちの装備装着する戦闘用具足……魔動機類などが、
各種の魔導機類として、たしかにこうした整備点検のなされる、
自分たちに一番身近な……
いわゆる、人工物の、機械物品、ということでは有ったろう。
……しかし、そうした魔導器類は、
極めて高度な魔導科学の技術が集約的に実装された結果として、
はたからみている限りでは、イマイチよくわからないし、それなのだから、見ごたえもない。
魔石に術式経典と魔導札を、革か繊維紐か、紙をよった配線類でつなぎ合わせて、
錬金術で一体出力製造された機関物品類その他などを噛み合わせていき、
あとは魔獣だったりの生体由来素材などを、組み込んだり組み合わせていく、
最期に外装をかぶせる、それだけだ。
純然とした実物を構成として見た時、はたしてこれは機械と言えるのか?
そんなのでも確固とした実用品としてこのアリスティリーゥの世界の地に根を下ろしている以上、
たしかに、実際に実用の役に立つ、
と言う意味での工業製品としての最適化と洗練は、されているだろう。
…だが、使っている自分たちからしてみても、イマイチ正体と原理が、よくわからない!
そうしたものなのであるのだから……
それに対して、翻って、このシミターときたら、どうだ。
ちゃんと原理があるような感じの風合いで…
…生まれたときから魔導の世界に浸かって育ってきた、幼い魔法少女らには経験知と学識がないので、
それの正体までもはなんとなくでしかわからないが…
…それらしく手の込んでいる作りの、機械品の塊!
それが、まるで破壊とリザレクションを交互に繰り返しているかのように、
分解と組み立ての様子が、何度も繰り返し、行われて見れる、というのだから。
それなので…
…見ていて、飽きない。
「…かっこ悪いね!」
「ねっ!かっこ悪い!」
でも、しかしそこもそうであるし、なにより、シミターのこの肝心の外見が、なんというべきなのか。
ありていに言えば、洗練されておらず、ダサい。
生まれたときから、特に先進的で先端的かつ女神の祝福に溢れた魔導の世界にどっぷり浸かって育ってきた、
そんな生粋の魔導科魔法少女らからすれば……
この眼の前の機械達というのは、重厚ではあるが長大かつ肥大気味で、なおかつ無駄が多そう。
有り体にいえば、アナクロ……という評価だ。
そこが少女らのツボにハマった、ということであったが、
そんな感じにも感覚としては見れるので、
果たして、お決まりのように、自分たちはそう毒舌を吐いていくのである。
ラキアは、先程放った己の暴言にたった今、
控えめながらにそう言葉を発して続けた、
傍らの、もうひとりの魔法少女…イーリェ・ウェルトライヒに、
無垢ながらも悪童めいたような表情を向けた。
そして、ふたたび、相槌を返す……
さながら、良いストレス発散であった。