イメージテキスト・いつか先の物語(2/4)
正面に立ち塞がるは、白線付き…のその機体。
──塞がれた状態となったのだ!
訓練生たちは愕然とした。
キリもなく、後方に下がって避けるのみで機体駆動の操縦リソースを使い果たして、頭を抑えられた結果、前への進出進路を遮られてしまっていたのは、
これはまぐれではない、……と、訓練生はにわかに自覚し始めていた。
自分たちでも自覚している。
白線付きの搭乗者に比べれば、、まず以ての操縦の、慣れ、……というよりも経験のカン、というか、操縦能力の冗長性に課題があるのである。
(それでも、白線付きの搭乗員らからすれば、これでも、今回の期の訓練生たちの中から、選り抜きを集めた……というのは、曰くとしてはあるのであるが。)
であるので、勝利条件の達成に必要たる、
ヤツのドタマに格闘の一撃をぶちこむために前進して相手に正面から接近するための駆動機動は、都度、この火線の射撃で阻止された状態となったのだ。
おのれ……と訓練生のひとりが、この時に呻いたかどうか。
小賢しいと言えるかどうかではあるが、しかし堂に入った手口ではあった。
嫌味なことに、この火線は、訓練生たちの機体への直撃を狙ったモノではない。
わざと……当てない程度に至近弾として近づけて、“見えるように、見せて”やり、
被弾への注意とそれへの回避をとらせて訓練生たちの機体の前進機動を断ち切り、接近を阻止した…
…その上で、そして後退のための判断を取らせて、どんどんと後ろにへと下げていかせる……
その状況で、さらに火線が次にもういっかい、もう一度、一線、さらにもう二線、と重ねられていく。
……こうなれば悲惨なものである。
そのまま訓練生たちは動きを封じられたまま……それどころか、それから次以降の未来動作を、完全に、
教官機からの火線が重ねられるごとに、その教官たちにコントロールされてしまっている状態にへと、まさにカタにハメられてしまっている状態となっていた。
木偶とは言わないが、もはや案山子の操り人形とすら、白線付きのコマンダーは嘲ってみせた。訓練生たちはその嘲笑を歯を噛んで忍ぶしか無い……
完全に、前への機動を、塞がれた状態であった。
このままでは制限時間が迫る……夕食までの時間はもう短い。
焦る訓練生たちであったが、しかし、ここから先の転回というのが、どうにも着かせないのも事実であった。
……そうとしている内に、教官機の白線付きの機動が、明白に変化した。そのことに、訓練生達はぎょ、っとなった。
いままでの機動する教官機“白線付き”の動きは、
訓練生から観た際のその左右界の限度いっぱいに、高速で疾駆して、地点に到達したあと、一斉射を発砲。
そしてそれを繰り返していき、ジグザグと高速で地点を移動していく……というものであった。
ただ、その機動というのが厄介極まりない、というヤツであった。
なんせ、移動速度が尋常ではなく早い。
もちろん、手品のタネはとうに見抜いていた。
それが、所詮は、こちらとも同型の、唯のシミター型の普通の機体の、唯の性能内通りの機動歩行である、というのはわかっているし、
その肝要が、歩行時の速度モードを最大動作レベルの高速度域に設定した状態で、
機体の転回時であったり走行時の方向転換といった時などの、その操作裁きの手際が、ただ純粋に、隙と無駄がない、優れているだけ……ということだ。
搭乗者の内のそのドライバーのテクニックが、単純に慣れたものだから、ということくらい、……と、強いて言えることであろうか。
だが、であるのだが、その手さばき、というのが、尋常なレベルではなかった。
前後域機動のみでは、追いつかれる!
左右へ活路を見出そうとすると、“白線付き”は、横に滑ってくる、そして、前への進路を塞がれる…
今、訓練生たちを襲っている現象というのは、その段階となっていた。
こちらも対抗して、高機動で追従しようとする……
だが、横に滑る、という駆動なのであるが、それがかなり、難しい!
自分たちへの稽古付け、訓練教導の手本を見せてくれていたとき、
なんともマヌケな動きだなぁ……と、内心では笑ったり、或いは嘲笑として吹き出したり、と、
訓練生たちはこの教官機のドライバーの人物の事を、大層に侮ったことか……
だが、訓練生たちが実践してみたところ、十中八九ではなく十分すべての割合で、コケる……
単純に、この世界では、マン・マシンインターフェースでここまで機動駆動の追従性と自由性が高いような機械というのが、
一般には、そうそう存在しなかった、ということなのであった。
もっと言えば、“自由性が高すぎる”ということは、即ち、操縦者個々人の適性や完熟度に、たやすく依存してしまう、という問題があるのだ。
シミター型の弱点である、……と、白線付きの搭乗者ふたりも自覚するところであった。
故に、その問題の洗い出しとして、今回のセッションを組んだというのはあった。
「わ、わぁぁぁ!」
距離ゼロだ、もう遅い。……白線付きのその搭乗者が、“処刑宣告”の定句を、そう突きつけた。
一番逃げるのにバテて動作にもたつきが出ていた機体の一機に、今この瞬間、格闘戦に持ち込んだ……のだ。
シミターは、数回どつきあったら、逆に、攻撃側の機体のドライバーが音を上げてしまう。……常人ならそうだ。
現に、被攻撃側のその訓練生の機体は、バテていたというのもあるのだろうが、反撃すらままならない状態であった。
だが、白線付きの方は……あれは、なんだ!
格闘戦時の各動作モーメントは流動的に変化するものであり、
確かに機体オートバランサーというのは搭載されているが、
それでも、機体全体のボリュームバランスを見た時に、
少なからぬウェイトボリュームを持っているのが、
機体重量ベースで見た時に少なからぬ体積と重量配分を持っている、腕部や脚部のその動作肢の四肢コンポーネント・モジュールということであった。
要するに、四肢を振り回して、ぶん回し、ドツき合うわけだ。
そうなると、機体のモーメントというのは、
まるで高速で都度、加速して回転する偏心ウェイトが全天周囲360度、しかも数重重ねに互い自在に交差して回っているかのような、
破損したジャイロ構造体かのようであろう、
そのような壊滅的・破滅的な操縦感覚となる……わけだ。
特に、脚部操縦を主に担当するドライバーにかかる負担が、無視できるものではない。
指揮と腕部統制を受け持つコマンダーも、
ドライバーの操縦と協力してその腕部動作肢をぶん回すわけなのだから、
特に格闘戦に於いては、ドライバーの走行操縦と各動作四肢の、相手へ届く物理的リーチというのを常に注意を払わざるを得ないことである。
即ちこちらも、当然として負担と負荷は半端なものではない。
両者の操縦が巧く噛み合わなければ、エアギター遊びというのが白線付きのドライバーの元住む世界にはあるけれども、
さながら演技や遊びのそれの体とすらならないような、痴態を露呈するのが関の山である……ねらいは相手には届かず、四肢の末端がやみくもになにもない宙を裂くのみ、ということだ。
そして、機体の動きに乱れが生じるだけならば、まだいいとする。
実際にはそんな操縦の御しにも搭乗員客員のスタミナと体力と気力は膨大に消費されるのであり、
結末としては、搭乗者両名がへとへとに疲労してしまい、
結果、ドライバーとコマンダーの連携が十分に取れなくなり、
動作に隙が生まれる、そしてそこを突かれて……ということである。
つまるところ、格闘戦にも弱点があるのだ。
そして現在までの今まで、シミターの格闘戦は、今まで無敵のものとして、ガルバーニなり鬼車なりの数々の“在来の”“旧兵器群”…の強敵を、難なく屠ってきた……
いざ繰り出せばそうしたものなのだ、というのが、今こうして特訓に望んでいる訓練生だけでない、
いま前線で稼働しているおよそ全てのシミター型搭乗員に、共通の根底として有るものと、今回の訓練をセッティングした白線付きの二人は考えている…らしいもののようであった。
だが、こう考えてほしい、と……この本日の訓練に入る前に、あの白線付きのドライバーの男は言っていた気がする、と訓練生たちは思い出していた。
しかし、その前提となる想定が、そもそも訓練生たちの、思考の埒外のものである、……と、皆はそう感じるしかなかったのだ。
懸念としてはあるだろう。だが、そんなことが起きる可能性が、ゼロかそれ以上にあるのだろうか?
即ち言おう。“シミター同士の格闘戦が生じる”。そのようなリスクが、今この世のこの現在に、存在するのか? ということを。