泥濘の王・後編
そうしてまず一台の鬼車が、戦場に出現していた。
出撃した鬼車は、居合わせたセンタリア軍の兵士たちのどよめきに近い吃驚と歓声を浴びながら、トレンチと陣地の幾つかを低速前進の無限軌道で乗り越えていき、そして野戦地図上での開けた坪地へと出た。
車体が軋みを上げながら停車する。とたんに濛々とした排気黒煙が車体後方から延びる排気煙突から噴出がされて、同時に吸気口から給気がされて機関への最大冷却が開始される。
一拍を置いてから再び機関の始動が投入され、煙を噴出しながら機関は唸りをあげて無限軌道を動かし、左右界への車体の操向を取りながら、徐々にシミター隊の全影を捉える方角へと操向した。
車体正面の砲が、ぎごご、という音を立てながら、ぎこちない動きでシミター隊の方角へと指向される。
かちゃん、という薬室の開放される音が、完全密閉では無い鬼車のたわんだ装甲版の隙間の間から漏れ出た。再び閉塞される音が聞こえた。直後……
シュポッ、
ドゥン!
―――――という轟音の砲声をとどろかせた後、発車された弾丸は遠い遠方で、泥を吹きあげて炸裂した。
鬼車は自らの存在を誇り示したのだ――化け物どもへと。
この時まで、シミター隊の前進は止まることが無く、それはこの鬼車が待ち構える司令部陣地の目前まで迫った瞬間まで続いていた。
それが、鬼車の姿を認めたのだろう瞬間、群れの前進は立ち止まったのだ。
シミターの一機が、胴体正面前端部の“頭部”……センサーユニットを、凝視するように向けた。
周りのシミターたちも、ややあってしばらく立ち止まったままであった。
それを見逃す鬼車の側では無い。
「ギャギィッ!」
鬼車の内部には、専用に調教と訓練がされた、ゴブリン……愚鬼、それも魔王戦争での魔族勢の敗北の折、人間側に組み入り絶対の忠誠を誓った氏族の、現代において、その勇者として選ばれた、選抜されたエリートの優秀な個体の小鬼……が乗り込んで、その攻撃と操縦とを大数匹がかりで統制している。
その車長である、チーフ・ゴブリンが唸ったのだ。
続けてゴブリン語にて砲手と装弾手へ指示を飛ばす。続けて、この戦いが終って奴らを倒せば恩賞が出て、その時には休暇が与えられ、後方の慰安所でいくら何人でも娼婦を抱いてもいいとする許可が司令官から降りているのだ、その上里に帰って家も立てられて嫁も娶れるだけの褒賞の恩金も出ることが約束されている、と。
たちまちゴブリンたちは盛んがついて、その勢いのまま、指示で選ばれた弾種を、ゴブリンにとっては重量があろうが、それは人外の小鬼らしい逞しき腎力で、封を開いて解放した薬室の中へと装填して込めた。そして閉鎖。
再び照準が執られ、……砲身を微指向。そして――
ドォッンム!
「ギッ、ギィィッ!」「ギィッギッ!」
再びの弾丸は、ダイナマイト砲弾であった。
しかしこれは、通称として名前がそうである、というだけで、はっきり言って、その性質と火力は我々の知るダイナマイトとは一線を画した、あまりにも強力強大で威力のインフレーションが極まった、魔導錬金による極めて高価な生成物の代物――であり、鬼車のコンプレッサで圧縮された魔力気体の高圧で射出する大口径のガス圧砲で発射されたその弾体は、弓なりの弾道を描いてシミター隊のど真ん中へと着弾した後、
そして……大爆発を上げて、炸裂した!
車内のゴブリンたちは手を取り合って喜んだ。
たったゴブリンの腕の長さ程しかない爆雷缶のひとつぽっちで、並のブラストログ十数発分が収束した火力を誇るのだ。
あまりにも高価すぎて量産もままならない代物であるが、しかし、これの一撃なら、城壁も吹っ飛び砦の櫓は凪ぎ折れて、まともなゴーレムごときなら一撃で、部隊ごと吹き飛ばすことができるのだ。
相手は無策ながらに密集していた、ならばこの一撃で、全滅だろう、と。
しかし、
「ギィッ……?」
照準手のゴブリンがビジョンスコープから目標の成れの果てを嘲ようと見た時、そこにあった物を見て、目を疑った。
シミターだ。
まったくの健在だった。塗装は剥げて煤は付いているが、されど目立った傷一つついた様子は無い。
それが全機、無事だった。
〈――まったく、生きた心地がしなかったな。しかしあのアヴトリッヒの連中に教練では教えられて知っていたが、まさか自分で試すことになるとは……機体コンディション、確認……無事だ。すごい…〉〈隊長、感心している場合ではないですよ!〉
なにだかわからないが、通信機の不調なのか、混線してきたのだろう相手たちの機内でのやり取りが聴こえてきたことにチーフゴブリン以下ゴブリンたちは首を傾げた。
だが、それどころではなかった。目前で繰り広げられたのは、自分たちの実力とはもはや関係のない域の事象の事に感じられたからだ。
だから、車内でゴブリンたちは顔を見合わせ合った。
「なにをしている?!」
猿の電車、というのはこの作品の主人公の出身世界でのそれであろうが、しかしゴブリンの彼ら彼女らは、センタリア軍に雇われた、立派な軍役の兵士であった。
車内に誂えられた通信伝声機から一方通行に、センタリア軍の司令官から怒鳴られた。
「ギィッ、ギィッ!」「ギギィッ!」
ラジャ、サー、と返答を返した後に、続けざまの射撃を図ろうとし……
〈各機、停車射撃、一斉射!〉
―――――ッ!
「ギャッ、ギギィッ!?」
途端にとてつもない量の弾雨に襲われたのが次の瞬間だった。
がりがり、だきゅんだきゅん、がんかんかん、がん! ――と炸裂と跳弾の音が何重幾重にも重奏する。
車内ではその弾音の反響によってゴブリンたちは耳をつんざきあうしかなく、それから、装甲の脆弱部を貫通した弾丸の何発かが車内内部の部品や装備を弾けさせて、炸裂させて使用不可能にしていった。
乗員ゴブリンたちは怯えて縮み込み、失禁しながら傍らの同胞と身を抱き合わせながら悲鳴と絶叫を上げ合うしかなかったのだ。
それがたっぷり、三秒半続いた。
「ギ、ギッ?」
しかし、弾雨のスコールが止んだ後に、チーフゴブリンは、瞑っていた片目を開けて、ふとハテナ?を頭の上に思い浮かべた。
これだけ弾丸が殺到したにもかかわらず、貫通したのはごくわずかで、それから遅れて思い出した。その上、自分たちの乗っているのは鬼車だ、ということを。
「ギッギッ!」「ギーッ、ギーィッ!!」
鬼車の車体と構成材の全身は、タイタン鋼……魔力強化された錬金生成チタニウムの魔導合金による装甲材で製造されているのだ。
そのうえ魔導動力機と魔力気体コンプレッサの機能作用を生かしての、車両の装甲にその余剰魔法力を励起荷圧させて、停車か微速状態においては、対弾・対魔力魔法のエネルギー反応装甲としての作用が可能なのでもある。
これが、この鬼車がこの世界の史上に於いて、野戦戦力としては陸上最強の超兵器として君臨してきた根因である。
ブラストログの投射を何発連続至近で喰らおうが、上面への命中貫通以外は効果が無く、重砲は直撃でもしないと外装のタイタン鋼をたわますこともできない。
勇者の剣は刃が通らず、大魔導士の殲滅魔法でも果たして、そのものがそのまま残る。
そうして手をこまねいているうちに、一方的に鬼車の側によって、ダイナマイト弾等の投擲によって殲滅されてしまうのだ!
これを撃破するには、かつてなら戦略としては師団規模の軍勢をハリネズミのように丹念に入念に武装させてから、それを数個単位で一両に対してぶつけるか、
野戦で出会った場合となると車両上面か側面のハッチに取りついてこじ開け、内部の乗員ゴブリンを殺傷するかでもしないと、無力化さえままならないのである。このことがこの鬼車を、出現以来このアリスティリフ世界の人間たちが恐怖してきた、その理由であった。
引き換えに、この鬼車は非常に建造コストが莫大に高価で、高い。
一両買えば城が立つ、と言われるほどに、前の大戦から六十年が経つ今をもっても、未だに人類圏の国家では満足に製造と配備がままならない程である。
その上、かつての魔王軍が使っていた当時品でも類種の欠陥があり、当の旧魔王軍でもコストと扱いづらさの両因からもてあますほどであった上、
さらにそして、当時品であればいざ知らず、未だ以て魔王国の超技術を完全に得きれてしていない人類勢の魔導科学技術力では、今のところは劣化コピー程度の模造品しか作れていないのが現状であった。
ともあれ、どういう訳か相手の銃撃は通じなかった。
ゴブリンたちは命拾いした、と感じて、隣り合う物ならば嬉しさに涙を滲ませ、手をたたき合い……
〈ゴング1より各員へ、セレクターをソリッドに合わせろ。〉《了解》
冷静な対処を一方のシミター隊の隊長は執っていた。
ギッ?―――とゴブリンたちが顔を見合わせた瞬間、
――――――――――――!
猛烈な弾雨が再び鬼車を襲った。
しかも、今度は違った。
弾丸は鬼車の装甲を、易々と貫いていた。
貫通したのだ!
車体の装甲が弾丸に食い破られて、穴だらけの蜂の巣、という奴へと急速に変形再生されつつあった。
外装を貫いて飛び込んだ弾丸とその連続に、内部のゴブリンたちはたちまちに殺傷された。
暴風雨のように浴びせつけられる無数の弾丸と弾雨に破壊されて損傷し、塗装は剥げて、あっ!というまに丸ごと焙られていく。
見る間もなくずたずたに損壊していったのだ。
炸裂していく車内の只中で、全身を灼け尽されながらゴブリンの装填手と砲手が弾丸を発射しようとする。
チーフゴブリンは絶命している。
最初の弾丸が鬼車を貫いた時、その弾丸は、鬼車の万全の防御にひときわ喜んでいたこの愚鬼の身体を粉砕していたのだ。
迸る火花に目を灼かれる。悲鳴を上げながらも、しかしゴブリンらは最後の望みを託して己の行動としていた。
炸裂した車内内装の破片と断片に裂けて骨と筋肉と血を噴出させた指と手で、なんとか弾丸の一発の装填を完了させた。
あとは安全装置を解除しながら砲撃をするだけ……――であったが、
「!」
セーフティを解除してトリガーを引いても、発射がされない。
操縦手のゴブリンがなにごとかを喚いた。
弾丸に食い破られてちぎれ落ちた彼の足脇にある、ガス圧砲の発射用の圧縮コンプレッサが、破損していたのだ。
絶望を叫んでいた。
弾雨の雨は尚も止むことなく、鬼車の残滓へと降り注いだ。
尚も止むことなく、尚も止めることなく、その兵器としての魂を乗員の亡骸ごと火葬せんとばかりに……――
とうとう断末魔が訪れた。
鬼車の内部弾薬庫の防護装甲殻はとうに貫通されていたのであるが、偶然たった今、その予備貯蔵のダイナマイト弾薬が炸裂したのである。
鬼車は装甲と内部フレームの構造との張り合わせが脆弱だった車体後部から破れて爆風が噴き上がり、
後には子供が開けようとして途中でその気を無くして放り打ち捨てたかのような、ぐしゃぐしゃに破けて外装がめくり上がった、燃え上がる鬼車の残骸が残るばかりとなっていた。
包装が乱雑に破けたプレゼントボックスを思わせるかのごとき有様であった。
今の一連。
これは手品などではなかった。
シミター型スタンディングアーマーの搭載火器は、特殊な構造である為だ。
鬼車の場合はあくまでも圧縮気体の精製時に余剰となる、圧縮装置機関と魔導動力機関の余剰動作魔力の出力を、その装甲外装の強化魔法の作動魔力として充てて使っていた。
このシミターの場合、まず外装と装甲どころではなく、機体の全身が超素材の材料で製造されている上に、搭載機関の出力は極めて多大どころか過大に、有り余るほどに莫大であった。
だからにして、その出力の僅か数割を振り分けられる形で、しかし従来のなにもかもを圧倒する程の防御性能能力を手に入れるに至っていた。
何重幾重にも念入りな、鬼車の加護術式なぞ比較や比類にもならないほどに、きわめて堅牢に施された何百十種類に及ぶ防護魔法と保護術式、それから反応防御装甲の魔術が施されているのだ。
しかもこれも革新的な原理によって、多量大量の一挙量産にも適合する形態として量産が可能な新技術によって、圧倒的なコストパフォーマンスでもたらされたものであった。
そして肝心なのは、その原理を搭載火器の原理にも応用していることだ。
それ単体であれば、この世界の一般的な火力兵器である魔導銃砲や魔力火器、魔導士の扱う魔法弾の類として現臨しているものである…そう珍しい物では無い。
だが、この機体の装備する火器に於いては攻撃力の度合いを、様々な工夫によって、絶大に高めることに成功していたのである。
単に有り余る出力を投入しているから……というだけではない、まずもって、このシミターでは魔力の発生と圧搾収束の機構構造が今までにないものとなっている。同様の原理で、この機体の魔力発生精製の機関はこれまでにない莫大な出力と効率の高さを手に入れるに至った革新的なしくみである。
それを用いて発生した膨大な魔力魔導力は、さらに同様の構造と機構によって再発明がされた魔力機関砲に繋がっている。
これも今までになかった、極めて斬新なガン・システムだ。
そこにさらに桁違いの出力を投入するのだから、最終的に得られる威力は目を疑う程の物になる。
そればかりでなく、銃砲身が回転式の多連砲身となっていることもまた画期的であった。
これにより、魔導銃や魔導砲の弱点であった砲身銃身の膨大かつ過大な熱負荷を、まったく取り除くことに成功したのである。
恐ろしいことに作動機構の魔力魔導科学化によって原型となった兵器からさらに威力と性能が向上したらしく、たった一門の火器から、数百数千の弾丸の嵐を、出しっぱなしに、たった数秒で薙ぎ払うかのように浴びせることが可能なのである。
最後に、この威力の度合いは、自在に可変させることができるのである。
たった今ゴング1――このシミター部隊の指揮官――が指令したように、魔法弾であることを最大限に生かした、非殺傷威力の段階から、“ソリッド・モード”と通称される、実体弾同然の威力の効果も付随した、高超威力の対装甲撃破モードまで、数段階が存在している。
モチーフとなった作品の「原型機」は対艦ミサイルの直撃がどうやらで慌てふためいて苦労していたが、この異世界グレード版のシミターならば、正面からそれらの直撃を連続して浴びて喰らっても、まったくの無事とされるほどに……
あの世界にこの超兵器版シミターが存在していたならば、それを得た勢力は無双英雄伝の如き活躍が出来るであろう程の、クレイジーな性能だった。
以上は、わずか十数秒のことであった。
「に、二台目を出せぇえ!」
司令官の一人が錯乱したかのように叫んだ。
すると、撃破された鬼車からはシミター隊を挟んで反対側に、その箱状のシルエットの姿が出現していた。
シミター部隊の不意を突く狙いで、裏側から回り込んでいたのである。
二代目の鬼車の砲の砲身が俯行した。
シミター隊の部隊へと、照準を向けたのだ。
しかし……
〈後方、五時の方角。一斉射!〉《了解》
鬼車からすればあらぬ方向を向いていたはずのシミター機が、一斉に、胴体だけを鬼車の方へとぴたり、と合わせたのだ。
腰部旋回部を用いてのターレット操向であった。
鬼車のゴブリンたちは、目を覆う瞬間も無かった。
次の瞬間には、殺到した弾雨が暴風のように凪いで、二台目の鬼車は蜂の巣になった。
たちまち乗員ゴブリンは己らの悲鳴につんざいた。
抉れ穿たれ、そして焼け焦がされて、潰しちぎれ散らされる。
スポンジ状に穴だらけになった装甲であったが、しかし運が良かったのか、車体は炸裂することは無く、その無限軌道はまだ稼働が可能であった。
後進を掛けて、逃げるように退散を図ろうとする……
〈各機へ、特科兵装使用許可、…―――撃て!〉
それが、次の瞬間には粉砕されていた。
今までとは違う種類の火力だった。
まず最初の二発で打塑され、穿たれた外装板が破れて陥没したのだ。
続けざまの三発で、全体のフレームがへし折られ裁断したことによって、鬼車の車両は、押しつぶれたバラックの如き有様となった。
放たれた弾丸の口径以上の威力に、まるで銃砲で撃った、というよりは、鉄拳や大槌で殴りつけた、かのようなダメージを浴びた様相でもあった。
とどめに三発が浴びせられた。
その数発でひしゃげて、そして――完全に沈黙する。
一部始終を目撃していたその場のすべては、言葉を忘れて震え上がっていた。
センタリアの兵士と士官たちは、唖然とするしかなかった。
最後に、再びシミターの機体の上半身が転回されて、司令部施設がある方角へと合わせられる。
シミター・指揮官機と僚翼の数機のシミターの右腕部・マニュピレータに装備された、その得物による戦果だった。
その先端の砲口からは、只今砲煙を吹きあげている。
90ミル・コッカリル砲が装備されていた。
その射撃だ。
高威力運動弾種魔法弾による、対物破壊種類の攻撃射撃であった。
望遠眼鏡を構えていた指揮官や射撃隊の班長なんかは、その望遠鏡を取り落しそうになった。
その攻撃力が、次は自分たちに向けられるのだ。誰だって悪夢としか思えないであろう。
シミター隊の機体が、再び前進走行を開始した。
恐慌状態に彼らセンタリアの兵士たちは陥った。
〈…――あれは、〉
シミター隊の隊長であるゴング1がそれに気づいた。
敵司令部陣地の奥向こうから慌ただしく飛び去っていく、空中騎兵の騎竜の複数の影である。
この時に彼は、〈負け〉を思い知った、という。
* * * * *
さて、結果を述べよう。
最終的に敵司令部陣地へと到達したシミター隊。
自分たちの乗ってきた追従の歩兵装甲車型シミターから降車し、他含めの機体の支援を受けつつ、中へと突入した随伴歩兵達がみた物は、
……だれも居ない、無人の司令本部室であった。
まんまと時間稼ぎをされた、ということであった。
シミター隊の搭乗員たちは、いずれもエルトール帝国の苦戦する他の部隊から、シミターの勇名を知って志願して教練を受けた、兵科転向を経ての者たちが揃っていた。それに原因が起因していた。
故にこそ、決死の覚悟で鬼車二台と、大立ち回りをしたのだ……そして確実の撃破を果たしたが……――と彼ら達は、帰還した後の軍団長との面会の席でそう詫びた。
ともあれ、これによって、このFラインでの戦闘の終結は決定打こそ得れなかったが、情勢は大きくエルトールの側へと傾くことになった。
センタリア本国の報道から情報を探るに、脱出した高級士官や司令官たちは、生きながらえることはできたとはいえ、鬼車を二台も失うという失態にセンタリア国王の怒りを買い、今度はより際どい激戦区へと首刎ね同然に送られた、と聞く。
一方、鬼車を二台も撃破した彼らシミター部隊ゴング中隊には、その成果から全員に特別に恩賞が与えられ、後に各地の戦区で勇名を馳せることとなる。
しかし、シミターの実力は圧倒的なので、次第にシミター対鬼車での鬼車の撃破が累積していくにつれ、このような対鬼車でのハンター・エースの褒賞贈与の事例は少なくなっていった、という。
以上はシミター導入後、運用の初期に起きた出来事の一つであるのだろう、つまり、まだまだこの戦争は続く、ということだ。
広大であった戦場全体を見渡せば、このような物語の話は、驚くほどに多いのかもしれない……
Fラインの敵戦力規模は、半減以下にまで縮小した。
これによってエルトールの多くの兵士達が、冬の休暇を故郷で過ごせる事となった。