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泥濘の王 前編

泥濘の王 前編






 

 

 









 炸裂していく砲火!


 

 見渡す限り、黄昏の色に覆われきった地平と天空。

 低く空に沈む轟雲とともに、雷鳴のように砲爆の光と音が迸っては灯り、明滅し、それが閃いては弾け、瞬き、また再び繰り返される──

 まるで戦場は、黙示録の破滅の光景を、そのまま現世に写し描いたかのような壮絶な場面と光景で塗り潰された情景となっていた。

 

 

  泥の海の如く広がる泥濘の大地。何重幾重にも張り巡らされた、鉄条網とトレンチ・ライン──塹壕線──。その両側の遠くには、魔力重砲の砲兵隊が陣地を構えている……撃ち合いを繰り広げているのだ。

 

 

 双方から無数に交錯して飛来する重魔力弾とブラストログの斉射迫撃が、大地を炎に拭き焦がしてから震わせる。

 

 

 一厘の塵芥でしかない人間ごときは、疲弊して泥で汚れきった顔をぐしゃぐしゃにして怯え竦み、神への詫びと祈りと悪魔への命乞いを、その両方にひれ伏しながら涙ながらに捧げて、震え上がるのがせいぜいである。

 

 

 しかし、その両者の微笑みは、相乗した祝福として、呪いだけを冷酷にも人間へと思し与える。

 

 

 雷轟が轟く度、地平の限りに構築された陣地やトレンチが、爆裂によって耕されて、中の兵士ごと炸裂していったのだ。

 それでも、厳重かつ剛堅に築城がされた、特に重要な敵の要部施設壕、並びに中枢陣地や指令部施設などは、今の只中においてでも破壊には達していない。

 

 

 エルトール帝国とセンタリア王国との国境の前線地帯Fライン、ここミナロスト大地での戦端が再び開かれてから以来、その日常はそのようなものであった。

 

 

 

 いつまでも終わらない戦争が、ここで永遠に繰り広げられていた。

 

 

 

 

 だからこそ、スタンディングアーマー・シミターの数個小隊部隊が、方面軍団長の発した勅令の下、任務命令を与えられて、発進し、今まさに、前進していた。

 

 目標は、敵司令部要部施設、そこへの強襲!

 敵の正面を突破して殴り込み、敵の司令官や幹部級を諸共一網打尽にしよう、という意図である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 腹の底をも振るわせる砲爆の重低音に震える大地の地平に、その姿たちは出現している。

 ウォームグレーの正式塗装の上から前線補給廠における整備補給の折に簡易な二色迷彩が施された、全高六メイルの、歩行する影。

 機械型・装甲ゴーレム……マシーナリーゴーレムとこの世界では呼ばれつつあるが、正式にはスタンディングアーマー・シミターという銘が打たれた、機甲戦闘型、直立歩行装甲機のシルエットである。

 

 

 潰れた胴体に細長い腕と武骨な足。まともな人間の姿はしておらず、まるで化け物がなりそこなったかのような、奇妙な怪物の姿。

 その影は、山の向こうの地割れの中の、地獄の底から現れた巨人の兵団かのようであった。群れを成しているのだ。数は、……大凡見積もって、二十と指揮機の数機。

 

 

 兵団の行軍かのように前進する彼らの機体は、鉄条網はマシンの手指で破り捨て、泥濘に埋もれる対歩兵地雷や爆弾の類は、踏んだとしても威力効果は全く無く、そして敵味方からの砲爆の曳火炸裂にも平然と無事で、まるでダメージというのは受けていない。

  

   ※曳火射撃(=頭上至近での意図的な時限炸裂を砲弾にさせる事で地面上の広い目標に効果的に損害を与える、重砲の対地攻撃方法のひとつの事)

 

 

 

 

 塹壕の土手からそれを見ていたセンタリア国軍の兵士たちは、化け物の到来に恐怖の顔を浮かべる他になかった。


 今日の一日、重砲隊同士の日課の“ゴアイサツ”以外には、ロクに本格的な地上戦の競り合いなど起きなかったエルトールが、

 何を繰り出してくるか、とすれば、よりにもよって、“あの”シミターを、とは!

 

 それは報告を受けた後方指揮陣地に卓を構える指揮官や参謀の幹部や士官らも同様であった。

 そこからの命令発令が矢継ぎ早に、デタラメな体たらくで飛び出して、とにかくも阻止を前線の近接する歩兵兵士たちに下令したのにはそう時間を要するものでもなかった。

 

 

 慌てるよりも早く、怯えに裏打ちされた手の速さで、塹壕線上に、ここ近日の雨と砲爆を避けて壕内に隠伏させていた魔力銃砲や各種歩兵火器、魔導士の魔導杖などが構えられ用意されていき、数分後には塹壕線上にラインとなって布陣がされるに至った。

 

 

 射撃開始の号令はまだ下されていない。

 

 

 塹壕の中から、軍帽を被った持ち主の目線だけとそれだけが一緒に形と姿を覗かせた、観測の光魔導士の魔導杖の先端に誂えられた光のオーブが輝きを放った。

 直後に収束指向光(可視光レーザー)による多目標への評定が行われて、次の瞬間には位置の精密な割り出しが完了した。

 

 

 陣地の各地点で同様の現象は一瞬だけ、ほぼ同時に現出していた。

 各陣地ごとにそれぞれの魔導士が観測を取ったのである。

 

 

 

 班の評定員が諸元を伝声具に込める。

 魔導具インターコムを介して、各射撃指揮官へとその情報が送られる。その情報が各自によって認識されて、各火器の照準とターゲットへの見こし合わせ、射撃優先の順番が執り図られた。

 

 

 

 

「――撃ち方始めェっ!」


 

 

 

 号令が下ったのは、今の事である。

 しかし全ての班と隊で準備が整っていた訳では無く、とにかく用意の出来た兵士から場当たりに射撃が開始されるという有様でもあった。

 

 

 

 割合照準は正確を得ていた。

 入念に観測を多地点から取ったからこその成果である。

 発砲音、反動、その連なり…連続。無心に銃撃の引き金を引く兵士達……

 

 

 

 

 それらは中々の命中で、遠く彼方のシミター隊の機体へと打ち当たって着弾していった。

 


 

 されど、まるで効果が無い。

 不気味に全身と装甲を震わせながら蠢く怪物は、まったくの平然といった様相で、前進の歩を止めることが無い。

 

 

 

 兵士たちの顔は恐怖に引きつっていたが……――

 

 

 

 

「!」

 

 

 

 

 遅れて、大地の底から震わす衝撃が発射音とともに連続していく。

 

 


 センタリア側砲兵隊重砲の一斉斉射──

 

 シミターへの直撃弾を狙った集中射撃である。

 

 如何に超然じみたあの装甲機とはいえ、所詮は形があるモノ。

 魔力重砲弾の直撃なら、至近炸裂や破片威力、爆圧による破損とはわけが違う! 兵士の多くは勝利を確信していた。

 

 


 

 悪魔を打ち祓わんとする光景であった。

 

 光の矢の収束が、大地の上へと降り注いだ。

 

 

 直後に轟音と爆炎が立ち昇った。

 地平上では炸裂が連続していく。

 濛々とした火炎と爆煙が、焼き尽くすように立ちこめる――

 

 

 

 

 

 

 安堵がセンタリアの兵員たちにもたらされた。

 

 

 

 

 が、

 

 

 

 

 

 

「―――――!?」

 

 

 

 

 

 それは次の瞬間には脆くも崩れ去っていた。

 

 

 

 

 爆炎と劫火に掻き消された筈のシミターの姿が、炎のカーテンから現れたのだ。



──そんな莫迦な!



──……厭、理屈と原理と実際の相乗があってこそ故に、

 神か悪魔のもたらした祝福の奇跡か呪いの悪夢かの如きこの現象は、

 実現実のモノとして、いま、この場に顕現したのである。

 

 たしかに、今の先瞬……

 シミターの各機は、正確に飛来した重砲弾の炸裂で、順に爆轟の中へと包まれていった――かのように見えた。しかし、それは命中を意味するものではなかった。

 

 

 

 砲弾の弾道とその先の予測命中地点は、シミター機の搭載センサーとその内のいち系統である魔力場・電波複合探知装置の相乗によって、此方に飛翔し飛来する砲迫弾検知の機能能力も持つそれにもより着弾位置と到達までのカウントダウンはおおよそ予測出来たというのもあるし、

 なにより重砲の発砲音が聴音できたその次の瞬間からは、正確にシミター隊の把握するところの物であったからだ。

 

 

 複座になっている機体の後部乗席に乗り込む指揮乗員が、下半身の歩行走行を受け持つ前席の操縦手へと発破をかけたのは、次の刹那のことであった。

 

 同時の瞬間、つまり敵弾の着弾による炸裂間際のその遥か前から、操縦手は機体のパワーモード・スロットルを全開に開いていた。

 そうして一気に機体の走行速度を加速させて、

 途端にシミターの機体が発揮した高速の突進で、

 敵砲迫の予測着弾位置分布を回避・突破し、火遁の渦を潜り抜けた。

 そのため、飛来弾が爆発してその全てが打ち消えた時には、爆轟の噴煙の淵には一瞬掻き消えたかのように埋もれたとすれ、その時点において、既に突破しての回避は成功していたのである。

 

 

 

 黄昏の奥に爆光は収束して、霞の如く、薄暗く立ち込めた燻煙の只中。

 その低延を蠢きながら、

 “怪物バケモノ”たちは今、煙の縁から、這い出てきた……


 そして確かな高速で停まることなく再び、

 こちらに迫る装甲機の群れの姿を見て、センタリアの士官は絶句し、兵士たちは茫然となるしかなく、エルトールの兵員たちもまた、目を疑った。

 

 

 そんなさなかに、大気の音の音色が変わった。


 

 何があったか? とこの場のだれもが思い感じるほど、

 不可思議なくらいの……、

 一拍の間のことではあったが、

 まさに空白の如き静寂が、この戦場に訪れてよぎる、風によってもたらされた、その刹那の瞬間があった。



 そして…………



 風が裂かれる音、泥濘を飛び散らせながら歩行の連続が動作する音が、遠くかなたから大気を震わせて、センタリアの兵士たちに伝わってくる。

 そのさらに遥かからは、不可能と思われていた、敵の防御線の突破に成功したシミター部隊を目撃しての、エルトール軍兵員たちの勝ち鬨が聞こえてきた。



 そして、影の群れが迫ってきていた。


 影は、疾風のように高速だった。機械駆動の走行で、脚部を疾走らせて泥の海の上を渡っていた。

 肩部パッド、頭部フード、脚部や腕部の切っ先…――

 機体装甲の鋭端で切るように風を凪ぎながら、大地の泥濘を今の瞬間の次にはそれを踏みしめる脚部の遥か後ろ向こうへと流し送りながら、シミターの機体は高速で走駆している。

 

 そしてその走行するシルエットはひとつだけではないのだ。集団だ。群れだ。軍勢であった。



 泥の大地の上を滑る様に走る怪物の影が、たくさんいる!



 センタリアの兵員たちは絶望を思い知らされた。



 

 

「ぎゃぁ!」「!ぁっ」

 

 

 敵も味方も手を止めていた最中に……

 再びの戦端が切られたのは、その瞬間だ。

 

 怪物たちの姿に重なる炎光が瞬いたのがその時だった。

 灯った光は点滅して、次の瞬間にはセンタリアたちへ弾丸となって飛来した!

 

 

 

 

「アァガッ」「あぁア!」

 

 

 

 発砲が開始されたのだ。 

 とうとう、篤い返礼がその彼らからセンタリアへと持て成され始めた。搭載火器の銃撃による反撃が、シミター隊からの応答として返ってきたのである。

 

 

 シミターの胴体前端ターレットの魔力バルカン砲と右肩側部マウントのマウザー機関砲による同時射撃。

 それにさらに、シミター隊の殆ど多くの機体がマニュピレータへの装備として携行していた25ミル・ガトリングガンポッドウェポンの掃討射撃!




 それら搭載銃火器から放たれた炎の色の破線が、絵筆から散らされる絵の具のスパッタリングか、気軽なローラーペイントの様に情景にへと塗り込まれていく。


 あっというまに、

──おびただしい人命の無為と、戦費物資と資源労力の莫大なる浪費の極みの相乗であったところの──

 この“豪勢な絵画”は、台無しに汚されてしまった……


 エルトールとそのシミターたちの高揚した士気と戦意の彩色によって、だ。


 センタリアの軍勢側には、散った兵士の命のなれのはての嵩がさらに積み増しされて。


 或いはゴミ取りのための粘着ローラーの動作可動であるかのように、的確かつ満遍なく、軽快に、センタリアたちにへと命中していった……

 


 果たして、それによって、この瞬間に於いて、センタリアたちは悲鳴と絶叫の渦中にあった。


 泣き言や嗚咽を上げる刹那の間際もなく、

 破砕され、粉砕され、或いは燃やされて焦がされて気化して、

 メタクソという言葉の通りに、彼らセンタリアの敵兵士達は、泥の冷たさと炎の灼熱の間に呑まれていった。


 一方で、シミター隊の各機は、編成における小隊、分隊の各班ごとに、フォーメーションを選択……

 より自分たちの射撃攻撃を効果の高いモノとする為に、

 銃撃の散布を考慮した一致たる機体間隊形を、走りながら組みあげた。


 より火線は洗練され、

 より的確になった射撃が、さらにセンタリアたちを襲撃する……


 そのようにもっと効率的かつ隙が無くなった走行射撃を継続しながら、シミター機たちの疾走は、泥の海の上を滑るように続く。

 その射撃の炎がシミターたちの姿を光らせ、銃火器から放たれて延びた光の破線の切っ先が、

 左右正面視界の全ての、その縦横に敵センタリアのトレンチや射撃ベトンへと浴びせられていくのだ。

 

──炸裂と共に連続するセンタリア兵たちの断末魔。

 


 泥の飛沫を弾ませながら、シミター部隊は突撃の走行を前へと向けていた。

――シミター機の機体の正面シルエットが橙色の発砲炎に点滅して彩られる。

 昼の半ばだというのに、水泥の気配で澱んだ、黄昏のように昏い風景を背後に、炎の色に明滅するシルエットたち…

 亡霊の兵団。

 そうと形容できる、幻影の如きそれ。

 センタリアの兵士たちには、まるで恐怖というものが肉体を得て、悪夢の幻覚が形になったような不気味さを思い知るしかなかった。



 それでありながら、

 シミター部隊の進路は、敵目標司令壕の予測分布の位置方角へと、まっすぐに直進していた。



 そうしながら、彼ら…シミター機部隊は地形追従の走行を執りながら、機体間のフォーメーションを突入準備にへと臨機に組み替えた。

 そして銃撃をさらに苛烈にしながら、次の一瞬、正面の大地地形へと、バケツの内容物を振りかぶって放り投げるかの如く、塗りつぶすようにして浴びせたのがこの時だった。


 タイミングを取って、次の刹那に吹き出し溢れるように浴びせられた火焔と炎熱の嵐の如き弾雨に、

 正面地形に設けられていたセンタリアの陣地は破砕され、耕され、そして、沈黙した…………


 縦横の手前正面、今まさに狙った、この一つ目のセンタリア歩兵トレンチが目前に迫ったからだ。

 そして、行く手に差し掛かるこの壕を、

 シミター機部隊が突入して超壕するまでは、もう数刻とも無かった――





「──あ、アギャ?!!!!」



「ぎゃああああーーーーーッ!!!!!」



「──……ば、バケモノども……!!!!」




 超壕し、乗り越えられ、そのついでに機体の脚部で挽き潰されるセンタリア兵士たちの残滓を目撃して、

 センタリアたちは怯えと戦慄のうめきを上げるしかなかった……



 

 高速での走行踏破を緩めるどころかさらに加速させていきつつ、シミターの機体は攻撃を緩めることなく、むしろ過熱させていっている。

 この世界の地上人類軍の通常普通では従来ではありえなかった、高度に統制された火器管制装置の補整補助と、いち目標に対するガトリング砲による弾雨の如き掃射。さらに加えて、マウザー機関砲による精密射撃。

 

 

 これだけの火力を単機で放れるシミターが、二十数機も居たのだから!


 これらの銃撃と銃火によって、センタリア軍の一番目の底は踏み抜けたも同然であった。

 只今、銃撃の照準は、次の目標たちにへと縦横に向けられていた放射状態となったために、たちまちにセンタリア軍の塹壕の火点は撃破されていった。

 

 

 

 

 重砲の砲爆で決するものだと油断して銃撃を止めていた彼ら兵士たちは、泡を食って銃の用意を再び向けるしかなかった。

 

 

 

 

 センタリアの兵士達は我を忘れて銃撃を再開した。

 

 

 

 

 

「支援要請を! 座標は――」

 

 


 ここで泡を食った者は兵士の類のほかにも居た。指揮官級の士官たちである。

 その前線指揮官たちは再び重砲隊へと支援射撃の要請を飛ばした。

 だが、それへの返答に彼らは真っ青になった。

 

――魔力弾の莫大な発射熱の蓄積によって、砲身が過熱状態になっており、重砲の射撃が出来ない、支援は現在、中止中、――との旨であった。

 

 

 

 

「ブラストログがあるだろう!」

 

 

 

 悲鳴は通り過ぎて怒号同然になっていた。

 発射機から弾体を直に打ち上げて飛ばす噴進魔導棍――ブラストログならば、打ちっぱなしにすればこちらへの支援砲撃は十二分に勤まる、という主張だ。

 

 

 

 重砲隊は渋ったが、司令部からも同様の旨があった。やむなくブラストログの射撃が始まった。

 

 

 噴進弾の投射斉射が開始されたのである。

 遠く後方から聞こえる轟音とともに打ち上げがなされ、空を切る怪音とともにその弾体が無数に飛来して、シミター隊へと降り注ぐ。

 

 

 

 だが、ブラストログはそもそも精密射撃には向いていない。

 風向きや風速に、弾体自体のコンディションで、如何様にもその命中の精度は左右されるのがこのブラストログという火器なのである。

 

 たった今現在も、おおまかに飛来したのはいいだろうが、しかし着弾するはるか手前の上空遠方で、その弾雨の集合はかなり集弾が解けて、ばらばらに大地に降り注いでいくのが兵士たちにも見えていた。

 

 現に今、ばらけきったその何発かの数発が、弾道を大きく逸らして、味方であるセンタリアの兵士たちの塹壕の幾つかを、炸裂させて薙ぎ払って、焼き尽くした。

 

 

 

 また、シミターの防御力は、このブラストログの直撃にも耐えるものである。

 本来の“原作版準拠”としたならば粉々をとおりこして燃えカス程に粉砕されて燃やし尽くされている程のブラストログの壮絶な火力であろうが、しかしこの世界のシミターは違う。原典の数倍の装甲厚に強化された外装に加え、その全身の構成材は、由来が極秘かつ、組成が特殊な、きわめて強力な物が使用されているのだ。

 

 偶然から生じた、拍子抜けするほどにあっけない、その超装甲の素材の正体でもある。しかし、これは現在では無敵の性能を発揮していた。

 

 直撃しても到底撃破にも及ばないのであるし、また、先ほどから高速での走行を続けているがために、そもそも当たりようがなかった。

 至近で炸裂するブラストログには、ひらり、ひら、と避ける様に機体の身体と進路を都度ひねりながら、それらで爆風と爆圧をいなしながら、健調な歩行作動音と共に快速の走破を続けている。

 

 

 

 大地には紅蓮の炎が、立て続けざまにして噴き上がって花のように咲いていく。

 されど、シミター隊は健在なり。

 

 

 

 劫火の紅を背後に、化け物たちのシルエットは着実に近づいていた。

 何重にも障害と罠に遭遇しているにもかかわらず、シミター隊の侵攻速度は緩まることがなかったのである。

 

 

 

 

「怯むなァ! 撃て、撃ちまくれ!」

 

 

 指揮官が喚くようにして怒鳴り散らす。

 生き残りの火器を持つ残りの兵士たちは全身を震え上がらせながら、ただひたすらに引き金を引き続けた。

 


 しかし、彼ら彼女らに、シミターからの烈火の弾丸が、都度、降りかかった!

 その彼らをも、縦横に凪ぐように薙ぎ払い放たれるシミターの搭載火力を浴びせられて、たちまちに黙らされていった。

 ただ、この戦場のセンタリアの兵士の数はとても多かったので、シミター隊の現在位置が、兵力の配置の濃い、縦深の深くへと差し掛かっていたこともあって、そうそう火線が閉じるわけではなかった。されど、見る間もなくどんどんと健在な数は減っていく……

 

 

 途中からはようやく、復帰した重砲の何門何基かがも支援砲火に加わり出して、兎に角シミター部隊への砲火と銃撃の投射は止むことなく続けられた。

 

 

 

 無数の銃火の耀きが戦場の空中を埋め尽くしていた。

 


 

 そんな、壮絶な規模の弾雨の中で…しかしシミター達は、疾駆の速度を緩めることなく敵陣地への前進接近を続け、

 ──これが何番目のとなるだろうか。

 ふと、敵のある観測員兵士が気付いた時には…




「――突入される!?」



 この兵士たちの潜むトレンチへの間際の、その寸前へと迫っていたのである。





「あっ、ぁあああああああああぁあぁぁあぁぁぁっ………――」





 トレンチの中で怯え竦む兵士達の頭上を、シミターが通過する。


 ぐここ、と蠢く、不気味な怪音。

 魔導力圧の負荷通過の形質の変化によって伸縮と柔軟の度合いを自在に変化させることで高い可動性能を発揮する、スタンディングアーマーの駆動原理である人工筋肉の動作音が彼らに聞こえた瞬間だった。



 唖然と見上げた顔面の上に、ぱらぱらと土飛沫が降りかかって落ちてくる。シミターの足の爪指が、その目前を通り抜ける光景だ。

 巨大な機械の脚を持ち上げて、平然と避けて越えていく。

 

 

 

 呻きを上げながら、兵士たちは失禁するしかなかった。

 土ゴーレムを出せる土魔導士も若干多少はいたが、我を失って怯え竦むか、または果敢にも錬成し繰り出したとしても、一瞬かその次の瞬間には、シミター機の格闘か銃撃で諸共粉砕されるのが最後であった。





 とどめに、である。

 その悪鬼の如くのシミターたちによる暴力が、

 彼ら彼女らが、再び前進を再開して去って行った……その直後からにも、さらに悲劇は重ねられる。



 聞こえてくる……大気を擦過する風切り音が。

 塹壕の中でそれが聞こえた生き残りの兵員たちは、僚卒の骸を片付ける余裕もなく、

 ほうほうの体で、泥にまみれた様相で、肩を息継ぎに上下させていた。



 その彼らが顔を見合わせる間隙もないまま、


──直後に、爆裂が閃いた!




 炸裂していく弾頭! 




 複数、多数、無数が、念入りに。




 全くの不意打ちで、それらが浴びせられていったのだ。



 いったいどこから?

 だれから?




 だが、それは遠くからみれば、

 まばら雨の粒筋が、ほんの多少、漏れて逸れたから……

 そんな悪童の悪戯程度であろうか?

 はるか後方の、その視点にいる観測者たちには、

 醜い嗤みをさらにゆがめながら……そのような関心の程にしか、思われることはなかったのである……




 こうして叩き込まれていった後、

……爆轟に粉砕されて、

 このトレンチの塹壕陣地は、沈黙した。




 しかし、こうして始まった破滅の情景は、それだけには止まらなかった。



 まさに、そこから始まったのだ……


 シミターが通過していく度に、

 通り過ぎた後の航跡たる道筋に、



 まるで花道を飾るかの如く、爆裂の炎の華が咲いていく……

 その弾頭の飛来は、ローラーペンキでラインペイントを牽くかのように、

 塗りつぶすかの如くに、やってくるのであった……




 シミターの通過した後を追いかけてくるのだから、

 その通過されたセンタリアの陣地が、吹き飛んでいく。




 炸裂し、沈黙していく僚軍の陣地の累積に、

 センタリアの兵士たちは恐慌の渦中にあった。




 そして、

 今この刹那に、

 センタリア兵の多くは、この状況の要因の正体に気付いた。




──一体、どこから?




 飛来してくる方角は、向こう側……エルトールからではない。



 ではなにか?



 こちら側からだ。




……自軍の砲兵陣地からだ!




 前線のセンタリア兵士は驚愕として恐怖した。




 真っ青になった前線指揮官や士官たちが、即座に伝声具を取って、

 射撃の中断と保留を報告しようとした……




 しかし、いくら陳情の声を上げても…

…──伝声器の向こうからは、無言しか返ってこない。




 そうこうしているうちに、正面からはシミターがやってくる。



 センタリア人にはやる気と根性スピリットがある!

 混乱してなお、涙ぐましくも、

 抵抗と阻止を試みようとする、兵士たち…………




 だが、

 シミターたちが接近して暴れたか、近接か肉薄位置にあったが通過か回避を取ったりした、層の浅いセンタリア陣地から、

 同様の爆轟による炸裂が、閃いて、轟いていった……



 

 無念の中で、兵士達はしんでいった……




 他の何者でもない、友軍の手によって!




 センタリアがセンタリアを殺す、そんな情景が完成していた。



 まさに共食いの蛇の破滅であった。





 だが、これは始まりでしかなかった。

 事態は開始されたのだ!



 シミターたちが暴力を振るい通過していった、

 その足跡の道痕において、

 遅れて徐々に塗りつぶされて染められるかの如くに、同様の状況が再現されていった……


 彼ら彼女らセンタリアの友軍たちは、同じ友軍の

 重砲弾の投射射撃によって、肉の肢体が散り散りに焦がされるまで、念入りにバーベキューがされていった……



 不条理な現象だったろう。

 だが、これにだって理屈はある。



 何を隠そう、センタリア側の司令部が恐慌状態に陥っていたからである。



 混迷のそれたるや著しく、

 軍議と議論の過程で、白熱や破局した結果、

 密室の中で、処断や処刑の流血なども繰り返し出た後であった……



 そんな恐慌状態を来した司令部が、

 やみくもに重砲やブラストログのつるべ打ちを命令していたからだ。



 その結果として、

 たった今においては、無制限の砲迫射撃が、下令されて開始されるにいたっていた……


 そもそも、それにしたって、ちゃんと照準と見越し合わせが十分にとられたものではなかった。


 こんな事態になってしまったのだから、大分まえから、前線からは標定観測の情報と射撃支援の要請報告すら上がらなくなってしまっていた……


 運用の状況も、稼働できる砲門が空き次第、

 てんで纏まり無く、使用して繰り出される、という有様であった。



 そんな状局であったが、

 しかし砲兵陣地は遙か彼方で、この戦場を直接光学観測できる位置には、相互でなかった。


 唯一活きた目である、

 司令部陣地から見渡せる範囲内において、

 エルトールのシミター隊の、大まかな位置分布の情報のみが、

 それも大分のタイムラグを伴って……

 伝わってくるのがせいぜいであった。



 ならどうなるか?



 そうであるので、結果も相応である……

 まばら雨のように降ってくる友軍センタリア側の砲迫の弾丸が、

 侵出するシミター部隊の足跡を追いかけながら打ち出され、はるか彼方から空中に弾道を描いてそそがれてくる……のであったが、

 尚も高速で突破をつづけ、走り続けるシミター部隊たちをその弾頭たちは地表時点で捉えることができず、こうして、大地上での到達着弾のタイミングは、到底追いつくものではなかった。

 

 そうした中で、それら手遅れの弾雨たちが命中していったのは、、

 他の何物でも無く、これらセンタリアの友軍の陣地や塹壕であった。



 シミター部隊の進路通過後の、

 通った後道に存在する、まだ生存者も少なくない、友軍センタリア軍の塹壕や陣地などであったのだ。



 自軍の勢力圏を串刺しに喰い進む敵の隊に射撃をしているのだから、当然着弾していくのも其の勢力圏の中のことであるのだ。そして、それの結果は当然として………

……である。




 斯くべくして用意された、不幸な犠牲役として、

 無能な上級の拙走の代償、尚も燃やされる血と肉の数と量は、増え続ける結果となった…………



 炸裂の徒花が、シミターたちの背景で、まるで花道かのように、咲き誇るしかなかったのである。



 縦横の壕はそうやって突破されていった。





 これで終わりだろうか?


 いや、まだこれが続く


 開始であった。




 シミターたちの前進は停まることなく、

 阻止が出来なかった壕や陣地が、片端から吹き飛んでいく。



 こうなると、もはや戦闘どころではない!

 放棄して、壕から逃げ出す兵士たちが続出し……

 下士官や壕の指揮官級の士官が、制止と阻止を試み、 仕舞いには、射撃や撲撃の実力行使も図られた。



 しかし、こうともなると、怒りの矛先は、

 相互の互いに、向けられ合うものとなり……


 流血と失命の幕間劇は続けられ、骸と屍の積み重なりは、相乗して増えていった。




 そうでもあるから、

 前線からは抗議と怒声の通信が、後方司令部には殺到した。


 しかし、司令官はそれをすべて無視した……




 盛大な自滅劇は、未だ終わることは、この時においても無かった。






「鬼車を出せ!」






 いよいよ遂に目前まで迫られた本部司令部の指揮官たちと司令官は、最終兵器の出動を決断した。



 本部陣地から一番近い“それ”の格納整備ハンガーの掘立小屋から、その姿が発進して、大地と天道の元に出現した。





 巨大な鉄の箱が現れていた。





 いや、ただ文字通りの鉄の箱が動いているわけでは無い。

 その下部には足回りとして移動機構である無限軌道が誂えられていたし、砲塔こそないが、鉄箱の正面には、左右とそれから上下に俯仰と操向が可能な、砲の砲身めいたものまでがある。

 

 

 

 

 戦車だ。

――いや、この世界では鬼車きしゃと呼ばれる。嘗ての忌まわしき魔王大帝国が発明した人智を越えた、基本は小鬼兵しか扱えない超兵器を、先の魔王討伐戦争から六十年が経った現在、センタリアは鹵獲したそれを解析してリバース・エンジニアリングし、再発明して自らの国家陸軍の決戦用兵器として、装備武装するに至っていたのである。




 ガタガタガタ、……と、まるで崩れる寸前のバラックのようなガタツキとギアの噛み込み合う音を唸らせながら、その戦車の姿は格納庫の前から徐々に進みだしていった。


 格納庫は、砲爆よけに掘られた壕陣地の中に、半埋没の形で設けられていた。

 整備員たちが進路の合図を送って取りつつ、その入り口と進路に掛けられていたぬかるみ避けの鉄板と木合板をキャタキャタと鳴り響かせる無限軌道の進行で泥に沈ませながら、ゆっくりとした速度――これでもこの鬼車の最大加速速度を今、出している――で、発進路からの進出を、ようやくやっと、の体でこなしていく。



 すると途端、若干の坂になっていたその出口で、加速と馬力が坂の角度に対して追い付かなくなりかけた。

 最初にギアを入れ過ぎたのだ……出力のパワーシフトが追い付かなくなったのだ。

 がたがたがたがた、と、鬼車の搭載魔導内燃機関が限界まで出力が上げられて、動力機構が金属機械の耳障りな悲鳴を上げる。

 整備員総出で押してやる……が、追い付かない。鬼車はとにかく自重が重いのだ。

 しまいにはとうとう付近から召集の懸けられた兵士たちが集まってその背後から押してやり、ようやく脱出が成った。





 ドォン、と砲爆の音が轟いた。そして止んだ…―――鬼車とシミターとの決戦をさせ、撃破させる、という命令が砲兵隊にも出たからだ。まぐれあたりでも鬼車を誤爆してはならぬ、という意味である。




 それから、司令官らには下心もあった。

 自らたちの軍団に与えられた、唯一無二の代物だ。予備機も含めれば二台あるから、悪ければその全てを解き放って、あの恐ろしいゴーレムどもを破壊せん、もしさすれば自らたちの手柄となって、功章も得られるだろう。そうなれば、それからのより善き軍役と、その老後を……と目論んでいた。

 

 

 

 

 

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