4(4/6)-ルーのお礼?-
* * * * *
作業は朝早くから行われていた。
一心不乱に、釜の上に渡した棒を回転させながら、そこに調合した生地液をかけていく、メイド……のタチアナ。
釜の炎は煌々と焚かれていて、熱量は中々すさまじい。
生地液をかけるのと棒を回転させる腕は止めさせずに、ときおり水分と塩分の補給に、桶の水と塩の固まりを呑んで舐めながら、不乱に作業を続けるタチアナ。
この西偏世界において、日常雑事の延長として、ケーキなどの甘味調理にホムンクルスのメイドを用いる家や邸宅は多い。だが、丸太のケーキと通称されるこの甘味の作成には、メイドになみならぬ体力と気力が必要とされる。
その過酷さから、この丸太のケーキ作りは、そのまま、
メイド殺し、と呼ばれるほどである。
そうして数時間以上が経過して、ようやく丸太のケーキは完成と相成った。
* * * * *
「試し焼きしたものを試食してほしい、?」
翌日である。
ルーのやつはそう言われて、
「まるたのけぇき、たべていいの!?」
まるで幼子かのような食いつきよう。
まあ実際こどもなのであるが……
「ふ、ふふふ……なかなかに骨が折れる作業でした……」
タチアナは、気力と精魂尽き果てながらもなおメイド魂を燃やして、そのケーキが乗せられた皿の乗った手盆を運んできた。
「わぁっ………!」
かちゃり、とルーと俺の座る卓の上に、それが据え置かれた。
「これです! これですよ、ボクのだいすきな“丸太のけぇき”♪」
ルーの奴の、純真に喜ぶ笑顔。
俺もタチアナも、顔を見合わせた。
苦労しただけあって、目線を合わせるだけで、互いの苦楽が通じ合う、そんな体感を感じた。
「それではタチアナ、いただきます。ゆうた、タチアナ、一緒に食べよっ?」
ルーはそう言って、タチアナに自分のケーキのひとくち分を割って、肉差しに刺したそれをタチアナへ向けた。
「え、いえ……私はもう、取り分けるときの切れ端をいただくつもりでとって置いてますので」
「そうなんだ、じゃあ遠慮なくいただいちゃおうっ! あーん……」
ルーはそのフォークの先のけぇきを自分の口へと運んで……
「んぐっ」
ぱくり、と一口に食べた。
「はぐ、ぱく、…お、い、し~!!」
絶品がたまらないか、というように声を出して己の幸福を伝えんとした。
「どれどれ、俺も食べてみるか……うむっ、はぐ……おぉ、中々に!」
俺がたべてみたところ、風味が素朴でややしっとり感の薄い、たまごとミルクの味そのままのケーキであった。
中々においしい……
「しあわせーっ…?」「うん……うん……」
「お口に合ったようでなによりです、ルーテフィア様、ドウジバシ殿、」
タチアナの怜悧な表情も、うっすらとやわらかに笑んでいた……
「おいしい…………ん? あれ、でも、あれ?」
しかし、そこでルーは、はた、と思ったようになって、
「あ、れ? こんな味だったっけ、こんなに甘くて、乳酪の風味がたっぷりで、たまごのあじがして、ミルクの風味がこんなに新鮮で………、?」
ぎく、となったタチアナと俺。
やばい、と思いつつも、しかし元の料理からおいしくなってよかったじゃん、とも思わなくもないのだが……というか思うのだが、
「おかしいな?なんでだろ、ねぇタチアナ、味がなんだかおかしいの。なんでだろ……」
「ふぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
ばぁん、と開かれる音が鳴った。
扉が開けられて、そこには、俺が調達した現代食材の袋を全部持ちに持った、イリアーナの姿がいて、
「タチアナたちあな! 見てください……例の異世界産の食材ですよ!!そのまま食べてもなんとおいしい! だれがためしたんだか、けーきの作りかけまでありましたよぉぐふふふふぅぃ!! って、えっ………」
今の一瞬、明暗が分かれた、という言葉の意味の通りになった。
目をぐりぐりもじゃもじゃ目にしたルーはともかく、
俺もタチアナも、イリアーナをみる目は氷点以下であって、
「イリアーナ、あなたってホムンクルスはぁっ!」
「え? え? え??」
どがばきべき、とタチアナの連続格闘コンボがイリアーナに決まったのが、今の刹那のことであった。
「…………!」
ギチ、ギチ、ミシ、ミチッ、ミギッ、
「あっ、あっ、あっ、、たちあな、たちあな、ぎぶ、ぎぶ、ギブミー!あっぷ!! あっぷ、あっ、あっ、あっっっ、あ~~~~っ!!?」
ふぅ、悪は滅びた……
と俺が結論づけた、のは置いといて、
「あっ、」
ルーの奴をみると、ぐりぐりに塗りつぶされたその眼が、うるみだしながら俺の顔を捕らえている状態であった。
「ゆうた、なにをしたんですか?」
声は怒ったモノだったが震えていて、それ以上に表情は限界だったらしい。
ルーのおおきなまんまるの瞳が、うるうると涙で潤み始めて、
「それじゃあ、ボク、おれい、できなかったんですかっ?」
その小さな体は震え始めていて、
「ゆうたにたべさせてあげたかったのは、ボクの思いでの味だったんですよう!」
目から涙を散らして、ルーは泣きじゃくる手前の感情をぶつけてきた。
「……」
………
「…」
「……俺は、」
おまえに食わせてやりたかったんだよ、たいせつな、誕生日のケーキを、さ。
「………! 」
ぐしゃ、っとルーの顔は涙を散らして、
「うぇぇぇぇぇぇん!!!!!」
まるで嫌々をする赤子のように、そうやって手足をじたばたしながら、泣きじゃくり始めた。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!!!!」
カンシャクおこしやがったこいつ……まるで聞き分けのない、だだっ子のように、
「ええっと、ルー……」
「ルーさまの相手は私がします。……ゆうた様は、ひとまずお家に帰られてください」
タチアナの言葉は短かった。
部屋の片隅には撃沈したイリアーナが擱座していた。
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