プロローグ旧版
プロローグ:いまから三ヶ月前の俺へ
蝉の鳴き声が聞こえる……──
「うぅ、ん、」
誰だって思いつく事はあるだろうか? ここ(現実社会)とは異なる、違う世界の存在……
異世界の事を。
「うぅう、うっ………んっ、むにゃ……」
ここではない、こことは地続きではない、異世界という、それ……
生憎とも、世間一般では創作物といった娯楽の形で触れ合えるとはいえ、
それがまさか現実にあるとは、誰だって思いやしないだろう。
「ゆぅ……た……」
だが。俺の場合はそれが違っていた……と言うと語弊があるだろうか。
正確には、
「ゆうた、ユウタ、ねぇ、」
(ん……ガ……)
「ねぇ、ユウタってば、」
二重の意味がある。
俺ちゃんにとって、というのと、もうひとつ。
1つ目の、としては、こうだろう。
俺が遭遇した“異世界”なるものは、俺とその関わってきた人間たちを、
そう簡単には安穏と放っておいてはくれなかったのだ。
“ねえ、ユウタっ”
ガ、ムニャ………ァ
(微睡みに沈殿する俺の意識の外から話しかけてくる“そいつ”の声は、スルーしつつ…)
自分の場合はどうにも違ったのだ……
…まさか、家の勝手口が、そのまま異世界と通じる、摩訶不思議な扉になってしまっていただなんて。
そのうえ、それはなんと、相互に行き来できるようになってしまっていた!
こうして俺の日常は、非日常と連結してしまうこととなったのだ…。
まあ曰くはともあれ、そんなご自宅怪奇現象の、発見と遭遇を成し遂げた第一人者なのが、この俺ちゃんというわけである。
そうして、俺は“そいつ”と、出くわした……
ま、ともかく、だ。
そうしてはじまった、異世界と…こちら、日本を行き来する生活。
……ぶっちゃけて言おう。かーなーり、この奇遇はおねだんお高めだった…。
あんまりにも、ワタクシめの事前見積もりが、甘かったのであります……
折々と節々の度、食い扶持というモノの重みを思い知らされた!
なにせ、まがりなりにも、人間のひとひとりに、満足いく日常を送らせていこう、というのが、その最初のミッションであったからである。
そのために、なにかと負担は…主に金銭的な面でなにかと、俺の財布ちゃんへとダメージは吸い込まれながら、その負荷は高く付いたのは事実なのだった。
市井のなんも変哲もないニート青年の手持ちと日々のお小遣いでは、到底ではないが、養っていけなかったのだ!
しかし、なれどされど、
一度情けを掛けたその相手を、今更として野に帰させるのは、いくらニートとはいえ目覚めが悪かった。
だからそこから俺は悪戦苦闘を始めたわけなのであるが、
そんな世間様の条理というのは、斯くも厳しく、困難なものであった……というのは、そいつとであってから、遅れて思い知ったことだ……
が、しかし。
その“相方”を中心にした生活がだんだん軌道に乗るにつれて、その収支はなんと逆転を始めた。
というのにも、曰くと由来はある。
その、そいつ…の食い扶持を稼ぐために、苦し紛れで始めた、現代日本~異世界間の商売……
俺が始めたそれ自体は、所以があって大した効果はでなかったのであろうであるのだが、
すべては、俺が助けたそいつが、
異世界だとけっこーな、天賦の才と素地の芽があった、ということなのである。
言っておくが、俺はギャンブル・ドランカーという訳ではないので、あしからず。
こんなご時世だし、みなさんは上手い話には最大限注意しよう。
そのぐらいの信心は、自分にとてあるっちゃあるのだ。
まあ、後払い? 後祓い? の字句というやつとして、そう言わさせておくれ……
ともはあれ、そんな経緯を経て、俺の日常にはあたらしい“隣人”がプラス・ワンされ……
──そうして、現代日本…こちらがわ…と異世界を行き来しながら、の日々が始まったのである。
さて、
もうけの方法は、手始めには古典的なものだった。
片方の世界で得たものを、もう片方の世界で、換金する…というモノ。
交互に転売換金…せどり…をすることで、相互の世界で、資本を作り…そうして高まった元金をつかい、もうけの構造を、さらに大きくさせていく…。
そんな序幕から始まった転売生活。
すると…、あるターニングポイントからさらに発展して、
今ではいくつかの、独自の売り物を持つに至った、俺ちゃんたちである。
何なのだ? といいますとね、
運悪く? 良く?
火急の案件、といえるほどに差し迫ったピンチな事態が勃発した結果、そこにたまたまジャストに当てはまったそのニーズ…需要…もあって、
作った端から飛ぶようにユーザーの元へ出ていくそれらにより、
今のところ、この商売は結構盤石なのではなかろーか?
というところまで、漕ぎついた…。
ものには言い様、という言葉があるが、これもその範疇におさまるだろう。
であるので、矛盾しているかもしれないが…
肝心の厄介事さえ勃発しなければ、きっと今頃は……
……なかなか、リッチで、ゼータクで、ラグジュアリィな、
安楽椅子の上でマッタリしながらの、難易度を、ありったけの金とあるだけの物資で買う方式の…
…華やかでイージーな、異世界殖産産業勃興物語……。
そんな絵に書いた夢のごとくな、きらびやかなそれの、その主役格的生活! の、くじひもが、
この俺ちゃんなんぞの前に、転がってきた…様だったろう瞬間が、まあなかったわけではなかった。
まるで天上からの蜘蛛の糸が、するりと降ろされたかのように……
ニート無限地獄の直中の俺としては、まさに天佑に他ならなかった。
光のひとすじ! とその当時の俺にはそう見えた。
瞬間的ではあろうが、その刹那は確かに、あったような手応えはあったのだ。
して、先述のそれは……
なんと! いまの俺は、その服務を、その異世界生活でのメイン・ロール、主役割…としてこなしていた。
その内容を職務となるに至ったのだ。
地位とするには裏付けは貧弱なものの、立場というものを得、
報酬はある程度のが、保証されるまでになった。
……まあ、異世界金品建てであるので、
そう簡単な手順では、こちら現代日本でつかえるシロモノではなかったのだが……
どうだろう。
事実を摘出して順番に気をつけて列挙するだけで、らしさのある“夢の生活”を、「演出」してみることが、いまできた。
このアオリ文だけ…ならば、まあ純粋に安楽に楽しめる。そんな内容にも感じられるであろうか。
今後求人票を出すことがあったら、ぜひこの文言でいってみよう……と思索する只今の俺ちゃんである。
──だが、であった。
その生活が、今となっては、俺の日常の主幹とさえなった今……
はたして、俺は不健康となっていた。
身体的にも、精神的にも、である。
俺の生活の半身はどっちゃりとその日々に浸かってしまい、どころか上昇方向への遡上すら開始したその“非日常”により、現在進行形で俺自身が腰から脳天まで染め上げられていっている、そんな事態にさえなってしまっていたのだから!
こうなると、正直、なかなか心からの賛与はするに苦しい状態である……
それも、単にカネやゼータクという即物的な物事による欲がとまらなくなっての金満病といったものではない。
そんなものならば、どれだけよかったことだろうか……
形容するならば、
ギャンブルにするとしても、それでもただ事の度合いに収まりきらない、
到底カタギの商売とは言い難い、
いち秒単位での時間経過の結果、リスクばかりが膨らんでいくそんなお商売……言っちまえば、貧乏くじを引いてしまった体で……、
そんなそれを、ワタクシはやっておるのであります。
こうなってしまったのが、恨めしい? いや、もう遅い!
遅かった……
いやー、治癒回復蘇生の魔法がある異世界でよかったよ、ホント。
さて、なぜこの物言いなのか?
断言をもっと言えば、この“チャンス”なるものは、この俺ちゃんたちに、
諸刃の刃となって、牙を剥くに至っていたのだ。
それも、物理的に。
初見に感じたその甘やかさは、まるで口に含んだ綿菓子のように中途で掻き消え、後味は苦く、えぐみのあるものとなってしまった…
その上どころか、その幸運は、まるでコインの表と裏の表裏一体のように、俺ちゃんたちに
とって、呪われた僥倖にすらなっていたのだ…ということに、話が尽きる。
端的に言おう。
この異世界生活、今となっては、とにかく物騒すぎるのだ。
そのブッソウ加減というなりや……──
まさに、死んで覚えるなんとやら。
を、実際に体感アトラクションの如く体験させられている、そんな状況が、今もなお続いているのであった。
全く、さながらに、だ。
ゴウカで贅沢そうにラッピング包装がされていたプレゼントボックスが現れたから、
マヌケな俺は、よろこんで手に入れて、封を解いてみた。
そうしたら、
その正体は、禁忌が折り詰められた、パンドラの箱であったのだ!
……というような、そんなあらましだ。
だが、一度始まったそれはもう止められない。
なぜならば……何も知らない段階で、回避と逃走ができるチャンスがあったなら、俺はもうそうしている!そうしたかった……
しかし、これからの日々も、それに拘束された俺ちゃんは、約束された献身と努力を捧げなくてはならない、そのような段階に、いまはある。
単純に、知りすぎたのだ。……
要するに後戻りできない、っていうわけだね。
……まあ、逃げる一手では救えられぬものも、俺が関わってきた物事の全般がそうであった気が、いまさらながらにする感じではある。
関わってきた人間たちや事象の数々。
それらが絶対の危機と絶命の窮地にあったさなかに、
なにはともあれ、俺ちゃんと“そいつ…相方”との日常ジャーニーの結果と成果として、起死回生の符を手にできたのは、本当に悪運の良いことであろう。
それこそが、“相方”と成し遂げた、ひとまずのゴール、もしくはリ・エントリーのチェックポイント、
それらのいずれか、か、もしくは両方…なのだろうな?
はたして、俺とこの“相方”のどっちが、そのきっかけや結節点であったのだろう?
それについては…まあ、考えぬのが止む也、というものだろうか。
さて、そうしてその、もう一つの意味について、だ。
それは、この俺の“相方”について。
すなわち、この異世界なるものは、禁忌の箱が開かれた今においては、
斯くも幸福ではなく難儀で困難なものであった。
怒涛のごとく繰り出されたその災禍のラッシュによって、
冒険的に無邪気に楽しんでいられた頃は、不思議さと楽しさはあったろう。
が、残酷さの境目を超えたあとは、それらは消え去り……優しさはなかった。
特に、こいつにとってはそうだったろう。
不幸にも、
パンドラの箱の封が開いた場面に俺と共に巻き込まれ、、、
そして現在は、俺ちゃんたちに限らずの、多々大勢にとってのその残された最後の希望!
それの代役を、務めさせられることとなった、
実に不幸で不運な、その人物…………
そう……“勇者”。
任を与えられた、
祝福されし戦士、というその呼び名。
その称号を与えられた、何物でも無い英雄的記号のその生け贄か依り代として、
宿命と運命を定められてしまった、この人物。
まったく、そうなのである。
ここまでの災厄と危機と窮地が、そんな不幸このうえない、この人物の目の前の道に、隙間なく敷き詰められていたというのだから!
ここまで来ると、あまりの状況の酷さに、嫌味でもなく、から笑いすらこみ上げてくる。
……当事者の脇の、その補助輪役としては、な。
しかして、
同情や憐憫の念も、呼び水の毒になる、のであろうか……はさておきつつ。
このさだめは、
果たして誰の為だろうか、俺のため?
それとも、この……
「ねぇ、ねえ、ユウタっ」
(んだ、よ……眠ぃったら、ありゃしねぇのに、)
そう、この、今まで午睡を喰らっていた、この俺の隣で、同じく横に転がり、おねむの時間を共にしていたであろう、この、こいつ──
「………ぁっ、! ……ふふ~、♡」
──今日も今日とて、であろうか。
薄く開きかけた俺の視界の隅っこで、“こいつ”がなにかよからぬような、妙なひらめきを得たらしいことが、隣からの雰囲気で類測可能だった。
そして、こいつは……
その美少女そのままの端正な顔立ちと細身で華奢な躯は、さながら繊細な飴細工の少女人形をどこかの神話の神に頼んで生身の肉体に変えてもらえたら、こうなるのであろう、と思うほどでいて、
そして、砂糖菓子を直に喰ったような、甘ったるささえ耳で感じられるようなほどのあいくるしい声色の……
その両方をもじもじとさせながら、俺に、照れとヨコシマな感じのある妙な気配を向けてきたことを、俺ちゃんは(背筋がヒヤリ、となる感覚で…)察知できた。
まったく、この奴は、神がかりにまで、見事なまでに美少女である。
そう、見る限りには。
見た目、については…
実際、俺に対しては、まるで子犬の如くの、やや甘えが過ぎるのか? という点を考慮に入れても、
性格も人格も、情緒まで、まさにヒロインのようであった。
しかし、である。
こいつのというか性別は、今日の今日まで俺にとっては…厳密には、確かめたことがなかったな。そう、…不明である所の、この、こいつ。
そうなのである。こいつはふつうの美少女、という訳では──
「む、むふ~、♡」
ん?…、俺が目を開けるよりもそれは早かった。
こいつが、なにか顔を赤らめさせて、その顔に露のような汗を薄く表せさせながら、
「ユウタ……ねちゃってるのか、な………ふ、ふふふ……、そ、そうしたら………」
──部屋には夏の日差しが窓から刺している──
柔らかな褐色色の髪を日に透かさせて金色のように光らせながら、こいつは俺の上にまたがり、俺の腰にいったん馬乗りになった後、自分の腰を持ち上げて、仰向けで寝る俺の顔を自分の顔でのぞき込む体制になった。
そうして、俺の胸をつっぱる手と両腕を徐々に縮めながら、長いまつげの眼を閉じて、その無防備なやわっこい顔を、やわっこい肌を、そのまま俺の顔に……
……近づけてきて……
………こいつは小さな艶やかな唇をとがらせて、瞑った瞼の相対する先は俺の顔で、徐々に迫ってくるそれは………
「ゆうた、だいすき……「 ぎゃあああぁあっ!!!!???? 」へう゛っ」
なんじゃこりゃぁぁっ!!!!!???????
「あいたぁっ?!」
「おめー! なにすんでぃっ!?」
飛び起きるように俺の頭が発射された結果、
互いの額……メンチ同士が激突した痛感で、俺もこいつも眼をしろくろとさせながら双方向にぶっ飛ばされた……俺が緊急避難として吹っ飛ばしたのだが、
途端、ふわり、と浮いたこの性別不明子のさほど重量のない尻餅が、ぺたり、とあまり重くなく俺の腹の上に着弾した。
………そうなのである。
こいつの股ぐらには、モノはたぶん小さいだろうし、特段、確かめたことはないが、それでも俺と同じくおいなりさんと二つのゴールデンボールがあろう筈の、
そう、〈男の娘〉と所謂言われるたぐいの、そんなカテゴリー性別が♂であろうはずの、そんなやつなのである…
はずだ。
はず? ええ、筈のつもりである。
少なくとも俺はこいつと知り合ってから今日まで、こいつの分類を〈男〉だと見なしている──
のか?
まあ、ここでいくつかが頭によぎる。
考えれば、こいつと過ごしてきた今日までの日々において、理屈の取れない出来事や体験はままあってきた訳だが、
それは、そのことについては、俺は、俺自身のアリバイとして、それへの追求するつもりは封印しておく…
ほら、言うだろ?好奇心は猫をも殺す、って。
だが、やはり思うのだ。俺ちゃんは。
「えうー! お、おきてたならちゃんと言ってよ?!」
「おまえ! ひとをおどかすにしても! やりかたと! おのれをわきまえるこころを! こういうのはだな、 おまえがな──」
はぁ────こいつが、本当に女の子なら、よかったのに。
「……どきっ!、え、えぅ、えぇと……まま、まさか、ユウタ、ボクの秘密のこと……」
「てならって、はぁ………まあ俺の上から降りてくれ、“ご主人様”?「あう、」
秘密?はたしてなにを言ったのだろうね。こ奴は…
ともあれ、
普段はかっこつけが大好きでこう呼ばれると喜ぶのに、わざといってやると嫌がるのであるのだなこいつは。
まあ、それはさておき、
しぶしぶ、の様子で、俺の万年メタボ腹の上から、こいつ……
ルーテフィア・ダルク・アヴトリッヒは、
その小さな尻のしりたぶの感触を降ろすことに同意をした。
はてな? おまえたち二人の関係性はなんだ? となったであろう。
ごしゅじんさま!とは云ったが、生憎とも、俺ちゃんは男で、美少女のメイドさんではないのでもあるし。
んじゃあなんだ、って、それを説明するのには、まず順序が要る。
俺は成人済みで、こいつについては、ぱっとみは外国人の美少女?美ショタ?の、 まあ元服の儀は済ませてはいるわけなのだが。
まあ俺も、果たして確信的に、人混みの前で街頭演説できるか、と言われたらば、まあそうではないのだが……ああんおまわりさん呼ばないでぇっ!
ならば、それでは開陳しよう…
このルーテフィア、もといルーに俺は、家臣として仕えている身でもある。
ん?
なんやねん家臣って……と思われるであろうが、
まあ今しばらくワタクシめの言い分を聞いて欲しい。
本当に?
そりゃあ、もちろん、現代日本で生じた関係性ではない。
これは、“向こう側”──での、俺、道寺橋裕太の、身分なのだ。
何も、誰も予期できた事ではない……つまりは偶然が積み重なっての末の、今に至る話である。
そのいきさつと結果によって、辺境伯当主の孫であり、そしてなって日が浅い新米の騎士であるこのルーテフィアの、まあ御用商人見習い、ということに、とりあえずなっているのだ。
しかし実体としては、年の離れた友人……みたいな立場と関係に、俺とルーは互いに接しているのがその中身であった。
まあつまるわけで、
このお貴族さまの貴族っ娘の、その第一人目の初めての家臣となったのが、
無職歴イコール年齢…となっていたところの、この俺ちゃんの初めての職務欄に、このようにして職業が書けるようになった、そういうわけなのである。
「おまえ、臭うぞ。………俺もだ、嗚呼、風呂の用意をしなくては……」
「あぅ、」
部屋の外の、夏の蝉の騒がしさはさらに大きくなっていた……
部屋のエアコンは三十年選手のおんぼろである為、正直、効きが悪い。
時計を見ると、……ふむ、
午前中からかるく二、三時間昼寝をしていただけなのに、俺もこいつも、ずいぶん寝汗をかいてしまっていた。
まったく! こうまで外が暑いと、室内で長寝するのも、体力がいる。
まあ、ぼちぼち、起きましょうか……
どういうわけか、目覚めてみたら、こいつ(ルー)の乳臭い体臭にまみれていた俺ではあるが、
その隣の、
きめ細かいサラサラ肌であるもののじっとりぺったりと汗ばんだルーに、とりあえず小型冷蔵庫の水を渡してやる。
「ごくごく、ふぅ、……ねぇねぇ、ユウタ、」
「なにぞ、」
「おなかすいた」
「………」
このルーのやつは、年齢がそうなので、タッパが相応に低い…
なので、あぐらずわりをしている俺ちゃんへと、
目線を合わせようとして?かはわからんが、
布団の上に両膝までを地につけた両膝立ちの姿勢で、
ハグする寸前の子熊のように両腕手を左右に開いて、ルーはそう所望された。
その表情は、愛らしい、こてん、としたものである。
嗚呼……
無言でとりあえず、近くにおいてある菓子パンの一つを渡してやる。
「ありがとう、ユウタ! んっ……あぐあぐあぐ、あぐあぐ、ごくっん、けぷっ あぐあぐあぐあぐ……」
「さぁて、今日はどうするか?」
「ほひはへふ、はふほごひゃんほはへへはらははひとへ(とりあえず、ちゃんとゴハンをたべてからじゃないとね)」
はー、
まったく、この食いしん坊め。
まあ数ヶ月前まで欠食児童をやっていたのがこのルーテフィアという子供であった。
ちゃんと食べるものを食べれるのは、元気でよいという証拠だ。
そう、このマイハウスの俺ちゃんの部屋の只中において、
効きの悪い冷房ちゃんの所為で俺とともに肉体が蒸し上げられるがままとなっていて、
先程、なにごとの譫言を唸っていた、“相方”どのが、俺のとなりにいるのが、その異世界のそのことのなによりの証明となっていた。
いわば、俺という地球人の日本人と、この“相方”という純・異世界産の異世界人さん、というのが、こうして現代日本の住宅の一室で雑魚寝している状態が、である。
そういうことなのである……
それにしても、ルーは物を、実においしそうにたべるなー。
邪意はないつもりだが、このルーのやつ、今日もあざとさにまみれている…昨日よりもさらに増したような気さえしてくるぜ。
まったく、ヒロインとしての資格と適性はこの上なく溢れんばかりに充実して揃えているといってもよい。
だが?その場合、主人公は誰の役に、ということにもなるだろうか。
そうして見た場合……、主役としての能力と実力と適性に適っているのも、
今は英雄騎士の位を与えられて、いろいろ曰くはあるだろうけど……名実とともに騎士の英雄という幼少からの夢を叶えた、このルーのやつにこそ、もちろん違いがないだろう。
つまり、このルーのやつは、
主人公ヒーローとそのヒロインの両座を、一体になったかのような、そのこなし具合の存在なのである。
表裏一体? いや、一人二役、というべきなのだろうか。
いや、それについても、裏付けと理屈は、ちゃんとある…
性格がひねくれている俺の目を通してとしても、
多大に及ぶ献身と努力を殉じて、勇気と生命を掛けて、このルーの奴はがんばったのだ。
そのことにかんしては、申し訳なさすら感じるここ近日であった。
きっと、俺ちゃんの現在の立場にいるべきは、
本来はもっとルーにとっていちゃらぶできる、素敵ですてきな、ルーにとってのベスト・ヒロインちゃん(♀)が本来はいたのであったろう筈なのだろうな……とも、訳もなく、思い浸ってしまうほどであったのだ。俺ちゃんはよ。
ん? 俺ちゃんが女体化(TS)すればよいって?
そうはいうがねキミィ。
「むふー、ん?」
ぴと、っと。
「まーた、妙なこと考えちゃってる!
ボクのヒロインは…ユウタだけですよ?」
んな!?
こいつ、今日も、おれの思考を、異能で読みやがった?!
「おいしいゴハンと、ボクのユウタが、ボクのとなりでいっしょにお昼寝してくれる生活♪
まったく、今日もボクは幸運ですね♡」
胡座座りの俺の半身にその小さな体を寄せるようにしてしなだれかかり、身を預けながら、ルーはパンを頬張っている。
はあ、まるで樹の幹の木陰に、躯を寄せるかの如くに、である……
「気にするものなんてありません♪
ユウタはボクのもので、
ユウタのあるじのボクもユウタのものなのですから♡
互いにあるがままでいいのです♪
ボクも、ユウタも♡」
はーあぁー、油断するとこうなる……
まあ、いつものことだ…
いまは発言があやういこのルーの奴も、これから大人になっていくにつれて、
思春期を脱した頃には、立派な騎士さまになれて、
いまのそれらは黒歴史となって、
おれという人物は、さしずめ過去のモノとなる、
そんな道順が、あるのだろうのによ……
(ユウタが、ボクの…唯一人の絶対のヒロイン、ヒーロー…というのには、嘘偽りはないのですけどね……? もぐ、もぐ)
身長差がけっこーあるので、俺の胡座の上に座るルーのやつが、首をかしげて、こちらに目を合わせることができる。
そのルーのやつが、なにか目で申されている…が、俺ちゃんには気配で意思を伝え合う能力はないので、申し訳ないが、そのままスルーした…
(そして…同じくらいに、ボクはユウタの唯一人のヒーローであれたら…ヒロインであれたら、ボクはそれだけで良いのですよ……? もぐ、もぐ、けぷっ。)
なーにか目で申されている…が、同上につき。
まあ、こんなこれがここしばらくの、日常であった。
とりあえず、俺はルーと一緒に、二階にあるこの俺の寝室から、一階のリビングへと移動を始めた。
その頃にははしたなく菓子パンを食べ終えたルーが、階段の階の上から声をかける。
「ゆうたのおかーさんー、おひるごはんはなにー?」
“いま、お素麺茹でてるところわよー”
だってさ、
「オソウメン! ふっふふー、アゲダマいっぱいいれちゃおぅっ♪」
ちりんりん、と風鈴の音が、垂らし帯を風になびかせながら鳴った。
季節は夏だ……もっとも、それはこちらの世界では、の話であるのだが、
「おそようかあちゃん」
「ちょっとはおはようっとか! まったく……本当にあんたたち仲いいわねー、今日も二人で添い寝してたの?」
「えぅっ?!、それはその………「こいつったら、最近毎日がそうだ、」ぇぅっ…ユ、ユウタ~~……」
「いいのよルーテフィアちゃん、この子ったら、存分に迫ってあげなさいっ」
「お、お借りしてますおかあさま!……ボクとユウタの仲を応援してくれるなんて、て、照れちゃうなぁ」
おれよりかあちゃんの方が、知ってることはおおいらしい…なんだかなぁ。
なにやら俺にとって不穏な会話が繰り広げられている気がするが、
ルーを素麺の支度が出来上がったリビングの卓の前に置いときつつ、俺は風呂を沸かす準備を始める……
チャイムが鳴ったのはその時だ。
「ちょっとゆうちゃん、勝手口から! アリエスタさんよっ」
「おっ、アリエッタの奴か……ルー、ちょっと見てくるぜ」
リビングの奥のキッチンのさらに奥へと向かう。
そこにある、勝手口……
年代物の我が家のその年代物の勝手口の扉は、その来訪者によって半分ほどすでに開き掛かっていた……
となるとあいつもいるのか。
「どうもどうも……って、」
「よっす、相変わらずへばった顔してるわねっ「なっ」「失礼致します、」
扉を完全に開ききると、その向こうからは……──晩秋の光景とその温度が吹き込めてきた。
湖の温度を思わせる冷たい風と大気。
木々の葉、落ち葉共に、金色の秋の森が、とめどなく、どこまでも続いて広がっている。
黄金色に輝く森の果てしない光景だ……それを背後に、俺とルーの共通の知り合いが、そこに二名存在していた。
蒼がかった地色の髪を変則的なツインテールにしている、ルーとは違うテイストの“美”が付く少女と、エスコートにしては気が急いている風に扉を半分開けたままの、背の高い、軍服の成人。
ルーの家……アヴトリッヒ家に仕える御用商人一族の娘の
アリエスタ・ハーレンヴィルと、
ルーの祖父であるアヴトリッヒの当主……に仕える、軍人の、
コンラート・ウェスタンティン、
この二人だった。
まあ、二人とも、俺の後ろでソウメンをすすり始めているルーに仕える御用人、という立場であった。
要するに平たく言えば、俺の同僚、って訳だ。
「なんだよ、療養中の俺らだってわかってその言いぐさなのかよ?」
「ちょっとはスキンシップって奴をしないと、あんた、立ち枯れてしまいそうだから!」
「な……へ、へいへい、そーですかい、」
「アリエスタ女史、あんまりこの方をいじめるようなことをしてはいけませんよ……して、本題の方を、」
「ん、」
長身のコンラートが、その脇腕に携えたクリップボードの書類を
画板ごと渡してきた。
であるが、俺は異世界の字が読めない……ので、代わりにアリエスタに読んでもらう。
コンラートは微妙な顔になった……許せコンラートよ。
その内容に、耳で目を通す。
……、……、…
「どうにもなぁ、」「なにこれ!?」
「そういわないでください、我々の努力もありますし、なにより貴方とルーテフィアさまが大いに頑張った功績があってこそですから……」
つい数週間前の、あの地獄のような状況を思い出した。
気休めでも、ありがたい言葉ではあった。が……
「アヴトリッヒ領周縁の戦闘が中断しているのが、いつまで続くかがわからないのに、そうおちおちとしてられないぜ……相手が本気になって、領境で切断作戦なんてやられたら本土から浮島になってしまうってのによ。んで、名目上は頑張りすぎだ、ってこれ(療養)、なんだもんなぁ、」
「あきらめてください、とは軽くいえないものですが……我々も努力しています。
この一週間の内に、新たに八名、搭乗要員の育成が完了しました。
防衛計画の充実は順調です。
あとは、それをあなたたちにこなしていただければ、とりあえず内憂の方の、区切りはつく、だろうと」
「かといって、なぁ、……まぁ、な」
どうにも、この話題になると、俺は顔に力が入らなくなってしまう。
「まぁなぁ、おれはこっちの、自分の世界守るために頑張ったってことだし。
それよりも……気分代わりで手のひら返しやがったのかは知らんけど、今更フレズデルキンのヤロウが俺たちに謁見の許可、だなんてな、」
「まあ、こちらの方は事前に貴方の仕込んだタネの通り、準備は突貫ですが、間に合いましたよ……
もっとも、これで相手側のさらなる増長を招かない、という保証はないのですが、」
「そうだな……」「ねぇ、まってよ、これじゃああたしたちバカにされてるようなもんじゃない!」
アリエッタのやつが声を憤らせた。
「あたしとウチの家はともかくとしても、いやともかくじゃないけど、あんたとルーテフィア様はそれでいいの…!?」
「………」
ふぅっ、と俺は唇でため息を吐いた。アリエスタの隣のコンラートはやれやれ、の仕草をした。
「水は低いところを流れる、ってさ。
またフレズデルキンが気分変わりを起こしたとしても、俺たちのアレ(・・)の有用性はなによりもそっちの国がわかってるだろうさ……
自分の手柄としておれらを国の中央に売りこみたい帝国第四皇太子サマなら、なおさらだろ」
ぶっちゃけ、具体的にあの豚親爺がなにを腹の中で黒く練ってるかは、俺もルーも、わかる範囲のことではない。
とにかく、療養を言い渡されてからこっち、今日までの日々を、静養に費やして羽根を伸ばすことに邁進してきた訳だ。
そしてこれからがどうなるかはわからないが、
今日今こうして告げられたこれによって、その日々は…おしまい、ということになった。
告げられた内容はこうだ。
ルーテフィア・ベルク・アヴトリッヒ、以下ユウタ・ドウジバシ
両名に本邸宅までの出頭を命じる。
本日の夕餉の餐会に出席の事。
そののち、療養を解除し、正式な機甲ゴーレム操作要員としての任を任ずる。
皇太子令
……と。
おおかた、将軍たちに俺たちの現物をお披露目しよう、という魂胆なのであろうか。
あの腹黒親爺の考えそうなことである。あのオヤジに俺たちの身柄を預けた覚えは、実の所ないのだが……
まあ何の話かちんぷんかんぷんということであるので、注釈をしておこう。
聞いてくれよ、俺たちってば、つい数週間前まで、異世界で戦争やってたんだぜ?
すこし事情を語ろう。
なんにせよ、最初の平和だった頃はさておいてとすれ、この異世界に通じる扉がこの家の勝手口である以上、俺に残された選択肢はそうなかった。
なにせ向こう側での戦争の状況は非常に逼迫していて、ルーとみんなと、それから俺が頑張らなければ、この扉の異世界側は相手の軍隊の手に落ちるという寸前だったのだ。
つまり、なにもしなくても、そう遠くないうちに、扉の向こうから異世界の軍勢が、コンニチワ!……としてしまいかねない状態だったのである。
そうなれば、この俺の住む日本の、俺のこの街が、あるライトノベルよろしく、いわば〈銀座の一丁目〉になっていたかもしれないのである……
……自衛隊に任せればよい?
いやあね、それもごもっともなのです。
放置しておいて、あとは、ごぼう抜きのもぐら叩き!
とすればよかろうと、そうなのですが、頼れない事情は有った……
如何せん、
一度は結集して対・魔王の戦争を打破し勝利した、その人類同士でドンパチを始めた異世界情勢なのだ……
熱戦の再来までに、60年の間があった。
その間に、
そのかつての魔王国の進んだ科学技術てくのろじい、
と、それから人類種とその友好種たちの崇める、天空の神々。
(なんとおそろしいことに、この異世界では、神、というのが、実体を持つことも可能なのである……
もっとも、滅ぼされた魔王国の旧臣民からは、
“宇宙人!”“エイリアン!!”
などと、呼ばれているそうであると聞くが……)
それらとその御使いの天使たちから下賜された、なにやら良くわからん宇宙外的・オーパーツ。
その上、どうもそれぞれサイドの由来がそれぞれ単一起源ではなさそうな、
多々数起源のより集まりのそれら。
それが、さらに由来起源が多複数で、それが集合された結果今の状態にされているという…魔法錬金科学と一概に取っくるめられているそれで、ミックスされてコンバインドされた結果として、
いびつな兵器類や戦争テクノロジーの発展と進化を遂げた、そのような具合なのです。
相手は空飛ぶ戦艦を桁ダース単位で艦隊にしており……いや、その数複隻ほどはこないだ沈めてきたわけだけども、
なにより、この異世界は、火器火力の性能のインフレーションが、その貧相で貧弱な兵器の外観からは考えられぬほど、極めて、高い……
歩兵級からして、火力のインフレーションが、著しかった!
染みついてどころではなく、むせる間隙があったらその瞬間までには漏れなく焼け木杭にされている、
その上、そんな強力武装を持った兵隊が、
数百万人単位! 下手すると数千万単位……で運用されている、
そんな物騒なワールドなのであった……
なにせ、“今回”…の戦争の、その劈頭も、酷いものであった。
開戦初頭の第一撃が、
3桁単位で互いに乱射した、有り体に言えば弾道ロケット弾…
それの大々的な相互確証破壊シナリオの実践と、
互いが事前用意していた新型種類の迎撃対抗手段と、準備されていた新種の予備攻撃手段。
そのすべての適用により巻き起こされた、泥沼の情勢から始まる、異世界バトルストーリー。
そんなんあったら嫌でしょお??
あっ、俺ちゃんたちがこないだ巻き込まれたの、まさにそれだわ……
……というのは置いといて、
俺ちゃんが、何度か自分の肉の生身で思い知ったからこそ、こうして恐れているわけです。
まあそれで聞いてくださいよ、
なんと、このルーのやつと俺ちゃんは、
中々有効な、新しい物品を作り上げた!
そう、それこそが! 我が一味の、独自の売り物なのである……。。。。。
とはいえ…
勝算というには、あまりにも儚かったそれ。
能力性能だって、如何せん目安がわからないので暗中模索だった。
ありあわせの資材でなんとか作れたからその形と能力と機能になった、というのが理由の、
まるでナポリタン・スパゲティ、のような、その開発理由と製作過程……
うん、なんで勝てたんだろうね、俺ちゃんたち。
だからこそ…いや、俺がこのルーのやつと一緒に戦ったのは…そのこともあるけど、
また別の理由もあるといえばあるがね…
でも、そして現在、この勝手口は、健在なり。
これの陥落を防ぐ為の具体的な努力を、俺はまあ、異世界の地とこの現実日本とをいったりきたりしながら、なんとか形にしてみせた、という所までは、まあいった。
そして、俺たちに強制的な療養が言い渡されたのは、
そんなさなかの、きわめて中途半端なタイミングでの事であった。
なんでも、、俺とルーに対する、累積過剰による戦果調整……だとか、というのがその時のなめくさった理由付けであった。
俺たちの存在は相当に扱いに困っているらしい。
それだけ、あの数週間で揚げた戦果は膨大なモノだった。
イレギュラーである俺たちの上げたその手柄を、ほとんどなにもできなかった将軍たちの間でそれをどう分配するか……書類上で、活躍できなかった自分たちの名誉保護の為の記録操作……だとか、
あるいは、俺たちがいないモラトリアムの状態で、自分たちのみで戦果を挙げようと意気込んだからだとか、
たしかに在来軍との共同戦果は多いかもしれないが、ほとんどは壊滅して混乱した友軍に助けに入った、ということがだいたいであったし、
厳密にスコアマークをつけたらば、そのおおよそは“それ”に復座で乗り込んだルーと俺に帰緯するモノが大多数だろう。
つまりは後ろ暗いその場のそれを取り仕切る、第四皇太子……フレズデルキンによる弱み握りと恩着せの思惑通りにまんまと進んでいる、だとか、
そういう生臭い事情がむこうにはあった、ということであるらしい。
そのせいで……というのもあれだが、敵の脅威は依然として残り、
敵の駆逐は中途半端な状態で、止まってしまっていた。
今も、もしやすると、相手が本格的な逆襲を開始すれば、この扉が敵に攻略されかねないかもしれない、
という現状ではあった。
それは、なんとしても防がなければならない……
パイ生地よりも薄い、薄皮一枚で首がつながっている状態なのだ。
なんとかするための努力は、俺も、そしてルーも、目の前の二人も奮っている。いや、死にものぐるいでやってきたし、そして、ひと心地がついた、これからもそれは続くだろう。
いわゆる騎士さまでお貴族さまであるルーのお家……アヴトリッヒ家が治める、アヴトリッヒ開拓辺邦領。
そしてそのアヴトリッヒ家が守護せし、アヴトリッヒ領の〈悪魔の扉〉……ふたを開けてみれば、それはウチのこの勝手口の扉と通じていた、という事であった訳だ。
大昔の対魔王戦争での勝利で得た回廊地域を、魔王を倒した勇者であるルーの祖父に押しつけてできた土地。
そこを巡って、こんどは人類同士で不毛きわまりない戦争をおっぱじめた、俺たちの所属する帝政エルトール国と、仕掛けてきた側の隣国のセンタリア王国、アンドその他の国々モロモロ。
ルーは、自分の家族とアヴトリッヒ領を守るため。
俺は、この現実……現代日本を守るため、
そうして頑張った、というのがあった。
今の情勢は、どうなにがなろうともきな臭いものだ。
一時内陸まで攻め込まれたエルトールだったが、俺とルーが作り上げた“それ”のおかげで、元の国境線まで押し返すことは、できた……それが俺たちが療養を言い渡された直前までの状況図である。
今は、エルトールの周囲にある無数の領邦国家のぶんどりあいになっている……と、前回コンラートが訪ねてきたときに聞かされた。
アヴトリッヒ方面の防衛も盤石とは言えないが、“それ”の存在により相手は積極的に攻め込む意志を失うに至っている、と見ることができる。
一方で、こちらからの反撃に打って出た将軍たちの軍隊は、戦力にいまだ“それ”を欠いているが故に、なかなか占領地の獲得には難航しているとも聞く。
なので異世界人側からの、
その難題に対するアプローチの一つとして、
それをなんとかするため、としてのサンプリングのために、これから俺たちは、俺たちに召喚をかけた、帝国第四皇太子……フレズデルキンの元へと向かわされるのであろう。
書類に記されている情報がそうなのであれば、俺たちもそう動くしかない。
「ルー、おでかけの用意だぞ」
「! ひょっとして、アキハバラ!?」
「ちがうちがう、フレズデルキンからの召喚だとよ……よんでくれ、」
「えーっ、……ふーむ、………」
風呂の準備は、中止だな、こりゃ、
のんきにソウメンをすすっていたルーに画板の書類を手渡してやる。
ルーは……表面上、平静とした様子で、ソウメンをすすりながら内容を読み込み始めた。
「かあちゃん、夜中に帰ってくるかもしれないから、そこらへんよろしくな!」
「わかったわよー」
さっきの話の続きをしようか。
もし、俺の為ではなく、誰のためであったとして、それがルーの為だとしたならば?
今日までの波乱きわまりない日々がこいつ……ルーの為に用意されてあったのだとすれば、
それはあまりにも酷なものだったじゃないか、と俺ははっきり思うのだが……
ソウメンをすすり終えたルーと一緒に、二階の部屋に戻り着替えをして、準備をしたのちにそれからまた勝手口の前へとやってきた。
「ゆうたのおかあさん、いってくるね!」「気をつけていってくるのよー」
支度の終えたルーと一緒に、俺も勝手口の向こうへと歩いていく。
コンラートとアリエスタと共に、ルーと俺は異世界の大地に降り立った。
そうしてほんの二分ほど歩いていくと、すぐにその小屋がある。
いわば、ガレージ、というやつだ。
丸太木組みで誂えられた小屋の中に、〈それ〉は出撃可能状態で安置されている。
ルーの家…アヴトリッヒ家のメイドたちがその周辺でせわしなく動く中、俺とルーは、その〈機体〉の前に立った。
通称〈シミター〉、スタンディングアーマー、もしくはクローズコンバット・バーティカル・タンク…CVT…と呼ばれる、全高六メートルの戦闘用バトルメカ……半人型の、アニメに出てくるような軍事用ロボットというやつだ。
原典では、装甲車程度以下の装甲と火力しか持たない、機動力のみがウリの二足歩行テクニカル、というくくられ方をされていた、メカである。
数週間前の戦闘で、俺とルーは、こいつでめまぐるしく戦った。
もちろん、この現実側にこんなけったいなものを生み出すだけの科学力はまだない。
これは、向こう側の世界……異世界の技術と素材を駆使し用いて作られた、事実として、動作原理からして半分魔法で動いているようなメカニカルであった。
作られた、というのも語弊がある。
第三者ではなく、他でない俺が発案して、ルーががんばり、そして異世界の人員と設備で、一貫して開発と建造と製造が開始され、今さらに改良と増産が進んでいる、今注目のバトル・ロボットなのである。
この世に存在しないはずの、現代より超越したフィクションの未来兵器というのもあるだろうが、
現実世界に現臨させる課程で俺たちの手が加わったことにより、この機種のこいつとその姉妹たちは今のところ、無双の強さを発揮してきている。
軽々と錬成ゴーレムを引きちぎり、できそこないの戦車モドキを手もぎで八つ裂きにできる。
火力を噴かせば並みいる敵はハチノスにできてしまう、その性能。
片手の指で数えられる程度のわずか数機で、中央から見捨てられたアヴトリッヒ領の死守に成功した、その機体。
俺たちが発揮できたとおりのそれが、現在、量産が進められている……
目的地は安全地に立地するフレズデルキンの邸宅。
今日の所は、こいつを移動手段代わりに使うだけだ。
「………」
ほんの数週間前まで、俺はルーと一緒に、これを操って戦争をしていた。
その機体に、また再び乗り込むのだ。
なぜだか、握り込んだ利き手の拳がやけに汗ばむ感覚がある。
「ルー、準備はできたか?」「うん!」
俺は声を振り絞った。
ハッチを開いたシミターの、複座になっている前席に俺が、後席にルーが乗り込む。
前席がドライバーで、後席は車長の役割分担だ。
まず、俺は始動スタートの手順を踏んでやって、機体に火が入る。
ハッチ裏のモニターに頭部カメラユニットからの映像ビジョンが投影表示されて、これで外部眺望を得られる状態となった。
俺の目の前の、操縦桿の周りのコンソールの一カ所に光が点った。
後席の着席確認のランプだ。後ろのルーが確認灯のスイッチを押したのだ。
直後に後席のハッチが閉鎖された、という旨の確認灯が点灯した。
それを確認して、俺は、正面ハッチの開放を閉めた。
一瞬の間の後、コンソールの着座姿勢復座のスイッチを押す……
押し込んだ後のキックバネのように機体が可動し、足首で折るように座らせられていた脚部が垂直に立たされたことにより、それと腰ブロックを介して連結された、俺たちの乗り込んでいる胴体が浮くように持ち上がる。
「よっ……っと、、ふぅ、」
ステアリング及びガンスティックを兼ねた操縦桿で機体を操向させつつ、進行方向への前後進ならびにその他を司るフットペダルを踏み込んで、
まず大地への一歩めを機体に踏みしめさせた。
「なぁ、ルー」「? どうしたの、ユウタ?」
自分でも気付かない内に呼びかけてしまっていた。
ルーの戦いが始まる。それは、逃げようもなく、俺の戦いでもある。──
俺はあくまでも、この現実世界を守るために努力して、頑張ったのだ……といいきることも、まあできる。
ただ、その努力は主に、なにに向けられていたかというと、まずルーの奴への応援、というのが大きかった気もする。
頼りない子供に絶後の重い宿命が課せられた瞬間を間近で見てしまって、
それを課したモノ、課されたモノをバカであると一蹴してやりたくなった、というと揶揄がありすぎるだろうか?
すくなくとも、それは今なお俺の原動力ではあるらしい。
それをルーの声を聞いたことで再確認をした。
「何をいうのかわかってるよ♪ フォワードとバックアップは一心同体、でしょ? 同じ機体に乗り込むんだからさぁ」
言いたい雰囲気の言葉を先にこされてしまった。
「大丈夫だよ、ボクとユウタは“こんび”だもんね!」
……まったく頼りになるぜ、ご主人様。
「相棒、だよ?」
わかりましたよ、相棒殿。
「おーい!」
機体の足下から少し離れた安全圏で、馬に乗ったアリエッタの奴がこちらに手を振っている。
同じく騎馬に乗ったコンラートが、導くように俺たちの先を進んでいく。
「あいかわらず迫力があるわね……そのカビ色のゴーレム!」
敵も味方も、このシミターは塗装色の色が由来となって
カビ色だとかなんだとか、と言われ放題になっているのは、俺も知っていることではあった。
「目に物みせてやりなさい!」とアリエスタが物騒な声援を上げて、コンラートが苦笑したところまでは、機体のモニターで見ることができた。
馬がいななきを上げる。
俺も乾坤の声を上げた。
「せいぜい度肝抜かしてやろうぜ、こいつで、あのフレズデルキンのヤローのよ!」
俺は鼓舞するようにルーに発した。
なにもかもがめまぐるしい数ヶ月だった、と今の内なら無事に振り返ることができるだろう。
俺がこうなったのは、かれこれ三ヶ月前にはなしをさかのぼる必要がある。