最後の魔女30:教皇様
私の元へと1人の聖騎士が剣を振り下ろす。
見た目が弱い私など、この一撃で十分に命を奪う事は誰が見たって明らかだった。
しかし、それは不可視の何かによって阻まれる。
「なっなんだ!? 何かに当たったぞ」
まぁ、姿を消している駄猫なんだけど。
(ご主人様には指一本触れさせないにゃ)
そう、それが主人に使える猫として当然で至極当たり前の行動。多少強化された程度なら駄猫一匹に任せておけばお釣りがくる。
「サーシャは奥に下がって」
「ミーア様もお下がり下さい!」
イケメン騎士が中々に苦戦しておられる。
手を貸してあげてもいいけど、私が直接手を下すと、後で質問ぜめにあいそうだから、こっそりと協力するだけに留める。
(と言うわけで、こっちもお願いね)
(にゃ! 数が多すぎるにゃ! 無理にゃ!」
ご主人様に向かって口答えするなんていい度胸ね。これは後でお仕置きが必要。
そうしてお仕置きの内容を思案していると、事態が急変した。
グレイブ検察官が急に倒れたのだ。
「リ、リア⋯」
声に反応し、後ろを振り返ると、サーシャも倒れそうになっていた。
《解析》
すぐに原因が睡眠によるものだと分かり、状態回復を使う。
当然気づかれないように、部屋全体に行き渡るように行使する。
「何、何故効き目が現れない?」
大司教様がポツリと呟く。
しかし、睡眠を使ったのは大司教様じゃない。
残滓を追跡すると、部屋の奥の方にいるあの覆面を被ってる奴みたいね。
そもそもこれは魔法?
いや、違う。魔力に似たものは感じるけど、魔力とは似て非なる力。魔力とは別の何かの力。
(駄猫、あの覆面野郎をKOしといて)
(にゃぁ! 全く、猫遣いが荒いご主人様にゃ)
まさか睡眠を使ってくる輩がいるとは、私も油断したなぁ。殆どの状態異常に耐性のある私じゃ、そもそも使われた事すら気が付かない。
ここからは、魔力察知を発動させておく。
魔法ではないのだけど、今も残滓が魔力察知に反応してる。
魔力とは本来全ての者が体内に秘めている力。
しかし、その魔力を自在に対外に放出する事が出来るのは、極々少数。
魔女である私は勿論の事、それなりに武術に心得のある者もまた、魔女程ではないにしても魔力を使い、身体能力の向上を図る事が出来る。
魔力を使っての攻撃が可能なのは、基本的には魔女だけだった。
少なくともこの時の私はそう思っていた。
この50余年の間に世界が様変わりしている事に、この時の私はまだ気が付いていなかった。
(仮面野郎が消えたにゃ)
え? あ、ほんとだ。
逃げたのかな?
私がこっそりと施した身体能力向上のお陰で、当初劣勢だった自陣が巻き返してきていた。
驚いたのは、グレイブ検察官。
彼、非戦闘員だと思っていたのだけど、素手で武器を持った聖堂騎士と応対してる。武術の心得があるのか、手刀をかまして鎧騎士相手に奮闘していた。
そうして5分もしない内に部屋の中になだれ込んで来た聖堂騎士を全員倒してしまった。
大司教様も手を縛り拘束されている。
「これで教会はもう終わりですね」
グレイブ検察官が先程まで猛威を振るっていた自らの手刀を大司教様の顔に向ける。
「これで終わった気でいない事だな。素直に我々に始末されていれば良かったのだ⋯。あの方が動き出したら、もう誰にも止められん」
「あの方とは誰の事だ?」
その時だった。
広い教会の敷地内全土に邪悪な魔力に似た何かが迸った。
《魔力探知》
《禁忌阻害》
(今のは何にゃ!)
(リアちゃん!)
何、今の邪な魔力は⋯
今まで感じた事がないくらいな邪悪な魔力。
それよりも、問題なのはそっちじゃない。
私が永続魔法として掛けている禁忌阻害に反応があったって事は⋯
恐る恐るサーシャの方を振り向く。
「サーシャ⋯?」
帰ってくる反応はない。
頬に触れるが、それでも全く反応がなかった。
目を見開いたまま、まるで時間が止まったかのようにその場で硬直していた。
それはサーシャだけではなく、この場にいる私以外全員が同じ状況。あ、駄猫は除外。
(禁忌魔術の一つ、魂抜きね)
奥で待機させていたミーアからだった。
(たぶんそう。むぅ、やられた)
魂抜きとは、文字通り相手の魂を抜く禁忌の魔法の内の一つ。魔法としては相当高位の類に入る。
しかもそれをこれだけの広範囲に使うなんて、驚いた。
勿論使おうと思えば私も使えるけど、決して使ってはいけないと魔法大全集先生が言ってた。
でも、対策するには会得する必要があった為、やり方くらいは知っている。
そしてその解除方法も。
だけど、私には解除出来ない。あくまでも解除方法を知ってるだけ。
うん、それは術者を殺すだけ。
魔法を解除させるか術者を殺すかの2択しかない。
私の大事なサーシャにこんな事して、生かしてやる道理などない。
殺す。
術者は分かってる。
それはこの教会の奥底にいるにいる人物。
「ご主人様怖い顔してるにゃ」
「⋯怖い事考えてるから」
ミーアの探してくれた際奥へと繋がる扉の前まで移動する。
「ありがとうミーア。戻っていい」
さて、この扉の先ね。
何かの施術が施してあるようだけど、そんなの関係ない。
扉に触れるとバチバチと音を発していたが、気にせず強引にこじ開けた。
扉を開けるや否や、禍々しい邪悪な気配が私を襲う。
恐らく常人ならばこの気に触れるだけで意識を奪われるのでしょうけど、涼しいくらいね。
目の前に見えるのはまるで地の底にでも繋がっているかのような雰囲気を醸し出している階段だった。
それは人1人がやっと通れる程度のもので、等間隔には松明が設置されていた。
勿論火はついていない。
それどころか、隅の方には埃が積もっている事から頻繁に使われている訳ではないらしい。
ゆっくりと階段を降りて行く。
代わり映えしない景色が5分程続きやがて開けた場所へと辿り着く。
「辺鄙な所ね」
両端が水路になっていて、中央一本道。道と言っても4、5人は並んで通れる程度かしら。
奥には棺が⋯⋯あの棺、蓋が開いてるわね。
その時だった。
背後からの気配を察知し、前方へと退避する。
「後ろから襲うなんて卑怯」
「何者だ貴様は」
あらあら、誰かと思えば⋯誰だろう?
(恐らくあれにゃ、門番みたいなものじゃないかにゃ)
ふむ。門番ね。
門は無かったからさしずめ墓守と言った所かしら。
両手に槍を2本持ち、4足獣のケンタウロスまがいな奇妙な生物。
人ですらない生物にもはや同情の余地はない。
サクッと殺すと、棺の中の主人を探す事にする。
「アイツ何か言いたそうにしてたにゃ」
「何か言った?」
私がギロリと睨むと、駄猫がその小さな体躯をブルリと震わせると、下を向いて黙り込んだ。
「まさかこの場所に人が来るとはな」
今度は若い青年のような声ね。
一体何者かしらね。
「いや、人ではなく魔女と呼ぶ方がいいだろうか」
ん、何故私の正体がバレたの?
(そりゃぁ、魔法を使ったからじゃないかにゃ?)
(いちいち突っ込みを入れないで)
「ええ、貴方を退治しに来た。教皇様」
「フフフ、まさか魔女がまだ生存しているとは驚いたな」
「姿を見せたらどう?」
棺が眩い程光り輝いたかと思いきや、そこから煙が放出される。
(毒かにゃ?)
(ん、違う。どのみち毒でも関係ない)
私には状態異常の類は効果を発しない。
それは私が創り出した眷属たちも同様だった。
煙が晴れるのを待ってあげると思ったら大間違い。
《炎の竜巻》
棺を中心に小さな炎の竜巻が出現し、全てを燃やすかの勢いで周りの物全てを燃やし尽くす。
流石にこれで終わりにはさせてくれないみたい。
炎の中から真っ黒い大きな手が出て来たかと思うと私目掛けて腕が伸びてくる。
跳びのき回避しながら、風刃を撃つ。
目に見えない風の刃がシューシューと音を立て相手へと迫り来るも、先程の黒い手がそれを防ぐ。
あの腕、厄介ね。
見たところ魔力を飛散させているみたい。
つまりは、あの腕に捕まれば魔法での脱出は難しいってこと。
炎が収まり、教皇の全貌が露わとなる。
あれ、想像していたよりもずっと若い。
実年齢的には私よりも上のはず。
なのに、目の前の青年は少なく見積もっても20代後半。
だれよ、ヨボヨボのお爺さんで今にも死にそうで寝たきりなんて言ってたの。




