最後の魔女117 決別と別れ
アレスは死を覚悟し、目を瞑る。
刹那の時間ではあったが、今まで過ごして来た記憶や思い出が走馬灯のように一瞬で過ぎ去っていく。
その中で何度もチラつく母親の姿。物心つく前に死別したと聞かされていて顔すら覚えていないはずだった。にしても、痛みを感じないのは既に死んでるってことなのか?
その状態のまま待てども待てども痛みや衝撃が襲って来ない。
「誰だ、てめえ」
その声にハッと目を開く。
アレスの目に映ったのは、唯一の気掛かりであった少女まさにその本人だった。
「ギリギリ間に合って良かったよ」
ジュードの剣を弾き、衝撃波をお見舞いする。
不意を突かれた魔法ではあったが、持ち前の反射神経を活かし難なくそれを躱す。
「はぁぁ、今のは何だ?」
やばっ。咄嗟に魔法使っちゃったよ!
魔女狩りによりこの世界から魔女が消えて十年余りが経過していた。人々の記憶からも魔法という物が徐々に消えつつあった。
「答える気がねえならいいさ。邪魔するってんなら、そいつの前にまずお前を殺してやるよ」
「に、逃げろ⋯」
心配しなくても大丈夫だよ。アレス君は私が守ってあげるからね。
聖母のような微笑みで返事をすると、お構い無しと背後から襲ってくる相手が私の目の前で見えない壁に激突した音が鳴り響く。
隙をついたつもり?
ジュードは奇声を上げながらも倒れることはなく、冷静に一旦距離を取る。
「ちっ、奇怪な術を使いやがって」
ジュードは手にした塊をリア目掛けて投げる。
爆発物かと思いきや、破裂したと同時に中から白い煙幕のようなものが吹き出し、あっという間に辺り一帯を覆い隠してしまった。
これじゃ、視界には頼れないね。私が貼った不可視カーテンの効果範囲を確かめているのか、四方八方から何かが当たる音が聞こえてくる。
四角く覆ってるからね、死角はないよ! なんちゃっ────。
「上か」
うわぁ、ばれたあ!
私の眼前スレスレを刀身が過ぎ去る。
あれは空気すらも遮断してしまうから完全に囲う事は出来ない。その隙間を狙うとはやりおるな!
すぐに不可視カーテンを解除し、その場から離れる。
「危ない危ない。そんな物を振り回したら怪我しちゃうじゃない!」
無視ですか、はいそうですか。ふぅ、私も余裕出してる場合じゃないね。コイツ、普通に強いよ。
私を斬り殺すべく、右へ左へと素早い動きで翻弄し、俊速の突きを繰り出す。
身体強化と高速の付与魔法によって私の素早さは何倍にもなってるはずなんだけど、それでも見切るのはギリギリってどゆこと?
私は虚空から杖を取り出す。
魔女であることを隠す為に魔法は極力使いたくなかったけど、温存なんかして勝てる相手じゃない。
まずは、この周りの鬱陶しい煙を消し飛ばすよ。
《竜巻》
立ち昇る気流が煙を一瞬で彼方へと吹き飛ばす。
「やはりお前は魔女か。こいつは面白えな。確か生き残りには莫大な賞金が掛かってたはずだ。今日はほんとついてるぜ。憎きアレスの首を取り、多額の賞金まで頂けるなんてな」
へぇ、私に勝ったつもりでいるみたいね。
面倒だから眷属さんに頼ろうかと思ったけど少し頭にきたから私が直接相手をしてあげるよ。年下のくせにその生意気な口利き、もう少し目上の人を敬うことの大切さを教えてあげようかしらね。でも一番許せないのは、アレス君を苛めたことだよ。
「私は魔女のリア。アンタの名前は?」
「これから死ぬやつに名乗る意味はねえが、俺はジュード。お前をこ────」
ジュード目掛けて衝撃波を繰り出す。
まだ名乗ってる最中? 知らないよ。名前は聞いたんだからもういいでしょ。
杖を持った私は魔法の威力も効果も三倍になっている。さっきまでと同じと思ったら大間違いだからね。
ジュードは衝撃で後方へと飛ばされ瓦礫の山の中へと消えた。
「アレス君大丈夫?」
この隙に治療を施す。
「お前は一体⋯」
背後から大きな音がしたかと思えば、無数の刃が眼前まで迫っていた。
「⋯下がれ」
アレス君が私の前に立ち、器用に全ての刃を地に落とす。
「アレス⋯何故まだ生きている⋯そ、それに腕は斬り落としたはずだぞ」
私が時間を戻して治したんだよ。
アレス君も正直驚いていたけど、私の魔法は凄いのだ。
「ありがとう。おま⋯リアはそこで見ていろ。僕が決着を着ける」
守られるのは悪くない。だけど、アイツ普通に強いよ。アレス君大丈夫かな⋯。
「ははっ、もう一度お前を殺してやるよ」
今度は周りに邪魔は入らない。アレスは己が持てる全ての力を発揮する。互いに万全とは言えないまでも勝敗はすぐに決した。
ジュードは両膝を付き苦しそうに肩で息をしている。
「何故だ⋯⋯。何故俺はお前に勝てないんだ」
そんなジュードにアレス君は剣を突き立てる。
「ジュード。僕はこの街を出て行く。だからって見逃して欲しいとは言わない。何度だってお前の挑戦は受けてやる。だけど、もしリアに手を出したら容赦はしない」
ジュードはその状態のまま表情を変えることはなかった。




