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【3】神さま、デートをする



 それから私はツカサと数回デートをした。

 街中を見て回って、ウィンドウショッピングというものをしたり、ファーストフードや軽食を食べたり、公園のベンチで缶ジュースを飲みながら長時間話したり。

 仲のいい男女が一緒に会うことをデートと呼ぶのだと私は知っている。

 一度、これがデートというものなのかどうか、ツカサに確認したこともある。

 するとツカサはなんとも複雑そうな顔をして、

『狙ってるの? 天然なの? それともこれは俺が口説かれてるの? いやでもメグミだし、ううーん……』

 とつぶやきつつ、最終的には

『デートだよ。これはれっきとしたデート』

 そう答えてくれた。

 だからこれは正しくデートなのだ。


 実は、私は人間界で自由にお金を使うことができる。

 正確には、神は“人間界には本来存在しないもの”なので、私の行動はすべて無効化されるため、お金を使う必要がないと言うべきか。

 たとえば、私が行ったお店で、私がジュースを買ったとする。私はお金を持っていないために払えない。けれど店員は私がお金を払ったものと認識する。そしてジュースは私のものとなるが、そのジュースはコピーのようなものであり、店にあるジュースは減らない。そしてしばらくすると店員は私という客がいたことを忘れる。そういう仕組みだ。

 ツカサと一緒にいても基本は同じこと。ツカサのおごりではないとき、彼は私がお金を出したと認識する。しばらくしても私のことを忘れないのは、私の存在が彼の中で矛盾を生まないからだ。店では、私が買ったものがそのまま残っているのに私が買ったという記憶があれば矛盾する。だから忘却する。神という仕組みはうまい具合にできているのだ。


 だというのに、ツカサはあまり私にお金を出させてくれない。

 給料日前、というものらしく、質素なデートプランであることを謝りつつも、私は缶ジュース代くらいしか出させてもらえない。

 不満に思ってそれを告げれば、ツカサは『男のプライドが許さないから』とかわけのわからない理由が返ってきた。

 別に、ツカサの財布を心配しているわけではない。なぜなら私は“人間界には本来存在しないもの”だ。私のために使われたはずのお金は、実際には減らない。ツカサは私の分のお金も出したつもりで自分の分だけを払い、あとで“お互い自分の分だけを払った”と記憶が修正される。

 だからツカサは、次に会うときには私をおごろうとしたことは忘れている。なのにも関わらず、『今日は俺がおごるよ』と彼は同じ言葉を口にするのだ。


「給料入ったから、今日はなんでもおごってあげるよ」


 そう、ちょうどこんなふうに。

 どうやら彼の金欠は解決されたらしい。

 ほくほくとしたうれしそうな笑顔に、見ているこっちまでうれしくなってくる。

 どっちみち、彼が私をおごるのは不可能なのだ。

 私が神さまで、人間界に存在しない者である以上は。

 なら、今は素直にうなずいておくべきだろう。


「ハンバーガー」

「……好きだね。そんなに気に入ったの?」


 ツカサは不可解そうな表情をして聞いてきた。

 彼にとっては、ファーストフードはいつも食べるものではないらしい。

 身体に悪いとわかっているけどたまに食べたくなる、と前回会ったときに言っていた。

 私としては、毎回ハンバーガーでもいいくらいなのだけれど。

 ひかえめに「うん」と肯定すると、ツカサは苦笑した。

 お嬢さまだなぁ、とでも思っているのかもしれない。

 私の言動は、ツカサには世間知らずの箱入りお嬢さまのように見えているらしい。


「でも、今日はもうちょっといいもの食べに行こうよ。おいしいものなんて食べ慣れてるかもしれないけどさ」


 食べ慣れてなんていないけれど、余計なことは言わないほうがいいだろう。

 ツカサの言う“いいもの”というのは純粋に気になったから、私はこくんとうなずいた。

 人間界で口にするどんな食べ物も、飲み物も、私にとっては新鮮で、おいしくて。

 何度も同じものを食べたいような、いろんなものを食べてみたいような。

 どっちも正直な気持ちだった。


「メグミ、お腹すいてる?」

「普通」

「じゃあオススメのカフェに行こう」


 そう言ってツカサが連れて行ってくれたのは、今までに行ったところとは雰囲気の異なるカフェだった。

 店内は昼間だというのに薄暗く、ジャズと言うらしい曲がかかっている。客はそう多くはなくて、ここだけゆったりとした時間が流れているように感じた。

 店員に案内されて座った席は、店の奥。ふわりと椅子が身体を受け止めてくれて、ここで昼寝をしたら心地よさそうだ、と思ってしまった。


「バナナチョコレートワッフルと、三種のベリーワッフル。あと、カプチーノとミルクティーのホットで」


 何を頼んだらいいものか見当もつかないので、ツカサが注文するに任せる。それはここ数回のデートで定式化した。

 ちらりと見たメニュー表には、ワッフルはどれも880と書かれていて、飲み物はすべて500以上。たしかに過去に行った場所よりも値が張る店のようだ。

 ミルクティーを飲みながらツカサと談笑している間に、ワッフルはやってきた。

 ツカサがバナナチョコレートワッフルで、私が三種のベリーワッフル。

 おいしそうなきつね色のワッフルに、バニラアイスとストロベリーソルベ。周りを囲むベリーとクリームはどっさりで、ソースが手前でハートマークを作っていた。

 大きなお皿でやってきたそれは、もはやデザートとは思えないボリュームだ。

 内心わくわくしながら、見よう見真似でナイフとフォークを使い、一口頬張ってみる。

 口の中に広がるのは、さっくりとしたワッフルの触感と、アイスの冷たさ、ベリーの甘酸っぱさに、クリームの甘さ。

 全部がいっぺんに襲ってきて、軽く混乱しそうになった。


「……甘い」


 最後に口の中に残ったのは、甘みだった。

 クリームをたくさんつけたからかもしれないし、ワッフルもアイスも甘いものだからかもしれない。

 デザートなのだから甘くて当然なのだけれど、これは初めての甘さだった。

 アイスは、二回目に会ったときに食べた。ベリーは、初めて行ったコッテリアで飲んだシェイクがイチゴ味だった。

 でも、これは前に食べたものとはまったく違った。

 どこがどう違うのか、食べるという行為の初心者である私には明言化できないけれど。


「甘いのは好きじゃない?」

「わかんない。これはおいしいと思う」


 ツカサの問いかけに素直に答える。

 おいしい、というのはすでに知っている。

 食べて、うれしい、と思ったとき、私はそれをおいしいと感じているんだと。

 ツカサと一緒の時間は、ツカサと取る食事は、人間にとっては当然なのだろうことをたくさん教えてくれる。


「それならよかった」


 ホッ、とツカサは息をついた。

 安堵しているような、喜んでいるような、そんな表情で。

 私がおいしいと言うと、彼はいつもこんな顔をする。

 その理由を私は知らない。


「ここ、ちょっと奥まったところにあるから、穴場なんだよね。俺もバイト先の先輩に教えてもらったんだけど」


 ツカサは話しながら器用にナイフでワッフルを小さく切り分ける。

 バナナにチョコソースをつけ、チョコアイスも一緒に乗せ、一口分をフォークに刺す。

 そうして顔を上げたツカサと目が合い、にこっと笑いかけられた。


「ここのワッフル、俺も好きだから、メグミに食べさせたいなって思ってた」


 食べてごらん、と言うように、ツカサはその一口を私の口の前に持ってくる。

 給餌を受ける雛鳥はこんな気持ちなんだろうか。

 こんな、うれしいような、困るような、でも自然と口が開いてしまうような。

 ツカサの手ずからワッフルを食べる私を、彼は穏やかな顔で見守るだけ。


「……おいしい」


 さっきとは違う味を味わって、さっきと同じ言葉を口にする。

 他に何を言ったらいいかわからなかった。

 頬が熱くほてるのはなぜなのだろう。

 口の中に広がった甘さが、妙にあとを引く。

 心臓の動きは、今日もおかしい。

 ツカサといるといつだって、心臓はうるさいくらいに高鳴っている。


「うん、ありがとう」

「お礼を言うのは、間違ってる」


 不思議に思った私は首をかしげ、事実だけを告げる。

 むしろ、言うべきなのはここに連れてきてもらった私のほうだろう。


「なんか言いたい気分だった」

「何、それ」

「なんだろね」


 ふふっ、とツカサは楽しそうに笑った。

 ツカサは謎だ。

 どうして私とこうして何度も会ってくれるのか。どうして私に食事をおごろうとするのか。

 私にはツカサの考えていることがわからない。

 人間とはこんなにも難解な生き物なのか。

 これでは、人にとっての幸福なんてわかる気がしない。


 だって、ツカサはいつも笑っている。

 それこそ、形容するならば“しあわせそうな”笑顔だ。

 ならばツカサは今幸福なのか? それはなぜ?

 なぜツカサは笑うのだろうか。何がツカサを幸福にしているんだろうか。

 その答えがわからない限り、私の研修期間は終わらないのだ。

 ……わからないうちは、こうしてツカサと一緒にご飯が食べられるのだ。

 それが、すごく魅力的に思えてしまった自分に、私は驚いた。







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